焦げ付く秘密
「うぇーい、終わったぞー」
けだるげなマスクが俺達を呼びに来たのは、マスクが尋問を始めてから十分ほど経った時だった。
マスクの服に飛び散った血を見て、団長は顔をしかめた。
「随分早かったじゃないか?どうしたんだよ?」
「いやぁ結構早めに音を上げてくれてよ、助かったぜ」
「そうか。で、どんな感じだ?何か良い情報は手に入ったか?」
「まぁなー。兄ちゃんにも共有しなきゃいけねぇから少し話そうぜ」
まぁ……あの男は結構打たれ弱そうな感じだったもんな。
マスクがどういうことをしたのか分からないが、これだけ早く尋問が終わるのも納得も出来るというものだ。
「いやぁしっかし汚れちまったからな……替えの服とか買いに行って良いもんなのかね?」
「あ、汚れを取るだけだったら俺がやるぞ。ちょっと待ってろ……」
ミニモやグリスティアのようにはうまく行かないが、まぁ俺でもそこそこには出来るだろう。
詠唱を手短に済ませてマスクの服を清潔にしてやる。
何より、血が付いたままでは劇団の皆が良い心地では無いだろうからな。
最後に服のしわを伸ばして、マスクは笑顔を見せた。
「おう、綺麗になったぜ!あんがとな!」
「あぁ。まぁこの程度なら気にしなくて良いぞ。そんなことよりさっき分かったことを共有してほしいものだな」
「うぁあー……えっとだな……いや、さすがにここで言うのはどうなんだ?」
マスクが気にしているのはやはり劇団の皆の事のようだ。
まぁ……下手に血なまぐさいことをわざわざこいつらの前で言うのもあれだよな。
「分かった。じゃああとでな」
「あ、あとその……部屋も結構汚れちったんだけどよ……」
「……そっちも掃除してくれってことだな?」
「おう……」
ま、しょうがないな。
「分かった。今行く。話はその後にしよう」
とりあえず町長の様子を確認しないといけないしな。
そうして俺は一足先に町長室へ向かうのだった。
***
「……」
町長室の内情だが、俺の想像よりはるかに酷い物だった。
例えば、机が真っ二つになっている。
植木鉢が粉々に砕け、部屋の中のあちこちに土が散乱している。
その真ん中で、椅子に縛り付けられていた男は虚ろな目をしていた。
「兄ちゃん足早すぎんだろ……!」
「ん、来たか」
俺に追いついてきたマスクに、俺は目を向けた。
ここまでの惨状とは思っていなかったため、多少こいつにも詳しく話を聞かなければならないと思ってのことだ。
尋問と言うからには多少は流血もあるだろう。だから床に染み付いた血を浄化魔法で拭い去る程度の考えだったのだが……さすがにここまで酷いと、色々な魔法を併用しないと元の状態にすることは難しい。
「おいマスク。どんな尋問をしたのか教えてもらおうか?」
「え?あぁ、えっと……じゃあちょっとそこ離れてくれね?」
「おう……」
マスクに促されるままに部屋の端に移動すると、部屋に散らばっていた細かな土が徐々に部屋の中心へと集まり始める。
そのまま土くれは回転を始め--
「うーん、これは見るからに竜巻」
「竜巻っつぅかこう、土をこうグルグルしてるだけだな」
「グルグルっていう速度じゃ無いんだよなぁ」
男の座る椅子をずらしてやりながら見ていると、なにやらその辺に転がっていた本をマスクが拾い上げ、小さな竜巻の中心に放り込んだ。
「うぉ……」
バリバリと音を立てて、本が粉々になっていく。
砂粒に当たったところから削り取られるようにして小さな破片に代わっていく本は、ものの二秒ほどで目に見えなくなった。
「こんな感じの土魔法なんだけど、これを徐々に足に近づけていったんだよな。役立ちそうな情報を喋ったら少し遠ざける、みたいな感じでさ」
「中々にえぐいな……」
なるほど、植木鉢が粉々になっていたのはそのためか。
植木鉢の中の土を魔法に使っていたらしい。
マスクが指を鳴らすとそれまで回転を続けていたのが嘘のように土くれが力を失い、再び床の上に散らばった。
