怨霊退治の魂使い
「っはァ!」
迫る手のひらを切り払い、バルドの体を蹴り飛ばすことで距離を取る。
べったりと黒く汚れ果てた血が跳ね、僕の顔にへばりついた。
口の中に入った血を吐き出しながら言う。
「マスク、オーウェン!そっちは大丈夫かい?!」
「お、おう……!なんとか大丈夫だ!」
「それは良かった……っとォ!」
盾を構えてバルドの攻撃をいなす。
数えきれない手が様々な方向から襲ってくるこの状況では、全く気が抜けない。
魔法が使えなくなったアニキは、事前に土魔法で作った壁に隠れてオーウェンと息をひそめていた。
僕はそこにバルドがたどり着かないように、全線で防御。うまく行けばバルドを倒すつもりだったのだけれど--
「しぶといなぁ本当に……!」
結界の効果が出ているのか、以前のように再生はしなくなったもののバルドは依然強敵だ。
切っても切っても死なないし、ひるまない。
再生が無くなったって死霊術の脅威は変わりない。
何本も生えた手で隙あらば僕の足やら手やらを掴んで引きずり倒そうとしてくるし、よそ見をした瞬間巨体での突進を仕掛けてくる。
「ッ!皆!頼んだよ!」
影達を召喚して皆でバルドに攻撃を仕掛けてようやく対等に戦える、というのが実情だ。
僕のスキルによって生み出されたスキル達だって死にはしないのだが、攻撃を受ければそりゃあ動きも止まる。
彼らは剣術に秀でているわけでもないからね。せいぜいがバルドの気を引いてくれているぐらいだ。
……でも、それが無ければ僕は死んでいただろうし相当に役立ってくれてはいるんだけどね。
「ほら、もう一本いっておこうか……!」
バルドの一瞬の隙をついて、すれ違いざまに手を切り落とす。
変色した血が飛び散って、地面にシミを残した。
「っがァあァアア?!!」
「痛覚なんてない癖に、気にはするんだね全く……!」
怒り狂ったバルドの手を剣で、盾で、出来る限りいなしつついなしきれなかった手に関しては跳んで回避。
バルドの手から飛び出していた骨の先端にふくらはぎを引っかけ、服ごと切り裂かれた。
「痛っ……!」
着地してすぐに傷を確認。……良かった、そんなに深い傷じゃない。
バルドの今の状況を考えると衛生面では気になるけれど、さしあたっては動くのに問題は無いだろう。
「フリオ、大丈夫かよ?!」
「あはは、まぁ、大丈夫だとも……!」
マスクの言葉に気楽に返し、すぐに立ち上がる。
大丈夫、というのは嘘だ。
僕だけでバルドと戦ってから何分経っただろうか?体感ではもう数時間経っている気すらする。
普段の数倍も全力で動き、普段の数十倍も考え、それでも普段の数百倍は手ごわい相手。
「参ったなあ、こんなんじゃ皆に顔向けできないや!」
グリスも、ミニモも、エテルノも皆がみんな自分なりの強さがあった。
グリスは魔法を、エテルノは知識を、ミニモは言うまでも無く治癒魔法を。
実際のところ僕はあのパーティーじゃ一番の凡才だったのだ。
「剣だけが僕の取柄だって言うのに、こんなところで負けるんじゃあね」
僕よりも剣を上手く扱う冒険者はたくさんいる。
僕よりもよくパーティーメンバーを気遣う冒険者はたくさんいる。
僕は実際のところ、運が良かっただけで大した人間じゃ無い。
このスキルだって、僕のせいで死んだ皆への冒涜を念頭に成り立つものなのだから、地獄へ落ちたって当然だろう。
「でも、悪いね、それは今じゃないんだ……!」
疲労が足に溜まっている。
だから、足を止めない。今足を止めたらもう動けなくなってしまうのが分かり切っているから。
剣を握る手が緩まないように布で手に剣を縛り付ける。
スライムの盾を出来るだけ深く握りこむ。
「僕は確かに凡人だとも!でも、それでも意地がある!ここで死ぬのならそれでもいいけれど、皆を恥じさせるような死に方はしないつもりだよ!覚悟するんだね!」
少なくとも、ここでバルドに押しつぶされて全滅だなんていう死に方じゃサミエラにも笑われてしまう。
