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剣士の覚悟、決死の思いで

「エテルノ?!き、聞こえるかい?!」

『あぁ、聞こえてる!状況を教えてくれ!』


 バルドの攻撃をかいくぐりながらすぐにエテルノに返事をする。

 どうやらマスクもオーウェンもエテルノの声に気づいたようだった。


「おい兄ちゃん!今のはエテルノだよな?!」

「そうだけど、ちょっと待ってね……!」


 バルドの攻撃の最中にエテルノと会話、だなんて悠長なことをしている暇はない。

 正直今は剣を振るうだけで精いっぱいだ。

 喋ることに少しでも心を割けば一瞬で押し潰されかねない。


「マスク!すまないけど一瞬だけ引き付けていてくれないかい?!」

「おうよ……!つっても一分も持たねぇからな……!」


 マスクと交代、すぐにエテルノと情報を共有する。

 一分、と彼は言ったが僕の見立てでは四十秒も持てば良いところだ。

 それほどまでに、一人だけではバルドの相手は難しい。


 土魔法を多用して、攻撃をいなすことだけに集中しているマスクでもこのレベル。

 剣しか使えない僕では、二十秒も持つかどうか。


『フリオ、戦闘中だな?!相手は何だ?!バルドか?!』

「う、うん、そうなんだけどそうじゃないとも言えるかな……!なんだか、色んな死体と合体してめっちゃ大きい魔獣になってるんだ……!倒しても復活するし、逃げるのも出来ない状態なんだ……!」

『な、ど、どういう状況か分からんがそれは死霊術と見て良いんだな?!それなら魔力の遮断を--』

「出来たら苦労してないとも!残念ながら僕達じゃ結界は張れないからね!」


 バルドが岩壁を叩き潰して耳障りな叫びを上げる。

 赤子の鳴き声にも似たそれは、聞いているだけで全身が粟立つ。

 不快感、と言うよりは吐き気すら催させるような--


『フリオ、俺がそこまで行くまで持ちこたえられそうか?!』

「どれくらいかかるかも分からないけど、多分無理かな!」

『無理かなってお前……!他に手は無いのか!』

「あるよー」

「えっ?!あるのかい?!」

 

 僕達の話を聞いていたらしいオーウェンが口を挟んでくる。

 彼はにやけた笑いを浮かべながらも、物陰に隠れて荒い息を吐いていた。

 彼も彼でバルドから逃げ回っていたからね。そもそも攻撃手段が無いというのに無事にここに残っていること自体で凄いことだ。


「フリオさ、途中に壊された結界があったの覚えてるかなぁ?」

「あった、けど壊されてるんだったら意味が無いんじゃ--」

「エテルノなら戻せるよねぇ?」

『--把握した。それを戻せばいいんだな?』


 そうだ。そういえば何者かが設置したという結界があったはずだ。

 壊されてはいたが、それをエテルノが直せばバルドは死霊術を使えなくなる。

 つまり、勝ち目が出てくるのだ。


 なら、そうすべきだ。

 そう言おうとした瞬間、またもやオーウェンが口を挟んで来た。


「……ただ、それをやっちゃうと魔力が遮断される訳で、僕達も魔法を使えなくなっちゃうんだけどねー」

「え」

「ほら、実際のところマスクのあの魔法も死霊術と同じように空気中の魔力を使ってるからねぇ……」

『……おい、それ結局結界を直しても無駄なんじゃないのか?』


 マスクの魔法が使えなくなる代わりにバルドの死霊術も使えなくなる。

 

