微睡に触れて
「おいイギル、手伝わないのカ」
「だってぼくじゃ無理だしね。ほら、もっとちゃんと頑張って」
「……私二そこまで期待スルナ」
フィナがアニキを包み込んだ鎧を棍棒で滅多打ちにしながら言う。
さて、アニキの意識を上手いこと奪ってから三十分ほど経過したわけだが……
「いやぁ、うまく行かないねぇ」
「そうだナ。まだ上手くいかないノカ」
「んー、もうちょっと。しっかしアニキも苦労人だねぇ。もうすでにげんなりだよ」
「さっさとしてクレ。ミニモの情報は、まだタリナイ」
「はいはい。というかそっちこそ早くしてほしいものだね」
この……なんかにょろにょろしてる鎧。これが問題だった。
僕の魔法も効かないし、アニキを引きずり出そうとしても生きてでもいるようにアニキのことを守ってしまう。
攻撃を散々受け流したり、魔法を受け止めたり。なんでこんなもの着てるんだアニキは。
「殺す分には問題ないんだ。僕の魔法さえあれば……」
禁術、『幻想魔法』。それが僕の使える本来の魔法の名前。
幻覚魔法の禁術版、とでもいえば良いのか……幻覚魔法で見せた幻覚で相手に怪我をさせるのは不可能だけれど、幻想魔法なら、幻で相手を傷つけるのが可能になる。
例えば刀でめった刺しにする幻を見せれば体に刺し傷がつくし、焼ける幻を見せれば相手の体が焼けただれる。
これに関しては鎧なりなんなりは関係ないのでアニキを殺そうと思えばいつでもできるのだけれど……
「ミニモの情報を、少しでも……」
アニキの経験を追体験させることでミニモの情報を集める。これが目的だ。
今のところエテルノとの出会いの詳細が分かった程度か……。こんなもの、別に知りたくなかったんだけどな。
エテルノも今と比べるとやけに目つきが悪いし。
「なァ、私コレやる意味あるのカ?」
「あるともさ。殺さないでも何か……僕の幻想魔法で上手く操って、相手と殺し合わせるって言うのはどうだい?それには、その鎧が邪魔だ」
アニキの記憶を上手いこと覗いてみて分かった。この鎧は、エテルノのスライムだ。
途中でアニキが言っていた『武器にする』スキルだとかなんだとかは、嘘っぱちだった訳で。してやられたものだ。
「ふむふむ、ミニモは……なんでエテルノをあそこまで気に入ってるんだろう……?」
アニキの視点から見ても、ミニモに対しては疑問に思っていることが多かったようだ。
ミニモの情報は様々なところから集めたけれど、結局はミニモの目的まではどうやっても分からなかった。
ミニモにこっそりついて行ったら行ったで、この町の地下で死人を蘇らせて……あれは結局、何をしていたのだろうか。
どうにか逃げ延びはしたけれど、もし少し失敗していたらと……そう思うと、ゾッとする。
「……オーウェン、マスク、ねぇ……」
「なんダ、それハ」
「いやぁ、禁術をこう……集めて、僕達を敵視してる人間もいるみたいだったからね。この情報は儲けものだ」
オーウェンと、マスク。あぁ、しかもおあつらえ向きにエテルノからの情報共有まで貰っている。
彼らを倒すにはどうすれば良いのか、アニキとエテルノは随分と話していたようだ。
これなら、僕とフィナが居れば遅れをとることはない。
「……っと、そろそろ終わりかな。ミニモちゃんの情報は無かったけどそこそこ有益だったね」
アニキには、とりあえず適当に作った幻を見せておく。
そうだな、森の中を彷徨うだけの幻なんてものが良いだろう。
「それでフィナ、これからどうするんだい?」
「私ハ……そうだナ、ミニモに接触を……ナンだ、嫌そうな顔ダナ。ドウシタ」
「本気で言ってるんなら僕は君の正気を疑うね。どんだけ酷い目に遭わされたと思ってるのさ。次彼女に会ったら……どうなることやら」
酷い目に遭った、というかミニモは僕のことを殺したと思ってるからね。
僕が幻覚魔法を使えなかったならどうなっていたことやら。
「姿を変えれバ良いだロウ。お前なら簡単なはずダ」
「まぁそうなんだけどさァ。あんな子を仲間に引き入れる、って言うのは僕は不安だね」
「ミニモは有益ダ。彼女が居れバ、負けることはない」
「……どうだかねぇ。僕は彼女が人格破綻者のように思えてならないよ」
今僕の姿は……猫人族のように彼らには見えていたんだったね。
とりあえず、今までかけていた幻を解除するとフィナが少しだけ笑った。
「イギルのその姿を見るのハ久しぶりダナ。相変わらズ、愉快な姿ダ」
「見苦しい姿は許してくれ。元々の姿の上に、怪我まで重なっちゃったしさ」
「あー、それナ。でモ幻覚でも怪我ヲした姿でいる必要はあっタノカ?」
「それは普通に油断させるためさ。ミニモが僕を始末したのを報告している可能性もゼロじゃなかったし、第一怪我人が居たら油断するだろう?」
ミニモの性格からして彼女がエテルノに内緒にしてあの地下道に居たのは分かっていたけれど、もしアニキもあの地下道のことに一枚かんでいたら?