「案外すぐ喋ってくれたからそんなに血は出なくて済んだんだけどな」
「……いや、そうでもないだろこれは……」
椅子に縛り付けられたままの男だが、右足の太ももの辺りが綺麗に半円状にえぐり取られている。
この傷は先ほどの竜巻によるものだと思って良いだろうな。
「だってほら実際怪我させてみたらもっと焦って、隠そうとしてた情報も吐くかもしれねぇじゃん?俺が本気だ、ってことを見せてやんのに必要だったんだわ」
「……そうか」
悪びれもせずそんなことを言うマスクに目を向けず、俺は傷の様子を確かめた。
傷に土がついている様子は無い。
土魔法で細かな砂粒に至るまで全てが操作されていたことによるものだろう。断面も、それほど酷いことにはなっていない。
「……少し我慢しろよ」
残念ながらこの場にミニモは居ない。俺では治癒魔法を掛けることが出来ないため、今できるのは応急処置だけだ。
それも本当に簡単な、炎魔法による消毒ぐらいになる。
無言で炎を傷口に押し当てると男は声にならない叫びをあげ、肉の焼ける臭いが俺の鼻をついた。
何度経験してもこの臭いにはなれないが……今はしょうがないことだ。
男が暴れない様に押さえつける手にも更に力を込めた、その時だった。
「アンタら何やってんのよ……!」
わき腹に鈍痛が走り、思わずうずくまる。
痛い、が……この程度で倒れているわけにもいかないだろう。
無理やりに立ち上がると、団長が俺を睨みつけていた。手に持っているのは……椅子の足か何かだろうか。元の形を留めていないため、今となっては何かしらの家具の足だったのだろうとしか推測できない。
先ほどの痛みはアレで殴られた、と言うことか?
「あー……どういうことだ?」
「どういうことも何もないでしょ?!何考えてたら他の人にこんな酷いことができるのよ?!」
「いやそれ俺じゃなくてマスクの……」
「最低よ!!」
……うーむ、今回に限って言えば本当に俺は悪くないのだが……。
団長としては、聞く耳は持ってくれないらしい。
その隣ではテミルが気の毒そうに俺を見ていた。
「ほら、行くわよ!」
団長が椅子から転げ落ちてもがいていた男に肩を貸してやりながらも、俺を指さして宣言する。
「もうあんたらみたいな奴の世話になるつもりはないから!ここまでどうも!」
「え?あぁ、おう……」
一応礼は言うんだな、と思っているとすぐに団長が身を翻して部屋の外に出て行ってしまった。
テミルも後を追う。
そうして、部屋の中には竜巻の痕跡と俺、マスクだけが残される結果となった。
マスクは気の毒そうに言う。
「あー……兄ちゃん、大丈夫か?」
「まぁな。しかしそうだよな……あんなところ見たら誤解するのも当たり前だよな……」
団長や劇団の面々からすると、俺はあの男の足を焼いていたように見えたわけだ。
そりゃあ憤るのも当たり前だろう。
「その……俺止めてくるか?」
「大丈夫だ。あいつらが行く先は分かるからな」
団長に渡しておいた髪留めはスライムを変形させたものだ。
故にどこに行こうと探し当てるのは簡単。今は彼女達を放置したところで問題ない。
「なんかこう……俺なんか悪いことしちまったかな?」
「いや、ほんとに気にしないで良いぞ。こういうのには慣れてる」
それにこういう手段を使って聞き出そうとする俺達はそもそも正しいとは言えないのだ。
彼女達のような人間と俺達のような悪党はやはりそぐわない。
元々はこの町に彼女達を送り届けるのが目的だったのだから、これはこれで問題ない。
痛みも大したことは無いようだ。
俺はマスクに顔を向けた。
「あー……それじゃあ、話を聞かせてもらおうか?何か大事なことが分かったんだろ?」
「そ、そうだな、じゃあどこから話したものか……」
団長の印象がどんどん悪くなってる気がしますね。
悪い子では無いんです……空回りしちゃう子なだけなんです……。




