大空を翔る
「あー……一回状況整理だけさせてもらって良いか?」
「おう。俺に出来る範囲ならちゃんと答えるぜー」
「……まず、禁術を広めてる奴らがいるんだよな?」
「いるらしいな。道理でいくら禁術使ってる奴殺しても居なくならないわけだわ」
「逆になんで今まで気づかなかったんだよ」
「禁術使ってる奴は即殺だったからなぁ。尋問すりゃよかったわ」
マスクが頭を掻きながら弁解する。
何やら困ったことになりそう……というかもうなってるんだよな。
どうしたものやら。
「で、その禁術使ってる奴がミニモを仲間に引き入れたくて色々嗅ぎまわってた、と」
「だなー。まぁ蘇生魔法なんて皆欲しいだろうしな!ミニモを取られたら俺らの負けだわ!」
「殺しても何度も復活するようになっちゃうんだもんな。そうなったら禁術がひたすら世の中に広まるわけで……んん?やばくね?」
「やべぇよ?」
それでミニモのことを調べる糸口として、ここの町の町長に取り入っていたと。
そいつの地位を町長まで再び押し上げて、なんかこう……ミニモの情報を、権限やら何やらを使って調べてたと。
「あ、なんか名前の載ってる紙もあるけど見るか?」
「見るに決まってんだろさっさと出せよ」
マスクの差し出してきた書類に連なる文字にざっと目を通していく。
名前自体は40人ほどの分ではあるが、どれがどういう意味を成すものなのか……
一番上の、他の名前と少し距離を取って書かれている名前は……残念ながら、俺には読めない。
ここら辺の文字ではないようだからな。俺が今まで旅してきた町でもこんな文字は見かけなかったのだが……調べる必要がありそうだ。
他の名前も使われている言語はバラバラ、筆跡ももちろんバラバラ。
知っている言語の物がほとんどだが一部の文字は読めない。
そうして、下から二番目に書かれていた文字。
『イギル』。そう署名してあった。
「あー……マスク、幻覚魔法って禁術に入らないんだよな?」
「おう。幻覚魔法は普通に広まってるからな。別に何の問題も無かったはずだぜ?」
「だよな……」
「あ、でもちょっと待ってな。オーウェンに確認したほうが良いかもしんねぇわ」
「は?」
マスクが何やら辺りに散らばった土を集めて、団子状にまとめ上げると、
「よし、じゃあちょっとそこの窓開けてくれるか?」
「え?あ、おう……」
そのまま団子状の土を空に向かって--
「よぉし、行ってこい!」
轟、と凄まじい音を立てて土団子が飛んでいく。
窓枠がガタガタと音を立て、道行く通行人たちが何事かと空を見上げているのが見えた。
「……で、これはなんなんだ?」
「普通にオーウェンに連絡したんだよ。ほら、あれだ。人じゃ無ければいくらかっ飛ばしても問題無いだろ?」
「あー……何分ぐらいで連絡が取れる?」
「向こうに着くまでに一時間、帰ってくるのに一時間半、ってところだな!二時間ちょいここで待機してたら答えが返ってくるはずだぜ!」
「まぁ、そのぐらい待たされるのはしょうがないか……」
この町はそもそもが、オーウェンの居場所からはかなり距離のある場所だしな。
そこまで二時間半で往復してこられるのは悪くないだろう。
とはいえ問題は、イギルがあいつらと手を組んでいたらしいことが分かってしまったことだが。
「……おそらくだがイギル、死んでいないだろうな。地割れやら天地がひっくり返るやらについては未だに謎だが、イギルがそれで死んだとは思えない。逃げた後でイギルなら何をする……?」
とりあえず最初の段階からイギルは敵だったと仮定しよう。
まず考えるのはイギルが俺達に着いてきて、劇団のメンバーを探すのに協力していたところからだ。
ミニモを仲間に引き入れるのが目的なのだからかなり良い観察の機会になっていたのだろうな。
それで、テミルを見つける。
その前の段階で接触を試みた……いや、違うな。本当に蘇生魔法を使えるのか試そうとしたのだろう。
そこでミニモと、ミニモと一緒に居たシェピアが襲われた。
その時は確か、イギル、ミニモ、シェピアの三人に一緒に居させたからな。
失敗だった。
「あー、兄ちゃん、何を考え込んで……」
「すまん。少し考えさせてくれ」
そしてシェピアとミニモが幻覚を見せられた。
これはおそらくだがイギルによるものだろう。幻覚にも関わらず怪我をした痕跡があった、というのが不可解だが……まぁ、天地がどうとかそんな派手なことをやっていたなら俺達が気づかないはずも無いしな。
「だが、何故逃げた……?ミニモだけを残したなら何か……後で接触をしていても良いはずだが……」
にも関わらずイギルは行方不明のままになった、というのはどういうことなのか。
「いや、待てよ?」
そういえばあの段階でシェピアが爆音を鳴らしたんだったな。
俺達に助けを求める目的だったと思ったが……イギルがそれを至近距離で浴びていたとしたら、相当なダメージを負うことになるだろうな。
で、そのダメージのせいで接触が失敗した、と。
その後イギルが見つからなかったのは……傷ついた体で逃げた、もしくは仲間に助けてもらった、と言うことだろうな。
ではそのイギルが、その後どこに行ったかと考えれば……
「そりゃあミニモのとこに行くよなぁ……」
「ん、やっと考えは終わったかよ兄ちゃん?」
「おう。まぁもう少し考えておきたいところではあるがこれ以上時間を取るのもマズイようなんでな」
イギルがミニモに接触する前になんとかして捕まえなければならない。
ならば、これ以上この町に留まっていると自体が悪化していくだけだと言えよう。
「よし、マスク、お前はもう少しこの町に留まるんだよな?」
「お?あぁ、オーウェンからの連絡待つぜー」
「分かった。じゃあ俺は一足先に町に戻るから後で合流しよう」
「え?」
「おあつらえ向きに窓も開いていることだしな」
先ほどオーウェンに連絡を取るために開けた窓から大空が覗いていた。
窓枠に足を掛けながら俺は言う。
「じゃあちょっくら仲間を助けてくるわ。劇団の奴らの事とか、よろしくな」
「えっ、あ、兄ちゃんどこに--」
窓から体を乗り出し、地面へと真っ逆さまに飛び込む。
道行く、顔も知らぬ皆が俺を見て叫び声をあげたのは俺が死ぬとでも思ったからだろう。
馬鹿らしい。
浮遊魔法を掛けられた肉体が浮き上がり、建物の壁をすれすれで空へと上がって行く。
目的地は、俺の町。
ミニモを守る。癪なことではあるが……俺はあいつのことが嫌いじゃないからな。
今の最優先はこっちだ。俺に出来る限りの速度で、町へ。
「あぁ、なんだ」
この町は以前、俺が居た街だ。
ここで出会ったパーティーは俺を追放し、俺の復讐に遭い、没落した。
冒険者を辞めて今ではどこかの酒場で底辺の雇われでもやっているのだろう。
ろくな思い出が無かった。
だから、どこを見ても嫌な気持ちしかなかったのだが。
「なんだ、思ったより綺麗じゃないか」
遠のいていく町の外観が酷く眩しく思えた。