最悪でも相打ち。
それが僕の目的だった。
「ねぇバルド、君だって心からこんなことをしたいわけじゃないんだろう?!もうやめにしないか!これ以上死者を冒涜するのは、僕だけで十分だ!」
バルドの死霊術と僕のスキルはよく似ている。
バルドの死霊術は死者の死体を操るが、僕は死者の魂に実体を持たせて召喚する。
だからこそ、彼の魔法を僕が止めることに深い意味があるように思えてならないのだ。
バルドは、ぽっかりと空いた眼窩の暗闇を湛えて叫ぶ。
「エテ……ル、ノォおぉオオォ!!」
「……モテモテだね彼は。僕が目の前にいるっていうのに、少し妬いちゃうなぁ」
バルドは僕の事なんて眼中にないらしい。
いや、そもそも今の彼には眼球が無いけど。
バルドは元々エテルノと因縁が深かった。こんな状態になっても、彼への恨みは絶えていないらしい。
「ころ、す、殺す殺す殺す殺す殺すぅゥうァあアァア!!!」
「残念だけど僕はエテルノじゃないんだ。そのラブコールは受け取れないな!」
数多の腕を振り乱して、突進を仕掛けてきたバルドを跳んで避ける。
芋虫のような姿のくせに動きは速い。
流石にこれをいなすのは出来ないからね。
彼の背中に降り立った僕は、周囲の腕を削ぎ落していった。
「っがァぁァア!!」
「ねぇバルド、君はそんなに悪い人間じゃ無いと僕は思ってるんだよ」
以前僕が捕まった時、バルドと話したことがある。
エテルノへの殺意に彩られていたけれど、彼は僕のことを友人のように扱っていた。
……もし、彼の境遇が違っていれば仲良くなれたのではないだろうか。
エテルノは彼にパーティーを乗っ取られたと言っていたけれど、それよりもずっと前。
彼が悪事に手を染めるようになる前に彼と出会えていたのなら、仲良くなれたはずだ。
もしそうだったら、死霊術を身に付けたとしても悪用はしなかったはずだ。
僕のスキルとバルドの魔法、お互いに悩みながら助け合えたかもしれない。
「お、おいフリオ!そろそろ壁がマズイ!」
マスクの焦ったような声が聞こえてふと我に返る。
見ると、バルドは背に立つ僕のことを無視してマスク達の隠れている土壁を崩そうと突進を繰り返していた。
「……ごめんね、バルド。またどこかで会おう」
剣を構え、バルドの体の中心に振り下ろす。
突き刺さった剣の痛みすらも感じていないのか、バルドに反応はない。
そのまま、剣の柄を掴み引き裂くようにしてバルドの体を真っ二つに--
「--はぁぁあああッ!!」
真っ二つ程度じゃ足りない。
もっと切り裂いて、微塵も動けないほどに!
もうとっくに棒のようになった手足の最後の力を振り絞り、どうにかバルドの動きを止める。
切り裂かれた末端から、バルドの体が塵に還っていくのが見えた。
もう大丈夫だろう。どうにか、生き残ったみたいだ。
バルドの動きが止まってすぐに、マスクが飛び出してきた。
憔悴したような様子のオーウェンももちろん一緒だ。
「お、おいフリオ?!大丈夫か?!」
「え、あぁ、うん、それよりも君たちこそ……」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ?!」
慌てて駆け寄ってくるマスクを不思議に思い、ふと自身の体を見下ろしてみると脇腹が抉られ、右足も左足も深い切り傷だらけだ。
極めつけは半ばまで塵に還りかかっている骨の鋭利な先端が、胸のあたりに突き刺さっていること。
あれ、おかしいな。避け切れてなかったかな……?
「……ごめん、ちょっともう無理かもだ」
「お、おい?!目ぇ閉じるんじゃねぇぞ!すぐ仲間のとこまで連れてってやるからな!」
エテルノは大丈夫かな、今頃こちらに向かってくれてるとは思うけど。
遠のく意識の中で、僕はふと思う。
なんか僕、重症負いがちじゃないか?前も何度かこんなことがあったような気も--
そこまで考えたあたりで、僕は意識を手放した。




