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蜃気楼を斬りはらう

「いやぁまさか気づかれるなんてねぇ?」

「探知魔法使ってれば大抵の奇襲はどうにかなるんだよ。それで?わざわざここに来たのは何だ?何が目的だ?」


 にやにやとこちらを見るイギルに俺は問い返す。

 イギルはフィナの後ろに隠れており、ミニモを取り返そうと思えばイギルとフィナを突破しなくてはならない。

 ……厄介だな。


「何が目的って言われてもねぇ。ほら、ミニモちゃんがどう頑張っても納得してくれなくてさ、じゃあいっそのこと君も仲間に出来ないかなぁって」

「……ふむ?」


 仲間に、だと?

 ミニモの方を見ると、少し申し訳なさそうな表情でこちらを見ている。


 ……なるほど?どういうことだ?

 よく分からないが、一つ言えるとすれば……


「ミニモは幻想魔法とやらじゃ操れなかったんだな」

「いやぁ、それがどうやっても駄目でねぇ」

「ですよ!治癒術師を舐めないでください!」

「お前捕まってるだろうが。あんまり偉そうなこと言えないぞ」

「エテルノさんはどっちの味方なんですかねぇ?!」


 それを今から決めようとしてるんだがな。

 捕まっているというのにミニモは元気そうで何よりである。


「さて……ミニモが抵抗してるのは分かった。で、ミニモを懐柔するために俺も仲間にしようってわけだな」

「うーん、まぁ正直それもあるけどさ、こっちはこっちで人手不足なんだよねぇ」

「ん?どういうことだ?」


 テミルが今いるであろう町の町長とか、アニキの店を買収した奴、とか色々いるだろうに。

 そう言ってやると、イギルは苦笑いを浮かべた。


「実際のところさ、禁術を広めてるのはせいぜいが僕とフィナだけでね。フィナに至っては禁術すら身に付けてないわけだし」

「……ん?いや、相手の魔法を封印するみたいな」

「それはスキルね。そもそもフィナは僕の雇ってる傭兵だからねぇ。仲間ではあるけど、だからと言って禁術関連を広めるのは苦戦中なんだよ。言うまでも無く、頭の悪い奴に教える訳にもいかないしさ」


 頭の悪い奴、という言葉にはおそらく『あの商人のような』とか『あの町長のような』という言葉が前に付くな。


 よほどあいつらの相手は面倒だったらしい。

 いや、それよりもフィナの方は傭兵だったという事実の方が驚きだが。


「ほら、禁術が使えれば君だってもっと強くなれるだろうし悪い話じゃないよね?」

「まぁ……そうっちゃそうだな」


 別に俺は禁術を否定する訳では無いしな。

 個人的には、オーウェンの味方と言うよりはこちら側の方が近いかもしれない。


「あー、一応理由も聞いておこうか。なんでお前は禁術を広めようとしてる?答えによっちゃ仲間になっても良いぞ」

「そうだね、その疑問はもっともだとも。特別に見せてあげよう」

「おイ、イギル……」

「心配しないで良いよ。彼なら多分大丈夫だ」


 イギルが止めようとするフィナを手で制す。

 見せてあげる、とは言っているがイギルは何をしてくるか分からないからな。

 フィナも大人しくしているが、正直俺ではフィナとイギルを同時に相手取れるとは思えない。


 気づかれないように、先ほどから俺に身体強化魔法を重ね掛けし続けてはいるが--


 と、それまでのイギルの体が一瞬で消える。

 空気に溶けるようにして変化するそれは、今までに聞いていた通りの『幻想魔法』の解除の証だ。


 代わりに現れたイギルは、酷く醜い姿をしていた。


「どうかな?これが僕の本当の姿、って奴なんだけど」

「……」


 包帯でぐるぐる巻きにされているからだからところどころ、焼けただれたような肌が覗く。

 顔は肌がはがれてしまっているのか、歯茎まで見える人相はまるでアンデッド。

 率直に言うと--


「酷いな。どうしたんだそれ」

「あはは、気遣うってことはしないんだね」

「どうか、と聞かれたら正直な感想を言うだろうよ。包帯を巻くのが下手すぎるのは気になるがな」

「そレを巻いたのハ私ダ」

「……なんかすまん」


 でも本当に下手なんだよな。


「ミニモちゃんにボコボコにされてね。以降包帯でぐるぐる巻きさ」

「ミニモお前……」

「私悪くないですよね?!」


 ミニモをあきれた目で見てやると、やはり良い反応が返ってくる。元気だな、こいつも。


「で?それがどうしたんだ?その姿だからって何か変わるわけでもないだろう?」

「君ほんとにブレないねぇ。もっとこう心配するとかさ、無いわけ?」

「現段階ではお前は敵だからな。仲間になってもいい、と言っただけで仲間だと認めたわけじゃない」


 イギルは露骨にため息をつく。

 猫人族の姿だったときでもイラっとさせられる時があったのに、今の姿だと特に神経を逆撫でされるな。

 なんだか病人に煽られているようで、イラっとする。


「僕は子供の時にこの火傷を負ってね。以降の人生はもう地獄さ。見た目で迫害されて、禁術を手に入れて見た目を変えられるようになるまでどれほど大変だったことか……」


 そう続けたイギルは、大げさに身振り手振りでアピールする。

 まぁ、事実だろうな。体に怪我を負った人間なら良くある話だ。


 イギルの場合、人と違っていたのは途中で『禁術を手に入れた』と言うことか。


 イギルはこう続けた。


「で、禁術を手に入れた僕は僕と同じように、禁術で救われる人間もいるだろうと思ったんだ。それを禁止するなんて、間違ってるよね?だから、ギルド長まで上り詰めて各地に赴いて禁術を集めて……」

「私がイギルと会っタのハこの時期だナ」

「そうだね。で、禁術を広めようとしてるは良いものの人手不足が過ぎるんだよ!僕とフィナじゃ、禁術を必要としてる人たちに教えきれない!しかも禁術を取り締まる人間たちまでいる始末だ!だから君とミニモを仲間にしたいってわけさ!」

「……うーむ……」


 嘘ではない様に思えるが……


 イギルが自身の姿を猫人族の姿に戻し、首を振るう。

 この姿だとほんとうに猫のようだな。幻とは思えない。


「とりあえず、ギルド長はなんでこう皆して悪人ばっかなんだよ……」


 アニキにしろイギルにしろ、なんなんだ。

 ギルド長って言うのはそこまで悪人にとってちょうどいい立場なのか?

