スライム(万能変形型鎧)
「……さて、どうすっかなぁ」
『収納』のスキルを使おうとしたところ、使えなかった。
この事実は俺にとっては、そこそこ驚かされるようなことだと言えた。
「スキルを使えなくさせる、ってお前どうやってんだ?これも幻覚か?」
「さぁねぇ。ただこれで君の分は悪くなったと思うけどどうだい?」
「いやぁ、舐めてもらっちゃ困るな。俺だってスキルが無くてもそこそこ立ち回れるようにはしてあるに決まってるだろ?」
イギルが車椅子に座ったまま少し咳き込む。
何があったのかは知らないがあの重症だ。喋っているだけでも相当な負担になっているに違いない。
だからそうそう負ける危険は無いとは思うのだが……
「お前さては一人じゃねぇだろ?」
「へぇ、なんでそう思ったのかな?」
「そんな怪我で自力で出てこれる訳ねぇし、そもそもさっき仲間がいる、みたいなこと言ってたからな。俺を殺そうとしてんならそりゃぁもう一人仲間を用意したほうが良いだろうさ」
問題はそっちの方なんだよな。
仲間がどこから襲ってくるか分からないのがまず問題だ。
間違いなく俺の周りに居るとは思うのだが、それをイギルの幻覚で隠されている。
姿が見えない敵と戦ってやるつもりは無いのでとりあえず『収納』で異空間に逃げる、というのがベストだったのだが……スキルが発動しないんだよなぁ……。
先ほどは少しはったりも兼ねて見栄を張ったものの、俺の戦法の主体はスキルに依存している。
スキルを使って防御、遠距離からの攻撃、近距離からの攻撃、撤退、籠城戦……などなど色々な戦法に活用でき、努力次第ではどんなことでも可能になるスキルだったからだ。
今までは『スキルをどう活用するか』で考えていたのが問題だな。まさか使えなくなってここまで困るとは。
今、俺に出来ることは何だ?
「あー、イギル、ちょっと確認したいんだが俺を仲間に引き入れる気は?」
「ないね。君みたいな人間を仲間に引き入れると後で裏切られかねないから僕からの勧誘はあり得ないと思ってもらおう」
「それは流石に酷くねぇか?第一俺もお前もそんなに変わんねぇじゃねぇかよ?」
「そんなにべらべらと喋って、どうしたんだい?余裕な表情はどこに行ったのやら、だね」
おっと、時間稼ぎをしてたのがバレてら。
まず、イギルが現状重傷を負っているということは、何かしらで誰かが攻撃を加えたからだというのはすぐに分かった。
が、『どうやって』攻撃を加えたのか。それが問題だ。
恐らくイギルは、今も幻覚魔法を使っている。
用途は二つ。『俺を狙っている仲間を隠すため』そして、『イギルの居場所をカムフラージュするため』だ。
まず仲間が隠れているのはさっき考えた通り。
イギルについては……そもそも姿を現してる時点でナンセンスだしな。
あそこに居る、車いすに座ってるイギルもおそらく幻だ。あれを攻撃したところで意味が無い。
そもそもの話にはなるが、俺を殺すためだけにイギル達がここに来たのなら、姿も見せずに無言で速攻殺せば良かったのだ。
にも関わらず俺に話しかけてきた、ということはあいつらにも何か目的があると見たほうが自然なはず。
俺が先ほどの時間稼ぎ中に考えられたのはこの程度だ。
またハッタリかけるしかねぇかなぁ……。
「なぁイギル、お前そもそも勘違いしてねぇか?俺の得意技が『収納』だけだなんて誰から聞いた?」
「……何?」
「だぁからさァ。スキルの詳細については伏せる、ってのが一般常識だろうがよ。俺がそんなことも知らずに自分のスキルの詳細についてベラベラ喋り散らかしてたと思うのかよ?」
「……」
よし、無言ではあるがイギルは明らかに警戒を強めてるな。
……ハッタリなんだけどな!俺が全部喋ってたのは、喋ったところで誰にも対処できない感じのスキルだったからだし!
隠してることが無い訳でもないが、その切り札は今は使える状況じゃねぇ……!
そんな訳で何も言わずに、以前エテルノから貰ったブレスレットを取り外す。
このブレスレットはエテルノの、スライム(と思しき謎生物)が変形した物だ。
本来は連絡用にするように、と渡されたものだがここでは変形する特性が、有利に働く。
イギルと、その仲間に見えるように天高くブレスレットを掲げ、俺はブレスレットに魔力を流し込んだ。
これがスライムに『変身を解け』と伝える合図なのだ。
「なにを……?」
「良く見とけ!俺が『収納』だけの男だと思ったら大間違いだかんな!」
ドロリ、と液状に変形したスライムが俺の体に覆いかぶさり、またも変形を始める。
以前俺がこいつに取り込まれかけたことがあったが……この状況はそれを思い出すな。
まぁ以前と違って今回は安全なのだが。
全身をひんやりとした硬い感触が覆う。恐らくイギルからは……
「鎧だって……?!そんな話聞いたこと……!」
「ただの鎧じゃねぇぞ?」
そう言って近くの木箱に手を伸ばすと、スライムが一部変形して木箱に食らいつく。
「なっ……?!」
このスライムは何でか知らないが、相当おかしな進化を遂げている。
なんか棘みたいのが生えてたり、果ては足まで生えてたり。
そりゃあ力もあるわな。
辺りに転がっていた木箱は一瞬にして木片へと変わり果てて宙を舞う。
中に入っていたよく分からない果物の赤い汁が周囲に飛び散った。
「これが俺のスキル、『武器化』だ。手に触れたものを多少特殊な武器……魔道具に出来る。『収納』で防御、『武器化』で攻撃!これが俺の本来の戦い方だ!ざまぁ見やがれ騙されたな!」
出来るだけ大げさにやっておこう。ハッタリは大事だからな。
つか『武器化』ってなんだよ。ネーミングセンスやばすg……いや、『収納』の方が普通に酷いな。
「ぐっ……面倒だな……」
「おいおい、なんなら諦めてくれても良いんだぜ?今戦いを辞めれば許してやるよ。お互いに怪我してないことだしなァ?」
少しだけ苦々し気な声を出したイギルに、停戦を促しておく。
そう、そうなのだ。怪我をしていない今の段階でやめておくのが一番良い。
第一これ以上やるとハッタリがバレるかもしれな--
「へ?」
ゴイン、と鈍い音がしたかと思うと視界が揺れる。
丁度頭の横辺りに、強い力で殴られたような感触があった。
スライムが全身を覆う鎧の形になっていたおかげで衝撃は緩和されたが、
「イギル、モうこうなったラ仕方なィ!やるゾ!」
見知らぬ女の声。
……あー、今殴ってきたのは、この女ね。
「……おい女。俺はさ、戦うのやめようって言ってるわけよ。分かんねぇの?」
返事は無い、代わりに今度は胸のあたりに強い衝撃。
剣と言うよりかはこん棒か何かで殴られているような……
「そうかよ。そこまで戦いたいってんなら相手してやらァ!」
スライムに助けてもらって、なんとかここを突破。
スキルが使えなくても魔法なら使える。剣だって使える。
ここはなんとかするしかないのだ。
戦いが、始まった。
スライムがエテルノ以上に貢献している説、あると思います。




