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眠れる獅子に穴熊攻め

「フィリミル!予知はどうだ?!」

「駄目です、使えません……!」

「じゃあ後はひたすら逃げ回って何とかするしかないからな!止まったら死ぬぞ!」


 先ほどまで俺達が立っていたところがすぐに消滅し、真新しい地層を晒す。

 とんでもない話だ。アニキと戦うとこんなに厄介だなんて。

 前々から、もし敵対したらどうなるのかなんてことを想像してみては居たが、ここまでとは。


 アニキが狙いをつけにくい様に、ひたすら走り回ってはいるが一瞬でも足を止めればどうなるか分からない。

 今だって、アニキが勘で狙った攻撃に当たらないとは限らないのだ。

 救いと言ったら今は結界が使えることぐらいだが、結界ではアニキの『収納』を防げない。


「……」


 先ほどまでは使えなかった結界が、使えるようになっていることからも分かることがある。

 まず一つ目は、相手が『魔法、もしくはスキルと魔法の両方』を使えなくさせる何かの手段を持っているということ。

 これはアニキが敵に負けたらしいことからも、以前俺達が探知魔法を使えなかったことからも推測できる。

 二つ目は、その手段には制限があるということ。

 制限が無ければこんなもの乱発しているはずだからな。そしてその制限と言うのは--


「無効化は一つが限度、ということだな」


 今無効化されているのはフィリミルの『未来予知』のスキルだ。先ほどまでは使えなくなっていた結界魔法は使えるようになっている。

 無効化……まぁ厄介ではあるが、術者と戦うにあたってそこまで大きな問題にはならないだろう。

 なぜなら、俺は万能型の冒険者だからだ。

 魔法も使えれば、剣術も使える。剣以外の武器も大概扱えるし、使える魔法も多岐に渡る。

 一つ使えなくなった程度では何も困らないだろう。


 それと最後に分かったことだが……


「普通に殺そうとしてきてるよな……!」


 フィリミルの未来予知を使えなくさせたということは、まぁそういうことだろう。

 いや……困ったなこれ。マジで困ったぞ。


「エテルノさん、ちょっといいっすか?」

「なんだ?無駄口を叩く暇はないんでな。出来るだけ手短に頼む」


 ドーラがカイザーの翼から俺の肩に乗り移ってきて、アニキに聞こえないように耳打ちする。

 ただ、あまりに小さいその声は近くに居るリリスやフィリミルはもちろん俺ですら聞き取りにくいような声だった。


「私、ただのマンドラゴラだと思ってないっすよね?やろうと思えばダンジョンマスターとして、頑張るっすよ」

「……いや、だがそれは……」

「大丈夫っす。リリスちゃん達にはバレない様にするっすよ」

「……」


 ドーラは元々、ダンジョンマスターとして暗躍……でも無いのかもしれないが、何かを企てていたのは確かだ。

 それを考えると信用して良いものか微妙なところだが……


 俺個人としては、ドーラは信用に足ると判断した。


「分かった。誤魔化すのはしっかり俺がやっておくから任せろ」

「頼りになるっすねぇ」

「馬鹿なこと言ってないで早くしてくれ。そろそろ限界だからな」


 ドーラに透明化魔法を掛けてやり、カイザーに乗せて宙へ放り上げる。

 アニキが気づいた様子は無いな。

 この後は逃げ続けてドーラの秘策に頼る、というのもまぁ悪くは無いが、自分でも何かしなければ流石に恰好がつかないか。


「しょうがないな。おいフィリミル、少しだけ自分の力だけで逃げててもらえるか?」

「え?あ、は、はい!」


 さっきから抱えていたフィリミルとリリスを下ろし、俺は別行動をとることにした。

 作戦というほどでもないが、もしかしたら何かできるかもしれないと思ったからだ。


 アニキの『収納』には二つの段階がある。

 最初にアニキが、収納する範囲を『設定』する。

 次に設定した範囲が消滅、アニキの収納空間に移動する。

 それを俺達が見ると単純に物が消失したように見えるのだが、アニキ曰く一番大変なのはこの『範囲の設定』の部分らしい。


「範囲の設定に少し時間がかかるせいで少しだけタイムラグが生じるために、動きが早い相手だと相手の行動の先読みが必要、だとか言ってたか」


 それならば、全力で移動すればアニキの収納に巻き込まれることは無い訳で。


「スライム、居るか?」


 先ほどまでアニキの体を取り巻いていたスライムがこちら側へと移動し、俺の肩にまとわりつく。

 ずっしりと伝わる重みと、ひんやりとした金属由来の冷たさが肌を撫でた。


「よし、じゃあ俺をアニキのところへ投げとばせ。出来るだけ早くな。アニキに逃げ込まれても意味ねぇから」


 驚いたようにスライムが震えるが、そんなことをしている時間は無いのだ。

 さっさとしろ、と再び催促するとスライムも観念したのか、俺を持ち上げた。


「……なんで俺はスライムに投げ飛ばされなきゃならないんだ……」


 どう考えてもまともな冒険者の戦い方じゃないだろ。

 Sランク冒険者にせっかくなったというのに、華々しい戦いどころかこんな色物みたいな戦い方。

 人生は、過酷である。


「うぉおおぉ!」


 アニキのところへとまっすぐに飛び込む、というか放り投げられると流石のアニキも一旦退避を考えたのか、収納空間へと逃げ込む。

 そのまま行き場を無くした俺の体は木製の壁に頭から突っ込み--


 --プルン、という感覚が俺を包み、地面に再び無事に足を付けることに成功する。

 スライムが、助けてくれたらしい。何も無ければ自分の魔法で何とかするつもりだったが、助かったな。


「よし、次だ……!」


 以前から考えていた、アニキの殺し方。

 裏切る訳が無いと思っていながらも信用しきれていなかった俺が考えた方法。

 

 アニキの収納だが、割と致命的な弱点が存在する。

 俺が目を付けたのはその一つ、『アニキ自身が収納空間に移動した場合、再びこちら側へ出てくるのはアニキが『収納』を使った場所から移動することはない』と言う点だ。

 ……まぁ、これだと分かりにくいので分かりやすく言いかえるとだ。

 アニキの『収納』がシェピアやミニモを収納して移動するのにも一役買ったのは、アニキの居る場所を中心として収納が展開されるからだ。

 A地点で収納し、B地点に移動してもアニキがいる限りどこへでも持ち運びが可能になる。

 が、アニキがA地点で収納空間に入った時、次にアニキが出てくる場所はA地点のままだ、というそれだけの話。


 要するに、アニキは収納空間に逃げ込んだ時、移動できない。


「それを利用すれば、アニキが収納空間に使った場所に毒ガスを撒いておけばアニキを殺せるんだよな」


 収納空間から出てきた瞬間毒ガスを吸うことになるからな。

 今回のは、それの応用。

 アニキを戦闘不能にしながらも決して殺すことは無い範囲。つまり--


「催眠ガスだな……!」


 ガスを巻いてしまえば、後は収納空間からアニキが出てくるのを待つのみ。

 なんかこう……戦闘と言うよりも狩りをしてる気分になるわこれ。

 

「よし、リリス!フィリミル!もう決着はついたから後はアニキが出てくるまで何とか耐えろ!」

「へ?は、はい!ちなみに何やったんですか?!」

「後で話す!」


 アニキが一旦逃げたとはいえ、爆撃は続く。

 まき散らされてきた火球をかいくぐりながら、俺はアニキが戻ってくるのを待つのだった。


 あぁ、そういえばドーラはどこまで行ったのだろうか。まだ戻ってこないが。

 ……まさか、あいつだけ逃げてないよな?

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