負け犬集会
「っぐ……遅かったか……!」
出来るだけの全力で通りを駆け抜け、俺はどうにかフリオ達の元へとたどり着いた。
が、俺が駆け付けるには遅すぎたことは簡単に見て取れてしまった。
「エテルノ……?!ど、どうしてここに……」
「話は後だ後!状況を教えてくれ!」
フリオが剣を手放して倒れこんでおり、荒く息をしている。
グリスティアも、シェピアも、なにかショックを受けたような顔をしているのだ。
通行人が遠くで俺達を取り巻きにしている状況で、何か無かったなんてことはあり得ない。
そして--
「ミニモはどこだ?!」
イギルが、ミニモを仲間に引き入れようとしているのは知っていた。
であるならば、イギルがこちらに逃げたというのなら何かミニモとの接触があったはずなのだ。
「ご、ごめんエテルノ。ミニモを攫われた……」
呻きながらもなんとか声を絞り出してフリオが言う。
口の端からも血が伝っていた。
「……そうか。それで、お前はどうした?血を吐く……ってことは内臓をやられたな。少し脱がせるぞ」
フリオに喋らせず、服をはだけさせて負傷を確認する。
一番まずそうなのは……
「……これか」
明らかに先ほど負ったであろう殴打痕が、生々しく左わき腹から肋骨にかけて残されているのを見て取った。
赤黒く腫れているそれは、血は流れ出ていないものの内出血をしていることは確実だろう。
血を吐いていることから、骨が折れて臓器を傷つけた可能性すらある。
「え、エテルノ、大丈夫よね……?」
「……多分な。この程度で済んで良かった」
もしアニキと同じようにフリオが洗脳されていたらと思うと恐ろしい。
この状態でも十分に重傷だが、それと比べればまだマシだ。
「あ、アニキは、アニキは無事……?」
シェピアがうつむきながらそんなことを言う。
杖を支えに立っている彼女の手は、小さく震えていた。
少しだけ笑ってやり、シェピアに安心するように伝える。
「……あいつは無事だよ。フィリミルも、リリスも頑張ってくれたからな。目を覚ませばしっかり話せるようになるはずだ」
「そ、そうなのね?よかった……」
シェピアが安心したように座り込むのを見届けて、出来るだけ急いで思索を巡らせる。
フリオの怪我は相当なものだ。これを治療できる環境であり、何があったのかも十分に聞けるような環境は……
「……孤児院に向かうか」
ここから一番近い場所であればそこが一番だろう。
スライムを通じてフィリミルとリリスに話を伝え、俺はフリオを持ち上げた。
出来るだけ怪我に障らないように、慎重に。
「何があったのかは後で聞かせてもらう。俺も話さないといけないことは多いからな。今はまず、怪我人の手当だ」
俺の言葉を聞いて、ぼんやりと二人は立ち上がるのだった。
***
「エテルノ、本当にごめん。責があるとしたら間違いなく僕だよ。責めてくれて構わない」
「いや、大丈夫だ気にしないでくれ。俺ももう少し早く気づけていれば良かったんだけどな」
孤児院のベッドに寝かされたフリオが悔しそうに言う。
気持ちは分かるが、敵に実力者が居たというのも大概の誤算だった。
アニキを操ろうとするぐらいだ。実力者は少ないものと考えていたのは間違いだったな。
禁術を広めるぐらいなのだから、強者に対しても何かしらの対抗手段があると考えるべきだった。
「アニキ、どんな感じの敵だったかもっと詳しく聞いても良いか?」
そう俺は声を掛ける。
フリオの隣に、同じように寝かされているアニキは悔いと言うよりももっと、怒りに近いような感情を浮かべていた。
「簡単に言うと、ディアンの方は幻だな。禁術、幻想魔法……とかほざいてたか」
「禁術か……」
なんとなく予想してはいたが、厄介だ。
禁術となると俺ではどうしようも無いかもしれない。
「具体的に、効果は?」
「なんつうか……実態のある幻、って感じだったな。連発はされなかったからそう簡単に使えるもんでも無いんだろ」
「後は……ディアンと女が居た、って話だったな」
「ディアンの方は知らねぇが、魔法やらスキルやらを使えなくさせてきたのは女の方だ。単純に喧嘩も強ぇわな」
なるほど。女……フィナの方をなんとかすれば魔法もスキルも使えると。