 ……なるほど。


「エテルノ、結界を直すのは頼めるかい?」

『おい、話を聞いてたのか?俺がどうにかしてそっちにたどり着くまで耐えてくれれば始末は--』

「--それじゃ駄目だよ。間違いなく間に合わない」


 だから、少しでも可能性のある方に賭ける。


「エテルノ、君なら分かるだろう?生き残れる可能性が高いのはどっちだい?」

『……』

「頼むよ、エテルノ」

『……分かった。ただ、そうだな……そのスライムを上手く使えば、そこそこ良い盾ぐらいにはなるはずだ。だから--』

「うん、分かった。ただそろそろマスクの方がまずいから、エテルノも急いでね。頼んだよ……!」


 口を覆っていたスライムを外し、盾へと変える。

 もう鼻が駄目になってしまったのか、とっくに臭気も感じなくなっていた。


「マスク、大丈夫かい?!一旦僕が引き受けるから、引いてて良いよ!」

「そういう訳にもいかねぇだろ!さっき俺も会話聞こえてたかんな?!こっから俺が足手まといになるっつぅのに今からさぼってちゃ失格だっつの……!」


 そんなことを言っているマスクはとっくにボロボロだ。

 土魔法で回避を繰り返してはいたものの、それにも限界があるのだ。

 少しかすっただけでも危険なバルドの手が四方八方から襲ってくるのだから、こんなに怪我をしてしまうのも当たり前だろう。


 彼がこれ以上傷を負わずに魔法を使えるよう、彼よりも一歩前に進み出て剣と盾を構える。

 グリスと二人で冒険していた時から慣れている役割分担だ。

 魔法使いは後ろ、剣士は前。

 失敗するなんてありえない。


「さて、それじゃあ皆でここを生き抜いて見せようか!Sランク冒険者の力、見せてあげるよ!」


 剣を構える僕に向かって、骨に肉がこびりついたような醜い手の平が迫って来ていた。


***


「っ……くそ、早く動かないとな……!」


 フリオとの話を終え、俺はすぐに走り出した。

 狭い通路の天井から水が時々流れ落ちているせいで気を付けないと足が滑りそうだ。


 俺の方では崩落を免れたものの、皆は巻き込まれてしまったらしいことは簡単に予想できた。

 探知魔法によると、フリオとオーウェン、マスクが一緒にいる。

 バルドの反応が見られないのはおそらくあいつ自身も死霊術で動いている死体という扱いだからだろう。

 グリスティア達も居ないようだが、これはアニキのスキルで一旦逃げていると見て良い。


 他に反応は、無い。

 つまり俺しかこの場で動ける人間が居ないのだ。


 探知魔法はさっさと切り上げて通路を更に奥へと進んでいく。

 壊れた結界、だったか?道具を使う結界魔法であれば確かに俺でも治せるだろう。

 

 出来る限りの身体強化魔法を自身に施し、全速力で通路を駆け抜けた俺はすぐに壊れた結界のある場所へとたどり着く。

 崩落した天井を魔法で持ち上げ、簡易的に通路を修繕して進んでいたのが仇となって予想よりも時間がかかってしまったが--


「……良かった。これなら俺でも直せるな」


 これも結界魔法なのだから仕組み自体は俺の愛用するものと共通だ。

 仕組みと効果を確認し、すぐに俺は呪文を唱える。


「『我、守護の聖典を統べる者也。魔の物を強く退ける者也。万物に宿りし力の根源を再び無に帰す我の、願いを聞き届け今こそ全てを魔の手から解き放たん』」


 複雑な結界なだけあって、詠唱も厄介だ。

 とはいえ、無事に遂行はするのだが。

 

 最後に、スライム越しにフリオへと言葉を届ける。


「--フリオ、死ぬなよ」


 直後、結界が復活したことによりスライムによる通信が途切れる。


 ……俺の言葉は、無事にフリオに届いただろうか。

 今頃フリオは一人でバルドを相手取っているはずだ。

 マスクの土魔法が使えなくなり、オーウェンは足手まとい。

 いかにSランク冒険者と言えど、こんな状況ではきつすぎる。


「……さて」


 伸びをして立ち上がり、足の調子を確かめる。

 ……よし、問題なさそうだな。

 これなら万一戦いになっても大丈夫だろう。


 そう判断して、俺はため息をついた。


「本当ならこのままフリオのところに行って助けてやりたかったんだが、そうもいかないようだな」

「--あれ、気づいてたんだねエテルノ君?」

「探知魔法が使えるんでな。隠れても無駄だからさっさと出てこい。幸い今は俺一人だぞ」


 背後を振り返る。


 俺の背後、通路の出口を塞ぐように立っているのは猫耳を揺らすにやけた顔の男と、棍棒を構えた女。その更に後ろにはうつむきっぱなしの脱獄囚人が控えていた。

 そして--


「ようミニモ、久しぶりだな」


 イギルに捕まっている彼女に、俺はそう声を掛けた。


 ミニモとディアン、イギルとフィナ。

 フリオからは『逃げた』と聞かされた彼らが、そこにやって来ていた。

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