Fの遺品
「いよぅ!久々だな!」
ある日、裏路地でいつものように飯を漁っていた俺のところにアニキが訪ねてきた。
「アニキ。どうしたんだよ?俺今忙しいんだけど」
「あーあー、そんなこと言って良いのかよ?ほら……」
アニキが汚れたポケットから一塊の肉を取りだす。
いつものようにカビの生えた肉なんかじゃない。
少し汚れてはいるものの、まだ温かそうな……
言うまでも無く、俺は驚いていた。
「なにやってんだよ?!店の物を盗むのは衛兵に見つかるから駄目だって言ってたじゃねぇか?!」
「大丈夫だっつの。自分の金で手に入れた飯なんだからよ」
「……はぁ?」
そんな金がある訳も無い。
そこらの店で売られている一番安い飯ですら俺達からしてみれば手が届かない値段なのだ。
しかも肉となると、店前から盗むぐらいでしか……
「稼いだんだよ。お前に借りた金でさ、冒険者登録できたんだわ」
アニキはそう言って、首に掛けたプレートを掲げた。
銅板で作られた小さなプレートだ。
F、と彫られているのがうっすらと見えた。
「登録さえしちまえばこっちも好きに依頼受けられっからな!今日はどぶさらいとか色々やって来たぜ!」
「マジか、そんな依頼残ってるもんなんだな?」
「おう。登録料持ってったときめっちゃ嫌な顔されたけどよ、金はあんだから文句は言われねぇわな!」
冒険者になるためにはそもそもの登録料が必要だ。
それと、冒険者としての活動名。
こっちは偽名でもいいのでそこまで問題は無いが、俺達にとっての問題はそもそもが『登録料』を用意しきれないということなのだ。
それを、アニキは用意しきった。
「金なぁ。大通りとか歩いて落ちてる金拾ったりよ、大変だったなァ……」
「そんなに大変だったのに俺なんかに飯分けちゃって良かったのかよ?」
「いやだから登録料足りてなかったんだっつの。お前に貸してもらった金で登録してきたんだから、そりゃあ飯ぐらい奢ってやるわ」
「アニキ……!」
「稼ごうと思ったらいくらでも依頼受けられるようになったしな!」
まぁ、Fランク冒険者ってのは最低ランクな訳なのだが、俺達としては相当な躍進だったと言えることだった。
だってほら、頑張り次第でいくらでも金を稼ぐチャンスを得たわけだしな。
「でも依頼はお前にも手伝ってもらうからな?」
「あ、そうなんだ」
「当たり前だろ。で、金が稼げたらお前も冒険者デビューだからそこんとこよろしく」
「はいよー。え、じゃあ今日の夕飯はどうするんだよ?一応見つけてはあるけど……」
「大丈夫だ。今日の飯ぐらいの金はあるからな!良い物食べに行こうぜ!」
その日の夜、屋台で買ったあの肉串の味を俺が忘れることは無いだろう。
ただ、冒険者はそんなに甘い職業では無い、と言うことを思い知らされたのもあの肉串の味と同じぐらいに俺の心に刻まれている。
***
「よし、もう少しで金が貯まるからよ、今日の依頼が終わったらお前も冒険者デビューだからな?」
「おう、分かったよ。じゃあ俺は先に帰って待ってるから」
アニキが冒険者になってから三カ月ほど経った日のことだった。
俺のために金を貯めてはいたのだが、ただですら少ない収入に俺というお荷物がくっついている状態だ。
金を貯めるのには散々頑張ってもそれから三カ月もの月日を要していた。
「今日は仲間と森に行くんだよ。魔獣狩りの仕事だからそこそこ金は入るぜ?」
「……魔獣ってさ、食えんのかな?」
「食ったことはあるけど……まぁ美味くはねぇわな。残飯といい勝負だぜ」
「まぁ気を付けてくれよ。待ってっからさ」
……とまぁそんな話をしたわけだが。
これがアニキと交わした最後の会話だ。
アニキは、それから帰ってこなかった。
不審に思った俺が翌日、冒険者ギルドに行ったタイミングでアニキの死を告げられたのだ。
***
「えぇと……その方でしたら、昨日死亡報告が届けられていますね」
「……は?」
「いえ、ですから、死亡です。死因は……あぁ、オークですか。Fランクであればそれは生還不可能でしょうね」
オーク。名前だけは聞いたことがある魔獣の一種。
そんなことよりも、何でもない顔をしている受付嬢の方に俺は腹が立っていた。
「いやいや、おかしいだろ?アニキは他のパーティーの奴らがいるから安心だって……!」
「えぇ。他の方は無事に帰ってこられましたよ」
受付嬢が指した方角を見ると、そこには楽し気に談笑する冒険者達の姿があった。
「……あいつらが?」
「えぇ、そうです。お兄さん……ですか?彼の報告をしてくれたのも彼らですので……冒険者が死んでしまうのは良くあることとは言え、何か、お聞きしたいことがあるなら私の方で承ります」
「……いや、良いっすわ」
その冒険者たちはどこにも傷を負っていなかった。
だってほら、あいつらがアニキを助けようとしたのなら怪我ぐらいしてても良いじゃないか?