『魔法やスキルを無効化する』スキルを持ち、単純に個としての戦闘力も高い棍棒使いの女。
普通に考えれば厄介な事この上ないが……
「そいつの能力に関してはもうあまり気にしないで良い。もう俺達のスキルやら何やらが無効化されることは無いだろうからな」
「ん、それはどうしてなんですか?」
端で見ていたフィリミルがそう質問する。
フィリミルとリリスに関してはあまり怪我が無いようだったので、会議の間は部屋に椅子を持って来てそこに座ってもらっていた。
さて、その質問に対する答えだが。
「単純に、一つしか無効化できないっていう縛りがあるからだ。あいつらは常にミニモの蘇生魔法、もしくは治癒魔法を無効にしておきたいはずだからな。グリスティア、ミニモが連れ去られるときミニモ自身は抵抗してなかったか?」
「……してたけど、全然力が出てないみたいだったわね」
「あぁ。それはミニモの怪力が治癒魔法ありきで成り立ってるものだからだ」
ミニモは治癒魔法を活用し、筋肉量を増やすことで普段の怪力を実現している。
仮に治癒魔法を使えなくなったとしたら、ミニモはただの非力な女でしかないのだろう。
だから、ミニモの抵抗の可能性を無くすためにフィナは治癒魔法を無効化し続けるしかない。
そう俺は皆に説明した。
「……まぁ、単純な戦闘力でも脅威になるのは確かだがな」
「いや、でも魔法がもう無効化されないって分かったのは大きいわね。万が一に備えて色んな種類の魔法を使えばいいのよね?」
「そういうことだ」
とあると消去法で、地面に潜った……っていうのはディアンの仕業になるな。
ディアンはスキルを持っていなかったはずなので、大方禁術を身に着けたというところだろう。
「……あー、ここで提案なんだが、良いか?」
皆が口々に話を始めていたので、一度注目してもらう。
フリオも、アニキも、それぞれ思っていることはあるようだが……
「俺は、マスクやオーウェンも呼んで協力してもらうべきだと思う。禁術に関してはあいつらが居たほうが対応が早いからな」
「……」
「……フリオ」
黙ってしまったフリオに、少しだけ声を掛ける。
もちろんフリオの気持ちは分かるのだ。
親の、ひいては村の仇であるオーウェンを仲間に、というのはフリオにとっては厳しい選択だ。
「フリオ。恨みよりも、今助けられる人間を助けることの方を俺は優先したい」
俺が言えた義理では無いと自分でも思う。
俺は散々復讐を繰り返して今に至っているのだから。
だが、ミニモを救うためにはこの選択が最善だという確信があった。
そして、同時に。
「……分かったよ。エテルノに任せよう」
同時に、フリオなら承諾するだろうという確信もあった。
フリオは他人のためなら自分を犠牲にすることが多々ある。
今回もミニモのために自分の恨みを呑み込み、俺に任せると笑ってすら見せた。
心はもちろん痛むが、この選択が最善だ。
「よし、じゃあ連絡しようと思うが……同時に何か伝えておきたいことはあるか?」
皆からの返事は無い。
それならさっさと連絡を取るとしよう。スライムに手紙を託したその時だった。
ドアが勢いよく開かれて白髪の幼女が飛び込んでくる。
「フリオは大丈夫だったのかの?!」
「お、おう……」
サミエラ。俺達がこの孤児院にやってきたときは留守にしていたが、今丁度帰ってきてフリオの負った怪我のことを聞いたらしい。
そんな感じの焦りようだった。
「なんじゃ、なんかやたら空気が重くないかの?換気はしとるのか?」
「……いや……お前凄いな」
「え、わし何かしたかの……?」
サミエラがやってきたことによって、重苦しいままだった空気が少しだけ和らいだ。
窓を開けながら、俺は心のうちでサミエラに感謝するのだった。
最近過去話を編集してもっと読みやすくしようと試みているのですが、人によってはこれが『更新』したという扱いでお知らせしてしまうことがあるようです。
ブクマの設定を新着更新順にしてあるとなるそうなので、間違って開いてしまわないようご注意ください。
最近急にPVが増えていることを不思議に思った作者からのお知らせでした。
お詫びを兼ねて、今日は二話投稿です。




