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迷宮の王たる

「……中々しぶといね。どれだけ実力があればこんなことができるようになるんだか」


 先ほどから様子を伺っていた僕がそう呟くと、フィナが不思議そうな口調で言う。


「ナンだ、あれだけ余裕そうだったの二ナ」

「うるさいな。君はただそこにいるだけで良いからそんなことが言えるんだよ。エテルノときたらもう……あぁくそっ!なんでそうちょこまかと……!」

「大変そうだナ。私も手伝うカ?」

「いや、それは駄目だ。君が万が一怪我でもしたら、絶対にミニモに勝てなくなるからね。いずれ仲間に引き込むとは言え、君が居ないと万が一の時に危なすぎる」


 フィナのスキルは『一定範囲内の魔法、もしくはスキルを一つだけ無効化する』と言うものだ。

 まぁ範囲はそこそこ広いので問題ないとしても、問題は一つしか無効化できないこと。

 フィリミルの予知、エテルノの結界魔法は同時に無効化できないのだ。

 

「中々上手く当てられないな……!」


 アニキに、敵と戦う幻覚を見せることで上手いこと操っているのだが、やはりうまくアニキの攻撃が当たらない。


 エテルノならまだしもフィリミルやリリスにまで全く当たらないとなると、強化魔法まで掛けて皆の速さまで底上げしている可能性まで出てくる。詠唱は無かったので、無詠唱で何かを仕掛けている……と見るべきか。

 エテルノが裏で何をしているのかは分からないが、あいつなら必ずと言って良いほど何かを仕掛けているだろう。


 ここでフィナを投入すれば、彼女がリリスかフィリミルのどちらかぐらいは上手く潰してくれるはずだ。

 今のエテルノは避けるのにいっぱいいっぱい、と言った感じだから。


 ……けれど、もし彼女がそこで怪我でもしてしまったら?

 彼女のスキルが無ければミニモの蘇生魔法に対抗できる手段が無くなる。

 つまり、ミニモの説得が少しでもうまく行かなければ--


「ゾッとするね……」


 この町の地下道で見てしまった惨状を思い出して、思わず鳥肌が立つ。

 レンガ造りの壁に飛び散っている、黒ずんだ地と淀んだ空気、何度も、何度も悲鳴を上げる醜い肉の塊。

 あれがミニモの引き起こしたことなのだとしたら、正直なところ彼女は人間と思わない方が良い。

 それよりももっと、獣やらなにやらに近い性質の歩き回る地雷……とでも言ったほうが合っていそうな気すらする。


「お、おいお前たち、大丈夫なんだろうなこの店は……!さっきから物凄い音が聞こえるぞ……?!」

「あーはいはい、大丈夫っすよ。むしろあんたが喧嘩売らなきゃこんなことにならなかったんですから、ちゃんと立場わきまえて欲しいですね」


 物陰からブツブツと文句を言っている男が居た。

 こいつの名前はボレン・ルルガス。今回の事件を引き起こした張本人だ。


「そもそもあんたがアニキの店なんて買収しなければあいつらがこんなところまで来ることも無かったんだからさ……!」

「しょ、しょうがないだろ。お前らと違って私は経営者として活動を……」

「うるさいんで黙っててくれますかね。気が散りそうだ」


 元々はアニキの店をどうこうだとか、そんな気は一切無かったのだ。

 それをこいつが勝手にアニキの店を買収し、皆に喧嘩を吹っ掛けた。


「お、お前ら私のおかげでこの町に入れたのを忘れたわけじゃないだろうな?!どれだけ恩を売ってやったと思ってる?!」

「その百倍こちらが恩を売ってるはずなんですけどね……」


 本当ならミニモ達と事を構えるのはもう少し後にするはずだったのに。

 ……ぐちぐち言っていても仕方ないのだが、どうしても悔やまれる。


「っと……フィナ、もう良い。決着がついた」

「オ、ようやく当たったカ」

「残念ながら、違うよ。負けた。いやぁ……ちょっとだけ読み負けちゃったかなぁ」

「……ナンだと?守りに入ってれバ最強、じゃ無かったノカ?」

「いやぁ……それを利用されたんだよ。まさかこうなるとはねぇ」


 アニキはもう、詰みだ。

 無駄な幻を見せ続ける余力があるならもっと他のことに力を注いだほうが良い。


「ディアン!悪いけどうだうだ言ってられなくなったから移動するよ!それでいいね?!」

「……えぇ。別に構いませんよ」

「よし、じゃあフィナを先頭にして--」


 裏口から、逃げよう。で、逃げた先でミニモと交渉して仲間に引き入れればいい。

 フィナさえいれば問題は無いんだ。フィナさえいれば、ミニモは蘇生魔法も何も使えないただの少女になるのだから。


 そう考えて、踵を返した時だった。


「あ、まだここに居たんすね。エテルノさんに教えてもらった通りっす」

「なっ……?!」


 背後に、リリスが飼っていたマンドラゴラがやって来ていた。

 居場所がバレたのはマズイ。このマンドラゴラが飼い主の元に戻る前に始末しておかなければならない。


「あー、皆さんダンジョンマスターの仕事って知ってるっすか?」

「フィナ!こいつを叩き潰して始末してくれ!ディアンは先行して脱出経路の確保を……!」

「虫っすか?!……あー、まぁ、答えを待ってる暇も無いのでもう正解言っちゃうとっすね」


 ゾワリ、と背筋を悪寒が駆け抜ける。

 小さなマンドラゴラの体が、今だけはやけに膨れ上がって見えた。


「ダンジョンマスターは、ダンジョンを造るのが仕事なんすよ。自分の生まれたダンジョンを発展させるために魔獣を生み出して、障害を造って、より自分に居心地良い場所に造りかえるんす」


 フィナが振りかぶった棍棒が今にもマンドラゴラの体を叩き潰そうとしたその時に、それは起こった。

 壁と言う壁から急に草木が生い茂り始め、床がひび割れる。ミシミシと音を立てているのはきっと、地面に根が張り巡らされ始めているからだろう。

 異常な速度で茂って天井に絡みついた蔓には、花のつぼみすらついていた。


「……うーん、まだちょっと居心地悪いっすね。魔力の消費は気にしないで、気前よくもうちょっと行っとくっすか?」


 そう言ってマンドラゴラは、にやりと笑った。

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