それが無い、ってことは。
「何が頼れる仲間だよ……」
少なくとも、あいつらはアニキのことをなんとも思っていなかったに決まっている。
アニキをおとりにして、逃げたのだ。
アニキは仲間達もEやFランクの冒険者だと言っていた。
そんな奴らが生還しているのは、アニキをおとりにしたからだ。
クズと話す暇は俺には無い。
冒険者とか、孤児とか、そんな物、やっぱり何の役にも立たないクズどもの吹き溜まりだ。
金が必要だと、ただひたすらに思った。
才能も要る。金が要る。金があれば、才能が有れば、俺に何ができるのだろうか?
「……」
アニキが死んだというのに案外涙は出ない自分に少しだけ驚いた。
アニキが居ないと生きていけないとすら以前は思っていたのに、案外そうでもないのだ。
冷静な頭に相反するように、嫌悪感が胸に残った。
これ以上、俺から何も奪わせてなるものか。
俺だけの物を仕舞い込んで、俺以外の誰にも渡さずに済むような、そんな才能が欲しい。
贅沢なものなんて無くても良い。俺の物を他者に奪われないだけの、力を。何より、金を。
それからすぐに俺は森に行き、アニキが死んだと聞いた場所に向かった。
やはりと言うべきか、アニキの死体なんてどこにも無かった。死体なんてすぐに魔獣たちの餌食になるに決まっているからな。
アニキのボロ服じゃ遺品すらも期待できない。
だから、近くの地面に銅板が刺さっていたのを見た時には少しだけ驚いたのだ。
「……」
ま、詩的なことを言うとだ。
これがアニキの意思だと俺は受け取った。
俺を冒険者に。そう言っているような気がした。
だから俺は、アニキの冒険者カードを受け継いで冒険者になった。
Fランクスタートの、雑魚冒険者だ。
目標はただ一つ。
「アニキ、俺さ、自分の物が他の誰かに取られんのは嫌だよ」
奪われないために、最大限の力を注ごう。
偽善とか犯罪とか、そんなもの関係ない。
俺は俺のために生きる。俺は俺の物のために生きる。
誰かが誰かを殺したとか、誰かが誰かを救ったとか、そんなものどうでもいい。
俺の物は誰にも渡してなるものか。
そのためには、金と、地位と、名声。後は……飯ももちろん必要だな。後は何かの才能--
「……?」
違和感を感じて手元に視線を戻すと、先ほどまで持っていたはずの冒険者カードがどこにもなかった。
「は?」
どこに、と思った瞬間またもや手のひらの上に出現する。
消えろ、と念じてみれば消えるし出てこい、と念じれば出てくる。
「……」
こういうのはなんとなく感覚で分かるものだ。
試しに周囲の物を『俺の物だ』と認識すればそれすらも簡単に消し去ることができた。
「……出てこい」
ガラガラと音を立てて、周囲から削り取った木片やら何やらが再出現する。
俺の物だ。だってほら、この木は誰のものでも無かったわけだから、最初に所有権を主張した人間の物になる。当然のことじゃないか。
そして俺は、俺の物をどこかへ仕舞い込んで置いて、誰にも奪われないようにできる才能が欲しかった。
「……『収納』」
少しだけ呟いてみて、思わず笑ってしまった。
収納なんかじゃない。この才能はむしろ俺と、俺の大切な物のだけのための『金庫』。
誰かに不当に奪われないための、才能。
アニキには無かった、俺の才能だ。
「あー……どうすっかなぁ」
幸いこういうので商売をする方法は思いつかないでもない。
裏路地に居る阿呆どもは悪知恵ばっかり働くからな。俺も例外では無かったということだ。
「……どうすっかなぁ、ほんとさ」
アニキならどうするんだろうか。
歪んだ銅板を空にかざしながら、俺は頭を掻いた。




