探索者会議、動くマンドラゴラ
「さて、今回の事件なんだけど、誰か情報を持っていないかい?」
翌日のことだ。キャンプ地の中心に冒険者たちは集まって話し合いをしていた。
言うまでも無く話を仕切っているのはフリオである。
「誰かがいたことは確かよ。透明化魔法を使っていたのを確認したもの」
「あ、そういえばなんでグリスは僕のテントに――」
「……何が?」
「あ、なんでもないです……」
グリスは少しだけ前よりも元気そうだな。落ち込んでいた今までよりはよほどいいのだが、あまり俺に不利なことを言うのはやめてほしいものだ。
「ほんっとに!あの叫び声何なのかしら?!耳にこびりついて離れないんだけど?!」
「ですよねぇ……。頭がぐわんぐわんします……」
俺がうっかり引き抜いてしまったマンドラゴラの叫び声。あれはキャンプ地全体に響き渡った。流石の俺も自分のテントには消音魔法なぞ掛けていなかったからな。その結果として冒険者が呼び出され、こうして話し合いの場が持たれているわけだ。
……申し訳ない。
「使われた凶器の確認から行こうか。ミニモ、持ってきてもらえる?」
「はいはーい、こちらでーす」
ミニモのポケットから取り出されたのは――
「……ん?あ、あの、ミニモ?」
「はい、なんでしょうか!」
「なんですり下ろされてるんだい?」
「思いのほかしぶとかったので、黙らせるのに苦労しました」
「めちゃめちゃしっかり仕留めたね……」
これもう魔獣とかそういうレベルじゃないな。原型を成していない。野菜のすりおろしだと言われた方がまだ納得できる。というかそんなものをポケットに直に入れるな。ポケットの中が絶対酷いことになってるだろ。
「使いますか?」
「おろし金を?!」
おろし金を取り出しながらミニモが言う。どこから取り出したんだ。
……このまま会話のペースを任せておくのは危険だな。俺の悪だくみが露呈するのは避けなくてはならない。
会話を掌握すべく、俺はフリオに質問してみることにした。
「ミニモは良いとしてフリオ、お前ならちゃんと捕らえておいたんじゃないのか?」
「あー、それがね……」
フリオが取り出したマンドラゴラは真っ黒に焦げ、ほんのりといい匂いが漂ってくる。
なるほどフリオ、お前もか。
「本当にうるさくてね……思わず魔法を使っちゃったんだよ。グリスが」
「……うるさかったんだもの」
気持ちは分かるがグリスお前……。
「エテルノは確保できたのかい?」
「……あぁ」
確保するも何も俺が元凶だからな。黙ってマンドラゴラを取り出し、フリオに放ってやる。
俺のマンドラゴラは消音魔法を掛けることで体はそのままに静かにさせることに成功していた。
フリオがまじまじと見つめて言った。
「これは……マンドラゴラかい?」
「そうだな。皆が被害を受けたのはマンドラゴラの叫び声で間違いない」
「道理であんなにうるさいわけだ。ありがとうエテルノ。僕たちのは原型留めてなかったからね、凶器が分かっただけで大きな進歩だよ」
「……いや、気にするな」
うーむ、心が痛い。謝罪しても良いレベルの失態なのだがここでパーティーを出ることになるのは困る。
どうしたものか……。
「とりあえずこのマンドラゴラから犯人を辿った方が良さそうだね」
「ですね。絶対犯人は許しません」
「あー……聞きたくないけど、ミニモも何かあったのかい?」
「ですよ!私のテントに胡椒みたいなのを撒いて行ったんですよ?!」
確かに催涙スプレーを撒いたのも俺だがそれはお前の自業自得だ。
いや待て。催涙スプレーの効果を胡椒レベルで済ませてるんじゃねぇよ。お前は本当に人間か?
「エテルノ、どうやったらこのマンドラゴラの封印を解けるんだい?」
「単純な魔法だからな。俺が解除すればいいだけの話だ」
「うーん、じゃあお願いできる?」
「分かった」
マンドラゴラが叫びそうになったら即封印しよう。そう覚悟を決めてから俺は封印を解いた。
「……」
「……」
身じろぎ一つしないマンドラゴラ。マンドラゴラと見つめあうフリオの絵が非常にシュール。
マンドラゴラは小人のような姿をした植物の魔物だ。そんなマンドラゴラは今、体育座りのような体勢でフリオを見上げている。
「あー……えっと?」
「……」
おもむろにマンドラゴラが立ち上がり、姿勢を正す。すぐに冒険者たちの間に緊張が走った。
もちろん俺も例外ではなく、今すぐにでも魔法を発動できるように身構える。
「……す」
「す?」
す、とはなんだ?俺たちが注視する中マンドラゴラは一息つくと――
「すっいませんでしたぁああああ!!」
――盛大に土下座を決めた。
***
「え、えっと……つまりあれかい?君は命乞いをする、と?」
「その通りっすよ!」
また妙な展開になってきたな。そもそもマンドラゴラは喋れる植物だったか?いや、元から絶叫していたし喋れなくは無かったのだろうか?
マンドラゴラが大仰に手を広げ、演説をするようにぺらぺらと喋り続けているこの状況は奇妙としか表現のしようがない。
「いや、私思うんすよ。やっぱ時代は植物と動物が手を取り合うべきだなって」
「え、あぁ、うん」
「ほら、見てくださいっすよ!この世界はこんなにも美しい!土の下を恋しく思うよりも広く美しい世界を冒険するほうがより有意義だと!思いませんか!」
言いたいことはいろいろあるがとりあえずうるさい。
マンドラゴラの絶叫癖が抜けてないようだな。いや、絶叫癖ってなんだよ。
「あー……つまり君は、僕たちに協力してくれると?」
「はい、もちろんっす!」
……おい、この状況はまずくないか?こいつが喋れるとしたら俺の悪事が明るみに出るのでは……?
「ミニモ、さっきのおろし金を貸してくれるか?」
「え、良いですけど何に使うんです?」
よし。握った感触を確認した俺はおろし金を思い切り振り被り――
「じゃあ率直に聞こう。僕たちに君をけしかけたのは誰だい?」
「え?そんなの決まってますよー。そりゃあもちろんエ……」
マンドラゴラの目の前に俺の投げたおろし金が突き刺さる。俺のことをフリオにばらしたら……分かってるよな?という念も込めて視線も送っておこう。
すり下ろすぞ、お前。
「エ、エテルノ?どうしたんだい?」
「いや、ちょっとそのマンドラゴラが不審な動きをしたように見えたのでな。俺の勘違いだったようだ」
「そ、そうかい……?」
マンドラゴラは酷く怯えた目で俺を見ている。ここまでやれば俺の意図は伝わったよな?
「そ、それでなんだっけ。君をけしかけた人の話だけど……」
「き、決まってますよぉ!エ、笑顔が素敵なダンジョンの主がやったんっす!」
「やっぱりダンジョンマスターの仕業だったんだね……」
笑顔が素敵……?いや、うん。まぁダンジョンマスターのせいにするのは良い手だな。なかなか良い言い訳だ。
フリオも納得したような顔をした。
「おかしいとは思ってたんだよね。ここにきて攻撃を仕掛けてきたか……。皆、ここから先はさらに気を付けて進もう!」
おう、と答える冒険者たち。その顔はダンジョンマスターへの敵意、警戒心で満ち溢れていた。
まだ顔すら知らないダンジョンマスター。すまん。俺は心の中で謝るのだった。




