エコロケーションに乗せた言葉
「よし、じゃあ計画通りに行くよ。変な物を見つけ次第報告する感じで、エテルノとグリスは探知魔法を使っておいて」
フリオのそんな号令を皮切りに、俺達は続々と地下道へと入っていく。
以前ここへやって来た時と何も変わっていないはずなのに、どこか依然と違うような気がしたのは俺の気のせいなのだろうか。
苔むした壁に手を沿わせながら、指示通りに探知魔法を使っておく。
「……」
俺の魔法ではまだ何も感知できない。が、
「見つけたわよ。別にどこかに隠れてるってわけでもないみたいね」
グリスティアがそう報告した。
彼女の魔法はやはり凄まじい。俺が探知魔法を使っている意味が無いのではと思うほどだ。
「そうか。グリス、人数は?」
「んー……と、三十人、ってぐらいかしら。イギルとフィナ、って女は分かるけどそれ以外にも何人もいるみたいね」
「ミニモはどこに?」
「イギルの隣かしらね。やっぱり大人しくしてるみたいよ」
イギルがミニモをどこかに隠した様子は無い、と。
こうなってくるとますます怪しいな。
「エテルノ、君はどんな感じだい?」
「いや、悪いがこの距離じゃ俺はまだなんとも言えない。もう少し近づかないことにはな」
前だけを見て進んでいくフリオはいつになく真剣な表情だ。
魔法で足元を照らしているとはいえ、何があるかも分からない地下道を一歩一歩臆さずに進んでいく様子はやはり頼りがいのあるパーティーリーダーと言ったところか。
……まぁ緊張感があるのは前を歩く面々だけなのだが。
「本当に趣味が悪いよねぇ皆。禁術をわざわざ好き好んで広めようとしたりさ。そんなことをして何が楽しいのやら僕には何も分からないね」
「うるさいぞオーウェン」
オーウェンがぺらぺらと嫌みを言いながら列の最後を歩く。その隣には複雑そうな表情のマスクが居た。
***
作戦会議をしていた時のことだ。俺達が『いかにしてミニモを助け出すか』という論点で話をしていたところに、オーウェンが口を挟んで来た。
「あのさ、いっそのことその……地下道?も含めて全部焼き払っちゃうっていうのはどう?」
「……なんだと?」
「ほら、それだったら一網打尽にできるじゃん?」
ミニモもイギルもフィナも、敵をまとめて焼き払ってしまえばわざわざ地下道へ行かずとも始末できるだろうというのがオーウェンの意見だった。
考えてみれば当然の話ではある。
なにせ、オーウェンとマスクの目的は『ミニモも含めた禁術を使う人間の抹殺』であって、ミニモを助け出すことを念頭に置いている俺達とは方針が違うのだから。
だが、この提案を俺が予期していなかったわけでは無い。
怒りを抑えきれていないアニキ達を手で制し、俺は言った。
「ミニモの使う禁術はおそらくだが『死後蘇える』ことも可能になる。殺すか封印するか、という観点で言ったら封印の方が適切になるんじゃないか?」
「まぁそれはね。殺さないで永遠に捕らえておく、みたいなことができるんならそっちの方が安全策だとは思うけど?」
「それなら今下手なことをやってどさくさに紛れて逃げられるよりも、ミニモを一度こちら側に連れ戻してからの方が良いだろうさ」
以前オーウェンが、蘇生魔法については分からないことが多いと言っていたのを逆手に取ったわけだが、一旦はこれでオーウェンを納得させることができた。
下手に地下道を巻き込んでミニモを殺そうとすると、失敗したときに困ったことになる。
俺もそうだが、オーウェン、ディアンのようなタイプは極力不確定要素を排除したがるからな。より良い方法さえ提示してやれば提案を受け入れさせることも可能になる。
とはいえ、この一件で更に俺達とオーウェンたちの間の溝は深まってしまったわけだが。
ミニモを助けるためにはイギルを倒すと同時にオーウェンたちも何とかしないといけないからな。
協力関係というよりは、一旦停戦、とでも言ったほうが近いのだろう。
オーウェンのこの発言の後、ひたすらに気まずい空気が流れるのだった。
***
「……と、そろそろだな」
ようやく俺の探知魔法でもイギル達の距離が分かるほどに近づいてきて、ふと周囲の様子が変わる。
苔むした壁が破壊され、土すらも見えるこの場所は前回俺がバルドと交戦したときの痕跡が色濃く残っていた。
「もう少し先に行ったところにイギルがいるらしいが……」
事前にフリオ達には確認しておいたことではあるが、逃げもせずにここに来たということはイギル達にもなにかしらの意図があるのは確かだ。
それは例えば--
「来たぞ」
カラカラと音を立てて、曲がり角から人骨が姿を現す。
この姿には見覚えがある。バルドの死霊術と対峙したときに散々見た、死人の姿だ。
探知魔法にこそ引っかからなかったが、やはりバルドに縁のある物が残されていたらしい。
そうでもないとわざわざバルドに縁のあるこの場所を決戦の舞台になんて選ばないからな。
敵を一瞥してフリオに確認を取る。
「フリオ、まずはこいつらを片付ける、ってことで良いんだな?」
「そうだね。それで大丈夫だと思う」
よし、そういうことならさっさと片付けて次へ進もう。
そう考えて剣を構えた時だった。
「--久しぶりだね、エテルノ」
ふと、良く知る声が聞こえてきて全身が粟立つ。
フリオやグリスティア、アニキは事情を知らない。
オーウェンやマスクに至っては当然知らないに決まっている。
だが、俺にだけは。俺だけは、彼女のことを知っていた。
もう二度と、合わないと思っていた彼女の名前を、俺だけは知っていた。
「……シュリ。この場合は、なんて返すのが正解なんだ?」
「久しぶり、じゃないかなやっぱり。久しぶりー。今回も私、こっち側になっちゃったからさ、よろしくね?」
地下道に反響した声は、何度聞いても俺のよく知る彼女の物だった。




