団長の出立
「ちょっと離しなさいよテミル!」
「だ、だめですよ。このままだとその、なんかよくない気がします……!」
エテルノさんが町を出て行き、後を追うようにマスクさんが去ってから数日。
今日という今日こそは団長さんを説得しようと、私は団長さんの足を掴んでどうにか引き留めようとしていた。
「その、良くないと思うんです!こ、このままだと団長さんだって気にするでしょうし!」
「はぁ?!馬鹿言わないでよ!私がなんでそんなこと気にしないといけないわけ?!」
「でも団長、最近日記の内容そればっかりですよね」
「なんっ?!なんで盗み見されてるわけ?!」
私とはまた別のメンバーが思わぬ方向から援護射撃を入れてくれた。
ここがチャンスだ。私は更に畳みかける。
「団長独り言うるさいので!もう皆知ってるんですよ!団長が、エテルノさんを責めちゃったのをめっちゃ気にしてるってこと!」
「なんっ……!そ、そんな訳ないでしょ!気にしてなんて無いわよ!あんな悪人面、もう二度と見たくないわ!」
「アルマちゃん!日記お願い!」
「良いわよー」
アルマちゃん。私と同じ劇団に所属している、おっとりとした女の子に事前に渡しておいた団長の日記を読み上げてもらう。
「えぇと……『今日は、知らない男の人に髪飾りを貰った。金属製だけどなんだか不思議な触り心地の髪飾りだ。悪くないんじゃないかと--』」
「読むとしてもそこじゃないわよね?!」
「あ、そうですか?じゃあえっと、『テミルがバッタを--』」
「そ、そこでもないですよアルマちゃん!」
あら~?と首を傾げるアルマちゃんから日記を取り上げ、別の子が読み上げる。
「『私はとんでもない勘違いをしていた。この町の町長さんを傷つけたのは、あのエテルノという人だと勘違いしてしまったのだ。よりにもよって、思いっきり殴ったりもした。結構尖った木片で。もう皆に、顔向けできない。どうしよう』……だそうですけど」
「それでなんで私の日記をみんなで読みまわしてるのかしら?!」
「団長がこの日記を食卓に置きっぱなしにしてたからですね」
「洗濯物をしてた時に置いたんだったわね?!私の馬鹿!」
うおお、わぁあ、とひたすらに悶絶する団長。
読まれてそこまで恥ずかしがるんだったら、日記なんて書かずに胸のうちにしまっておけばいいのに。
「町長さんももう回復したんですよね?」
「え、えぇ。もう町長はやれないらしいけど、命に支障はないそうよ」
町長さん、とはいうものの実際はあの人は悪いことをしていた。
魔法やらなにやらの力を借りて無理やり町長の座へとのし上がっていたのだから、当然と言えば当然の帰結だろう。
だけど、団長さんは彼が傷ついているのを見て我慢できなかった。
それで一番怪しかったエテルノさんを殴ってしまったわけだ。
団長さんの正義感が強かっただけなのだけれど、見方を変えればエテルノさんに冤罪をかけたとも言える。
「うぐっ……わ、悪かったとは、思わないでもないわよ」
「アルマちゃん、日記」
「任せて~。えっと、『空、それはどこまでも蒼く、澄み渡る風が黄金の葉を照らす--』」
「だから読むのそこじゃないわよねって言ってるわよね?!」
「す、素敵な文章ですね……」
「追い打ち掛けないでくれるかしら?!」
もはや団長も観念したのか、立ち上がって日記を奪い返すと言った。
「や、やれば良いんでしょ。謝りに行ってやるわよ。そのために馬車までしっかり確保してあるんだから……」
「あ、結局誤りには行くつもりだったんですね」
「私一人でだったら、さっと行って戻ってくるつもりだったわよ。まさかバレるとは思わなかったけどね。どうせ今回もついてくるんでしょ?」
「え、あ、はい。団長さんを一人にすると絶対に迷子になるので……」
「そこはせめて『団長を慕っているから~』とか言って欲しかったわね」
言うまでも無く、ここに居る皆は団長さんのことを慕っているのでいう必要も無いと私は思っている。
ため息をつき、団長の号令がかかる。
「それじゃ、もう一回あのエテルノって男に会いに行くわよ。私のために付き合ってもらって悪いけど、でも付いて来るって言ったのはあんたらなんだからね、後悔しないように!」
さあ、私達もようやく町へ向かって出発だ。
エテルノさんだけでなく、フリオ君やディアン君にももう一度会うチャンスだ。
……うん、今から楽しみになってきた!
***
町をぶらつく俺の目には、様々な物が懐かしく映っていた。
片手一杯ほどに抱えた荷物は全てこれからの脱出劇に使う物。
今はとりあえず、ギルドに行って多少なりとも逃げ先を探そうという魂胆だった。
ギルドの中に入った瞬間、冒険者達のざわめきがピタリと止まる。
皆の視線が俺へと集まってくるのを、肌で感じていた。
「--なぁ、エテルノ・バルヘントだよな?お前、パーティーを追い出されたって本気かよ?」
冒険者のうちの一人に声を掛けられ、俺は仕方なくそちらを向いた。
「あぁ、本当のことだ。俺はもうフリオのパーティーメンバーじゃない」
再びどよめきが広がる。
まぁ考えてみれば当然のことか。
俺の……いや、元俺の居たパーティーはこの町でも有名なSランク冒険者の集まり。
そこのスキャンダルともなれば情報は瞬く間に広がるはずだ。
「……」
確認してみると、パーティー名簿からは俺の名前が抹消されていた。
そりゃ、そうか。フリオが俺よりも先に来て、除名を済ませたらしい。
「さて、地図を何枚か買いたいんだがあるか?」
「え、あ、はい!今ご用意いたします!」
受付嬢に頼んで近くの柱に身を寄せる。
思えば、この柱はギルド再建の時に俺達が手伝って立てたものだ。
もうこの柱を見るのも、最後になるだろう。
と、その時だった。
ギルドの扉が開け放たれ、何者かが大声で叫ぶ。
「エテルノ、それかフリオは来ておらんかの?!」
小さな白髪幼女の姿が、つまるところ焦り顔のサミエラが、そこには立っていた。