 いや、まぁ冒険者達をまとめるという意味では扱える駒も増えるのだろうし情報も集められるのだろうが……


「で、どうかな?ディアンもそうだけど僕は禁術を困ってる人に渡してさ、もっとこう、」

「……いや、もう聞く必要も無さそうだな。もう何も言わなくていい」

「んん?つまり、仲間になってくれると?」


 そんな訳が無いだろう。

 イギルの話はおそらく真実だ。経緯も、イギルの感情も。


 だが、意図的に省いていることがある。


「あー、お前、そもそもなんでアニキを洗脳した?」

「え?それはもちろん、彼が僕達を攻撃してきたから……本心では傷つけたくはなかったんだけどさ、やっぱり正当防衛って言うのも……」

「なるほど。それじゃあわざわざここに逃げ込んだのは何故だ?誘い込んで、崩落を引き起こす。そのくせに俺には交渉を持ちかける。バルドをフリオ達にけしかける……」


 端的に言ってしまえば、イギルの主張は『禁術を広めて皆を幸せにする』と言うものだ。

 その理念には共感できる。実際のところ、使い手次第で力と言う物は毒にも薬にもなるからな。


 ……だが、残念なことにイギル自身がその理念を実践しているとはいいがたい。


「当ててやろうか。お前の最終的な目標は『復讐』だよ。禁術を広めて、自分のような人間を救う。そうして、自分を虐げた人間に復讐してやろうとしてるんだ」


 もちろん俺は復讐を否定しない。

 俺自身復讐を繰り返してここにたどり着いた身だ。イギルが禁術を操って、自身を虐げた人間を殺そうと知ったことか。


 俺の言葉を聞くイギルは、口の端を歪めて笑顔でこちらの話を聞いていた。


「ただ、お前の復讐に人を巻き込むな。復讐したいならお前自身の手でやるんだな。禁術を広めて、禁術を使えない人間はどうなる?それまで虐げられていた人間に力を急に与えて、どうするんだよ?そいつらは間違いなく暴走するぞ」


 救うと言うのであれば良い。そうするべきだ。

 だが、禁術をイギルは悪用している。

 アニキを傷つけ、ミニモを傷つけ。禁術を広めることで更に犠牲が増えるというのなら、ここで奴の復讐を終わらせる。


「悪いがな、復讐に関しては俺はうるさいぞ?」

「……うーん、結局交渉は決裂、ってことで良いのかな?」

「そもそも元から成り立つわけがないだろうが。俺はこれ以上居場所を奪われる訳にはいかないんでな」


 フリオ達は、やっと見つけられた俺の居場所そのものだ。

 幾度となく追放され、様々な町を彷徨い、ようやく見つけた仲間だ。

 ミニモとて、例外ではない。


「さっさとお前を片付けてフリオを助けに行かないといけないんでな。急がせてもらうぞ」

「あはは、ミニモちゃんには悪いんだけどさ、君もしっかり操って僕の手駒にさせてもらうよ。君の命を握ってればミニモちゃんも従わざるを得ないでしょ」

「なんだ?本心を隠すのはもうやめたのか?吠える犬は弱いと聞くが……猫人族の場合はどうなんだろうな?」

「ほんとは猫人族じゃあないんだけどね!フィナ!」

「任せロ」


 フィナの攻撃を受け流して、ため息をつく。

 イギルは俺と対照的に、目を見開いていた。


「お、おかしいだろ……!なんで幻覚魔法が通じない……?!」

「さっき結界を弄っててな。魔力を遮断する結界を俺自身に掛けておけば洗脳も防げるんじゃないかと思ったんだが、正解だったか」


 もしこれが外れだったとしても、俺の全身には魔法が仕掛けてある。

 俺が洗脳されたとしても、イギルが俺に触れた瞬間攻撃を食らう仕組みだったのだが……これなら、問題ない。


「おいミニモ、あの結界張ったのお前だろ」

「え、あ、はい、そうです!」


 ミニモが結界を張れるのは知っている。

 以前バルドによって俺の部屋が爆破された時、被害が拡大しなかったのはミニモのおかげでもあるからだ。

 あの時使われていたのが、魔力を遮断する結界だった。

 

 魔法による爆破を結界で押しとどめる。結界によって死霊術を封じる。

 少し考えれば分かるだろう。

 

 剣を引き抜きつつ、俺は呼びかける。

 イギルは醜い顔を憎悪に歪ませていた。

 全く、さっきの威勢はどこにいったのやら。


「さて、問題はこれをやってる時点で俺が魔法を放てなくなることなんだが……」

「フィナ!ディアン!僕は一旦引くからこいつを--!」

「魔法が無くなろうと剣があれば問題ないな。おいお前ら、Sランク冒険者を舐めるなよ?」


 こうして俺は、引き抜いた剣先をまっすぐにイギルへと向けた。

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