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ひび割れたグラス

「お、おい、今なんて言ったんだ?」


 全身が凍り付きでもしたかのように、一歩も動けなくなる。

 息を吸っただけで倒れてしまいそうだ。


 変わらず俺のことを見据えるフリオはひたすらに黙ってこちらを見つめていた。


「おい、聞き間違いじゃなければなんだが今――」

「そう。出て行ってくれ、と言ったんだよ」


 俺の聞き間違いではない。

 そんなわけがないのだ。

 フリオが、俺を追い出すなんてそんなはずは……!


「……なぁ、俺が何か悪いことをしたか?お前をすぐに助けに行けなかったのは、すまん。だがこっちもイギルと鉢合わせしてだな……」

「いや、エテルノ。そういうことじゃないんだよ」

「っ、じゃあどういう意味だ?!言ってみろよ?!」


 おかしいだろう。さっき話した時は、フリオは苦戦していた素振りではあったもののこんなことになるような素振りは一切無かった。

 俺がフリオに詰め寄るのを見て、アニキがフリオを守るように一歩前へ進み出た。

 怪我をしているフリオを守る、とでもいうつもりだろうか?


 いくら俺とて怪我人を、ましてや仲間を傷つけるだなんてことをするわけがないというのに。


 フリオはそれを手で制し、なだめるような口調で言う。


「エテルノ。君には本当に助けられてるよ。今日だって君がいなかったら僕は間違いなく死んでたぐらいなんだからさ」

「じゃあなんで……!」

「単純に、僕達のパーティーを解散することにしたんだよ。だから、君には出て行ってもらう」

「……何だと?」


 解散、だなんてそんな馬鹿な。Sランク冒険者のパーティーだぞ?そんなおかしな話があるものか。


「前々からさ、少し嫌な気持ちは感じてたんだよ。今日それがはっきりしたから、君とはもうやっていけない」

「な、何か気に障るようなことをしていたのなら謝る!そ、そうだ。そういえば以前俺が何か嫌がらせのようなことをしていたかもしれないよな。それもしっかりと謝らせて、」

「違うよエテルノ。僕はそんなこと、一切気にしてないんだ」


 フリオの目には、一種思いつめたようにすら思える光が宿っていた。


 おかしいだろう。フリオ達と分かれてからまだ一日経っていないというのに、どうしてここまでの変化が--


「--僕は、ミニモを容認できない。どう頑張っても、蘇生魔法とは相いれないんだ。モヤモヤが晴れたよ。僕はミニモを、殺してやりたいんだ」

「そんな、馬鹿な話が……!」

「彼の言ってることは何も間違ってないんじゃないかなー?ほら、だって親の仇な訳だしー?」


 フリオの後ろからオーウェンが顔を出し、ひらひらと手を振ってアピールをする。

 その顔が、今はやけに腹立たしく感じた。 


「お前が一番の仇だろうが……!」

「おっと、怖いねぇ。もしかして僕が何かしたとか疑ってたりするのかな?」

「当たり前だろ!」


 フリオがここまで考えを改めるのは珍しい。

 基本的に決めたことは必ず実行するフリオがここまで変わるとしたら、間違いなく誰かの影響に違いないのだ。

 その可能性が一番大きいのは、オーウェン。こいつしかいない。


「エテルノ、彼は別に何も……」

「そんな訳が無いだろう?!俺の知ってるフリオは、少なくとも、仲間をパーティーから追い出すなんて真似は……!」

「……」


 言いかけて、フリオがやけに悲しそうな顔をしているのに気づく。

 グリスティアも、うつむいたままで口にした。


「エテルノ、これはフリオだけが決めたんじゃないの。私も、その、ちゃんと話したうえで決めたのよ」

「なおさらどうして!おかしいだろう?!お前らがそんなことをするはずが無いのに、なんで……!」


 俺がいかに言おうとも、皆は重い口を中々開こうとしない。

 俺の言葉を真正面から受け止めるのを恐れているかのようにも思える。


「……エテルノ、僕はミニモと戦う気でいるよ」

「……なんだと?」

「やっぱり、放置はしておけない。オーウェンみたいに過激なことはしないつもりだけどだとしても彼女は危険だと思うんだ。オーウェンとは別の派閥として、僕は僕でミニモを追わせてもらう」

「いや、おかしいだろ。お前はミニモのことを嫌っていなかったはずじゃ……」


 フリオは、俺の言葉を遮るようにして淡々と、事実だけを述べるように毅然とした態度で言い放った。


「エテルノを巻き込むつもりはないんだよ。僕はミニモを放置できないから、彼女を狙う。グリスはついてきてくれた。……でも、君はそうはいかないだろう。だから、僕達のパーティーを出て行って欲しい。分かってくれるね?」

「……」


 つまり、俺にはミニモを狙う動機が無いのをフリオも分かっているわけだ。

 グリスティアはフリオと一緒に行動してきたからフリオの仲間のままでミニモを狙う側に回ったが、俺はどちらかと言うとミニモと関わる機会が多かった。

 だから、気を回して俺をパーティーから追放することにした。そうすれば後は俺の自由だから。


「……ふざけるなよ」


 フリオのことだ。俺がミニモの仲間になるであろうこともきっと分かって言っている。

 だから、なおさら腹立たしい。

 

「エテルノ、ほんとうにごめん。だけど僕としてはこれしか考え付かないんだ」

「……荷物は」

「え?」

「荷物は、今日中に回収して出て行く。後はお前らの好きにしてくれ」


 俺には、何もできない。

 Sランクになっても、以前と何も変わらないままだ。


「エテルノ……その、私……」

「気にするなよ。追放されるのには慣れてるんだ」


 このやり取りだって、何度も繰り返してきた。

 後処理だってとっくに体に染みついている。


「……なぁフリオ、最後に一ついいか?」

「なんだい?何かお金が入り用なら僕としてもちゃんと--」

「そんな物どうでもいいに決まってるだろ。俺はな、お前らのことを聖人みたいに思ってたんだよ。俺みたいな人間にも優しくて、自分よりも他人を優先して……」


 俺は今でも、この状況に現実味が感じられないでいる。

 それはひとえに、今までに関わって来たフリオ達への印象があるからだ。


「--お前さ、こんな奴だったんだな。知らなかったよ」


 今まで待ち望んでいた『パーティーからの追放』。

 けれど、嬉しくもなんともない。

 ようやく俺の居場所を見つけられたと、本気でそう思っていたのに。


 悲しそうなフリオの顔を一瞥して、俺は通路の出口へ向かって歩き出した。

 まずは荷物の整理だ。

 

 ……今はただひたすらに、残念だった。

多分一番気まずいのはこの場に巻き込まれてるフィナです。

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