ダンジョンの異変
「行き止まりとはどういうことだ?道が崩落でもしていたか?」
「いや、そういうことじゃないんだ。ただ単純に、先が無いんだよ。このダンジョンは」
「あ、ダンジョンマスターが道を埋めちゃった、とかは考えられないです?」
「もちろんそれも考えて少し掘り進めてみたんだけど、何も無さそうだったんだよね。埋め戻したなら少なからず痕跡が残るはずなんだけど、それも無かったしね」
そう呟くフリオは渋い顔だ。それもそのはず、ここまでダンジョンを進んできたのにダンジョンマスターすら見つからないのでは成果が少なすぎるのだ。
それに、ダンジョンマスターを見つけられぬままにするとダンジョン内で魔獣が増えすぎてダンジョンの外へと溢れ出してくる可能性もある。
なんとしても必ず見つけなくてはならない。
困っていると、ミニモが首を傾げながら言った。
「うーん……?ダンジョンマスターってダンジョンの外に出られたりしないんですかね?」
「いや、ダンジョン内にいないことはあり得ないな。過去の調査でダンジョンマスターはダンジョンの外に出られないことが判明している」
「んん……?それっておかしくないですか?」
「そうなんだよね……」
とするなら隠れているのだろうが……調べるのは手間だ。
どう考えてもこのダンジョンは広すぎる。調べる手間を考えただけでうんざりするレベルだ。
「あ、マンドラゴラの子は何か知ってないかな?」
「私っすか?」
「うん。君を仕掛けたのはダンジョンマスターなんだろう?どこに隠れてるとか知らないかい?」
「ドーラ、お前はダンジョンマスターの正体を知ってるのか?フリオに教えてやってくれ」
笑顔でドーラの方を見る。もちろん、俺のことを言わないように圧を掛けつつ、だ。
「ッはい?!そ、それなんすけど……顔は見れなかったのでどういう人なのかは知らないんす……」
よし。それでいいんだ。
「うーん?顔を見れなかった……?」
「はい。故郷から土に埋められたまま連れてこられたんすよ……」
「マンドラゴラですもんね」
「え、じゃあなんでダンジョンマスターに連れてこられたって分かったんだい?」
「……笑い方が邪悪そのものだったので」
なんだその言い訳は。せめてもうちょいマシな言い訳は無かったのか。
「邪悪な笑い声?ど、どういう……」
「あー、そうっすね。今からやって見せるっす」
「え?」
直後、マンドラゴラらしいとんでもない声量で高笑いが繰り出されたのであった。
***
「す、すいませんでしたってぇ!」
「……炒め物と揚げもの、どっちが好きだ?好きな方で調理してやろう」
「処刑方法の選択?!」
土下座をするドーラ。まぁこいつの絶叫でダンジョンマスターについてはうやむやにできたから俺としては構わないのだが、それにしたって耳元で叫ばれたリリスが哀れだ。
先ほどから頭を抱え続けており、意思疎通ができないほどダメージを受けていたのでミニモが治癒魔法を掛けているところである。
「あー、でも君は何も知らないんだよね?」
「はいっす……」
「……どうするか。一度地上まで戻って人数揃えて出直すか?」
「うーん、でも今もギルドの実力者は大体ダンジョン攻略に回ってるからね。これ以上人数を増やすのも難しいんじゃないかな……」
確かにフリオの言うとおりだ。だがそうなると俺たちもまた最初から調査か……。
「なぁ、さすがに行ったり来たりしすぎじゃないか?探索の進みが遅すぎると思うのだが……」
「僕もそう思ったけど、でもダンジョン探索っていうぐらいだからね。こんな感じで良いんじゃないかな」
「そうか……?」
どうもおかしい気がする。そもそも隠れるということは俺たちがダンジョンに侵入していることに気づいているということだろう。それなのに攻撃を仕掛けてこない。そんなことがあり得るのか?
ダンジョンマスターとやら、何かきな臭いな。
「さすがに俺たちに気づいていない、ってことは無いよな……?」
「フリオさんが迷路破壊しながら進んでましたしね。さすがに気付いてるんじゃないですか?」
「そういえばそんなこともあったな」
それなら気づかれてるのは確定。本当にダンジョンマスターはどこにいるんだ……?この状況だと何も仕掛けてこないのが不気味だな。
そんなことを話しながら数分、異変が起こった。
必死に息を切らしながらもキャンプ地の方から男が走ってくる。恰好からして冒険者というよりは町の人間のようだが、明らかに様子がおかしい。足は引きずっているし、額からは血を流して――
「大丈夫ですか?!す、すぐに治しますから!」
「エテルノ!警戒は頼んだよ!」
「……あぁ。任せろ」
人影を視認してすぐにミニモとフリオが動き、俺に指示が飛ぶ。まず相手を観察してしまうのは俺の悪い癖かもしれないな。こういう時、この二人の行動の速さにはいつも驚かされる。
フリオの指示通り、俺はすぐに警戒に就いた。男が走ってきた道には転々と血が垂れている以外には何もおかしなところは無い。
が、あそこまで男が傷ついているということは、ここからダンジョン内の町に戻ったところで何かしらの魔獣や敵がいるということだ。警戒は怠れない。そう思うと、薄暗い通路の奥から何か不気味なものが近寄ってきているような気もするな。
「大丈夫か君?喋れそうかい?」
「あぁ……助かった。兄貴の言うとおり、治癒魔法ってのは凄いんだな……」
兄貴?……あぁ、こいつあの肉屋の元ギルマスの手下だな。
あいつがいるのにここまで手下が傷つけられることはあり得ないと思うのだが……
「……はい、これで多分大丈夫です。何かあったんですか?」
治療を終えたミニモが話しかける。心なしかその顔は不安げだ。
「……が、起こってるんだ」
「え?」
「魔獣暴走が起こったんだよ!こっから上の町で!俺はあんたらに助けてもらいに来たんだ!!」
男の口から出たのは、信じられない一言だった。




