死霊術師の成れの果て
「ちょ、ちょっとフリオ?!」
悲痛な叫びを聞きながらも、フリオを追いかけようとするグリスティアをフィリミルが阻む。
フィリミルの背後で、大きな音を立てて天井が崩落したのはその直後の事だった。
「アニキさん!早くお願いします!ここも危ないですから!」
「わ、分かった!――『収納』ッ!!」
すぐにスキルを発動し、皆で収納空間に逃げ込む。
見覚えのある、魔獣の檻やら木箱やらが散乱した景色。
久々の広い空間が俺達を出迎えた。
……危ないところだった。おそらくもうあの地下道は崩落してしまっただろう。
つまり--
「今すぐ出して!フリオを、フリオを助けに行かないと……!」
「お、落ち着け。流石に今すぐはマズイって……!」
フリオの危機とあって、普段の冷静さを失っているグリスティアが詰め寄って来た。
フリオは、ここには居ない。
崩落ギリギリでオーウェンたちを追いかけて行ってしまったのだ。
「ぐ、グリスさん、落ち着いてください!フリオさんならきっと大丈夫ですから……!」
「そ、そうよ。フリオは強いじゃない。多分あの分ならすぐにオーウェンたちと追いつくだろうし……」
シェピアとリリスがグリスティアをなだめる。
グリスティアはそれでも焦っているようだった。当然だ。そもそも俺達にとっては、オーウェンもマスクも敵なのだから。
「……一旦、脱出だな。エテルノが合流するのを待つしかねぇだろ」
「な、なんでそんな……!」
「いや、悪いが俺らがどう頑張ってもこの先に進めるとは思えない。グリスティアとシェピアが居れば通路を作りながら進むことは出来るだろうよ。ただな、それでフリオ達に追いつけるかって言われるとやっぱしんどいわ」
そもそも奴らの狙いに気づくべきだった。何故地下通路にイギル達が逃げ込んだのか。
それはおそらく、今回のように罠を仕掛けられる環境だからだ。
この崩落はイギル達の仕業だとみて良い。フィリミルが予知していても避けられないよう、通路の奥の奥まで俺達を誘い込みやがった。
そして自分たちは、ディアンの禁術で壁をすり抜けて脱出、と。
やられた。何故気づけなかったのか。
「だから、一旦地上に戻って奴らを追う。フリオは確かエテルノのスライム持ってたよな?連絡は取れるはずだろ?」
「……」
「俺達は地上からイギル達を追う。フリオ達は地下から追う。ほら、あれだ、挟み撃ちってやつだな」
そして地上に戻る過程でエテルノを回収する。
俺が今提案できる作戦だと残念ながらこれが限界だ。
そもそも、地上に戻るまでにも地下道は崩落しているであろうことが予想されるというのに、地上に戻った後の話をするのもおかしいが。
「とにかくだ。フリオのためにもミニモのためにも地上に戻るべきだと思うぜ?少しは落ち着いたか?」
黙っているグリスティアに声を掛ける。
彼女の両手をリリスとシェピアが握り、なんとか落ち着かせたようだった。
「……分かったわ。ごめんなさい、焦っちゃって」
「いや気にすんな。好きな奴がピンチだったらそりゃああんな感じになるわな」
むしろすぐに聞き入れただけ良い方だ。
グリスティアは立派だと思う。
「うし、じゃあ行くか。ただこっからの帰りはシェピアとグリスティアの魔法頼みになるからな。頑張ってくれよ?」
「任せときなさいよ!教わった魔力の制御法、見せてあげる!ね、グリスティア!」
「うん、頑張ろうね、シェピア」
よし、とりあえずこれで大丈夫だな。
どうか、無事でいてくれよフリオ。
俺は心のうちで、そう願わずにいられないのだった。
***
「ッ、オーウェン!大丈夫かい?!」
「まぁねー。ただ、ちょっとこれ以上は死にそうかも……」
「うっおぉ?!あっぶな?!こいつやばすぎんだろ?!」
マスクが『それ』の攻撃を辛うじて避けてこちらへと戻ってくる。
無事に崩落をかいくぐり、どうにか地下通路の一番奥まで辿り着いた僕たちは苦戦を強いられていた。
イギル達は居ない。グリスの話道理なら、彼らはディアンの身に付けた禁術でこの地下通路の奥へと逃げていったはずだった。
だからここからマスクの魔法で土を掘り進むつもりだったのだ。
でも、
「まさかこんなものを残して行ってるとはね……!」
ギシギシギシ、と歯ぎしりのような音を立てて『それ』は悲痛な叫びをあげる。
腐り果てた肉塊に赤ん坊のような手足が何本も生え、鼻を削ぎ取られたかのような醜悪な顔をこちらへ向けた『それ』は、芋虫のようにすら思えた。
……芋虫というにはいささか大きすぎるし、生きているとは到底思えない見た目だけれど。
「『鑑定』によると、これがバルドらしいねー。まさかこんなことになってるとは思わなかったけど、やっぱり禁術ってだけはあるかなぁ」
「呑気なこと言ってないで避難してくれないかな?!」
オーウェンには戦闘能力がほとんどない。
『鑑定』によってこれがバルドだということと死霊術の成れの果てだということを看破してくれたところまでは良かったのだが、以降は何をするでもなくひたすら逃げ回っている。
「逃げられないんだよねぇそれが!」
背後の通路は既に崩落してしまっている。逃げるにはマスクも一緒に行く必要があるが、そうなると僕だけではバルドを抑え込めそうにないのだ。