僕を殺した、とミニモがアニキに報告していた場合、僕が無傷で現れたら僕が『ミニモの攻撃を回避できる』という情報をアニキに教えることになってしまう。
無駄に強がるよりは、怪我した姿を見せてやる。
そうするべきと判断したまでだ。
そうだな、次の姿は猫人族じゃなくて……あぁ、相手を揺さぶれるような姿が良いか。じゃあ……
「……イギル、なんデお前はそんな姿ヲしている?」
「いやぁ、どうってこと無いよ。彼らを揺さぶるんだったら、この姿かなって」
「そうカ。まぁ……好きにスレバいいガ、良い気持ちハしないナ」
「彼大分面倒だったもんねぇ」
僕が選択したのは、『バルド』の格好だ。
彼に禁術を教えてやってけしかけたは良いものの、あんまり良い成果も出していないくせにうだうだしていたからね。フィナからはあまり良い印象を抱かれていないようだ。
……まぁ、死んだはずの彼の姿を取っていれば彼らも十分に揺さぶられるだろう。
「いやぁ、楽しみだなァ」
あぁ、そういえばアニキももう用済みだし……上手いこと操って、彼らを襲わせようかな。
「楽しそうだナ」
「まぁねぇ。皆、びっくりしてくれると良いなぁ」
「私がどうにか出来るのハ一種類だけだからナ。エテルノとグリスティアは正直、相手デキナイぞ」
「はいはい、分かってるって。でもミニモを仲間にしたいならエテルノを引き入れるのは必要だからね?」
ま、フィナと僕だけじゃ不安は残る。
フィナのスキルで対応できるのはあくまでアニキやフリオ、後は僕みたいな人間だけだ。
エテルノやグリスティアの相手はきつい。
そこで、
「ねぇ、さっきから黙ってるけど何をやってるんだい?少しは話そうよ」
「……話す必要があるとは思えませんね。僕は、あくまで貴方達の仲間じゃないのでね」
「そう冷たいこと言わずにさ。ほら、テミルちゃんの居場所もさっき分かったよ?アニキがね、ちゃんと見つけてたみたいなんだ」
「なっ……!ほ、ほんとですか?!」
「そそ。まぁちゃんと助けてあげるから今だけは協力してよ。ね、ディアン君」
木箱の裏から出てきたディアンにそう語り掛けて、僕は思わず笑う。
それを咎めたのは、意外な人物だった。
「イギル、失礼だゾ。恋人を思う気持ちハ馬鹿にするナ」
「はいはい。あんまりにも必死だったから面白くなっちゃってね。ごめんねディアン君」
「……とにかく、僕は貴方達のためにここに居る訳じゃないので。どうかお忘れなく」
「はいはい、言われなくても君が裏切りかねないのは分かってるとも。そうならないように約束はきっちり守るから安心してくれよ」
ディアン。彼はまぁ……臨時戦力だ。
バルドのような人間が町を滅ぼせるまでに暗躍できたのは死霊術というよりもディアン君の策があったのも大きいからね。副ギルマスだったというのも僕としては都合が良い。
僕の人となりとか知ってるから元々知り合いだと楽だもんね。
だからこちらに引き込んだわけだけど……
「失敗だったかな、これは」
「ン、どうしタ。イギル?」
「いやいや何でもないよ。ま、そろそろ一旦退却しておこうか。ボレンも心配だ」
「……」
「ほら、そう嫌な顔しちゃだめだよ!彼にはまだ利用価値があるんだから!」
ここからが楽しいんだ。
そうフィナに言って、僕はワクワクしながら部屋を出る。
アニキは……あそこに放置で良いかな。
フィリミル君とかリリスちゃんとか。彼らが入ってきたらどんな顔をするだろう。
あぁ。それを想像するだけで。
「楽しみだなぁ」




