土くれ人形と木偶のぼう
「……エテルノさん、大丈夫ですかね……?」
道中でリリスがぼそりと呟く。
僕達の会話は途絶え、時々落ちてくる水滴だけが狭い地下通路の中に反響していた。
地面は時々落ちてくる水滴のせいかじっとりと湿り、少しだけ泥が靴裏にくっついて歩きにくい。
リリスの言葉から少し間が開いてしまったが、答えを返すことにする。
これ以上無言と言うのも耐えられないしね。
「エテルノなら多分大丈夫だよ。彼は自分に出来ないことは『出来ない』ってちゃんと言うからね」
「そうなんですか?」
「うん、めっちゃ不貞腐れた顔するけどね」
「なんででしょうか……めちゃくちゃ想像できますね……」
エテルノはあまりそういうイメージを持たれないけれど、出来ないことはちゃんと拒否するタイプの人間だ。
自分の実力を理解している、とでも言うのだろうか。
自分で出来ないことは他の誰かを呼ぶか、不貞腐れながらも別の作戦を考える。
そんな彼が、『ここは俺に任せろ』と言ったからには彼一人でどうにかなるのだろう。
だから僕たちは先へ進む。
その方が良い。その方が、より確実にミニモ達を助けられるのだから。
リリスが納得した様子だったので、僕はアニキの方に向き直った。
「ちなみにだけどアニキ、バルドをどうにかする準備は出来てるかい?」
「……まぁちょっと分かんねぇわな。死体どもなら収納で何とかなるかもしれねぇけど、バルドだけは他の手段で何とかしねぇといけねぇわ」
「そうだね……魔力の糸を遮断する、だっけ?」
バルドの死霊術は、魔力の流れを断ってしまえば使えなくなる。
そのため、操られた死体はアニキの収納を使うことで無力化できるのだけど……バルドが蘇っているというのなら、バルド本人をどうにかしないことにはどうにもならないからね。
バルドを即倒しつつ、イギルの幻想魔法で操られないように注意。フィナも途中で襲ってくるだろうし、ミニモを攻撃に巻き込まないようにしないといけない。
いつもの事と言えばいつも通りだけど、やっぱり厳しい戦いだ。
「イギルのことは君たちに任せても良いんだよね?」
「はいはい、大丈夫だから安心しちゃってよー」
気の抜けた声で返すのはオーウェン。
僕はやはり彼のことがどうしても好きになれない。僕の村を滅ぼした張本人というのもあるけれど……それ以外にも、どこか好かないのだ。
正しいのは彼の方だとは分かってはいるけれど、それでも。
……でも、今は押し殺すことにする。
今大事なのは復讐ややり返しよりも、ミニモを助けることだ。
それに、ミニモを助けるにあたってどのみち彼とは敵対するのだから今すぐに戦う必要はない。
「ちなみにだけど、どういう手を使うつもりだい?」
「どうって……まぁ普通に、マスクがやってくれるさ」
「マスクが?」
マスク。オーウェンと一緒にいる仮面の男が、手を振ってきさくにこちらの視線に答える。
彼が得意とするのは単なる土魔法だ。それがイギルに有効とは思えないけれど……
「人形を使うんだよ、兄ちゃん。嬢ちゃんたちには説明したと思ったが、兄ちゃんにはまだだったよな?ちょい待ちな」
マスクが手をかざしたところから土が盛り上がり、土が固まって人の形になる。
若干ずんぐりむっくりな感じはあるものの、マスクが何やら手を振ると同じように土くれ人形も動いた。
「これを操ってどうにかするって戦法よ。遠くからこいつらを操って戦ってたらほら、洗脳とかもされねぇだろ?」
「それはまぁ、確かに……」
ただ、前にグリスもエテルノも「こういうことすると集中力がかなり必要だから極限までやりたくない」みたいなことを言っていた気がするんだけど……
でも、マスクはどんどん人形を増やしているようだ。
それを見ているシェピアとグリスが物凄い顔をしているのは、まぁ、そういうことなんだろう。
「あ、これ僕のスキルでも出来るんじゃないかな?」
よく考えてみれば、僕のスキルも僕以外の人影を呼んで助けてもらうスキルだ。
頑張ればできるんじゃないだろうか。
そう考えた僕に、オーウェンが口を挟んで来た。
「やめた方が良いと思うけどねぇ。ほら、君のスキルはあれだろ?人影そのものに意思がある感じなんだろう?その場合幻覚の対象に含まれるだろうからさぁ」
「……え、あ、そうなのかい?」
知らなかった。
確かに意思疎通は可能だけど……
「……というか、なんで君がそのことを知ってるんだい?僕まだ君にスキルを教えてないよね?」
確かな違和感があった。
何も言っていないのに、オーウェンはあらかじめ僕達のスキルを把握しているような口ぶりなのだ。
不信感を強めて睨みつけると、彼は笑って見せた。
「いやぁ、これが僕のスキルでね。『相手のスキルや魔法の詳細を知る』とでも言えばいいのかな、『鑑定』って呼んでるんだけどさ」
「鑑定……」
「おい、それ言ってよかったのか?」
「まぁ良いかなぁ別に。この場面で言っとけば脅しにもなるし」
マスクが焦り、オーウェンがへらへらと笑う。
だが、彼の言葉が真実なら僕達のスキル全てが彼に筒抜けになっていたわけだ。
……となると、ミニモを助けるためにスキルに頼ることは難しい。
リリスのスキルなんかは隠していたのに、無駄な事だったわけだ。
「……参ったな」
面倒なことになる前にどうにかしようと思っていたのに。
と、僕達の話を黙って聞いていたグリスがふと囁いた。
「フリオ、そろそろイギル達が近いわよ。人形を放つなら、そろそろだと思うわ」
「え、あ、もうかい?」
思ったよりも早く僕たちは進んでいたようだ。
咳ばらいを一つして、僕は合図を出した。
「皆、まだエテルノが来ていないけれど、頑張っていこう!突撃!」
暗闇から湧きだすように、バルドの操る骸たちが飛び出してきたのはその直後の事だった。