つまり、誰か一人が欠けただけで僕たちは全滅だ。
「っぐ、この……!」
バルドの醜悪な手を切り飛ばし、その異臭に思わず顔を歪める。
鼻を刺すような刺激臭と何年も放置した残飯のような臭い。
息をするだけで眩暈がしてしまうほどだ。
「俺今ほど仮面付けてて良かったと思ったことねぇわ!」
マスクが土魔法でバルドを吹き飛ばしながら軽口を叩く。
彼は顔の下半分を覆っているからか、少しばかり臭いを防げているらしい。
「……スライム、ごめん、頼めるかい?」
エテルノのスライムに頼んで口と鼻を覆ってもらう。
……うん、少しだけマシになったかな。
「ッ!!」
僕の頭すら容易く握り潰せてしまいそうなバルドの手のひらをかいくぐってバルドの顔を真っ二つに裂く。
が、やはり駄目だ。
耳障りな叫びをあげるものの、すぐに頭がくっついて元通りになってしまう。
窪んだ眼窩で僕達を見据え、何度でも向かってくるバルドはとっくに正気を失っているように思えた。
「死霊術だねーこれ。こいつに限っては蘇生魔法で蘇ってここに居るんじゃないみたいだ」
「そんな話が今何に関係あるんだい?!」
「いやぁ、途中にあった結界はそう言うことなんだなって。ほら、誰かがここにバルドを閉じ込めておいてたんだよ。バルドに関してはイギル達が蘇らせてたんじゃなくて、元から蘇ってたんだ」
『鑑定』でバルドの死霊術すらも理解しているオーウェンは酷く苦々しげだ。
彼は戦いを続ける僕達にとっては絶望的な言葉を口にした。
「死霊術っていうのは術者が死んだ後も有効なんだってさ。まぁ簡単に言っちゃうと、殺しても何度でも蘇るっていう……」
なるほど、蘇生魔法みたいな感じだけど、死体のまま蘇る……いや、死体として意識を取り戻す、っていう方が正しいのかな?
と、いうことは--
「僕達がバルドを倒した後に、バルドは蘇ってたってことかい?!」
「だからさっきからそう言ってるだろ?」
バルドの腕が耳元を掠め、思わず冷や汗をかく。
剣を握る僕の手の平は既にじっとりと湿っていた。
バルドをこの地下道に封印していた人間が居た。
順当に考えれば、それはイギルだ。
イギルがバルドをここに匿い、自分たちが逃げるときのための足止めとして僕達にけしかけた--
「じゃあなんでこんな発狂してるみたいな感じなんだろうね!」
僕自身もスキルを発動し、影達でバルドを抑え込む。
抑え込もうと、したのだが駄目だ。どう考えてもバルドの力が強すぎる。
それに、抑え込んだってバルドの肉がちぎれてしまって抑え込めないのだ。
豆腐を握れないのと同じように、脆すぎるものを抑えつけることはできない。
しかもたちが悪いことに、バルドは千切れた場所からすぐに再生を始めてしまう。
「多分だけどね、これ、混ざりものだと思うよー」
「混ざり物ってのはなんのこっちゃ!フリオ、右!」
「わ、ッ、ありがとう!」
僕の背後に迫っていたバルドの腕を蹴り飛ばし、オーウェンの言葉に耳を傾ける。
マスクの方も魔法があるとはいえ苦戦させられているようだ。
「死霊術は死体と死体を混ぜられるんだよねぇ?」
「え、あ、確かそうだね!」
以前戦った時に、バルドは死体達を合体させたりしていた。
「このバルド……いや、バルドだったものはさ、多分何百もの死体をくっつけてぐちゃぐちゃにしてあるんだよねぇ」
「……」
言われてみると、バルドの体に生えた手は子供の手から女性の手、男の手まで様々だ。
何百と並ぶ手は、まさにオーウェンの言うことを肯定しているように思えた。
「それで正気失ってちゃ世話ねぇわな……!」
マスクの魔法は強力だ。
地面から突き上げるようにして石柱を出現させてバルドを天井に挟んで押しつぶしたり、迫って来たバルドを遠くに弾き飛ばしたり。
石をギロチンのような形にしてバルドを輪切りにしたりと、多種多様。
そのおかげでどうにか耐えられているけれど--
「ほんっとうに死なねぇなァ……!」
バルドは、以前として動きを止める気配が無い。
魔力切れもどうやら期待できなさそうだ。
「魔力切れになればどうにかなると思ったんだけどね……!」
魔力が切れれば死霊術も使えなくなるはず。そう考えていた僕の言葉にオーウェンは耳ざとく反応した。
「無理だよ、『これ』は空気中の魔力を使ってこんなことをやってるからねぇ」
「……っ」
空気中の魔力を、そのまま自分の力として還元する。
と言うことは、
「もうこれ詰んでないかい……?!」
「だねぇ。悪いけど、一度逃げないと倒す手段が無いよ」
「じゃあ逃げ--」
逃げ、られないのだ。
逃げようとした瞬間バルドに襲われて全滅。
戦っていても、こちらがガス欠になれば全滅。
「……なんてこった、だね全く……」
グリスに偉そうに言った割にこんなことになるなんて。
剣にこびりついた真っ黒に変色したバルドの血を拭い、再び剣を構える。
死ぬにしてもギリギリまで、足掻いて見せる。
そうしないとグリスたちを逃がせないから。
そんな風に決意を固めたその時だった。
「--おいフリオ!聞こえるか?!状況を聞かせろ!そっちはどうなってる?!」
「エテルノ……!?」
僕の口を覆うスライムから、僕の親友の声が響き渡った。




