霧中の分かれ道
「よし、そっちはどんな感じだい?」
「微妙ですねぇ。ドーラちゃんも頑張ってくれたんですけど……」
「私達の方もいまいちね。とりあえずお店の方は何となく分かったけど、ディアンの方はどうしようも無いわ」
「うーん……どうしたものかなぁ……」
町での聞き込み調査も空しく、広場で再び集合した僕たちは途方に暮れることとなっていた。
アニキのお店を乗っ取ったのは町の商人だ。この町に居を構えているため情報はすぐに集まった。けれど、ディアンの方は……
「目撃情報なんてどこにも無かったわよ。ほんと、どこに行ったのかしらね……」
「そもそもエテルノの作ったあの牢を脱走してること自体おかしいことなんだよ。ディアンの実力じゃあの牢を抜け出すなんて無理だったはずなのに……」
「どう考えても協力者がいるとしか思えないのよね。衛兵に賄賂を渡した……って言ってもあの衛兵さん達ディアンのことを物凄く怖がってたし、それはないだろうけど……」
ディアンに味方をするような人間がこの町にいたとは考えにくい。
だって彼は、この町を破壊しつくそうとしていたのだから。
死人が出ていなかったとはいえ、この町の人々はディアンの名前を聞いただけで顔をしかめるほどディアンのことを毛嫌いしていた。
だから今日だって、『ディアンが脱走した』と伝えてはパニックになるだろうと考えて遠回しに質問していったのだ。
「ディアンに協力したのは外部の人間、ってことかな。そうなるとこの町に最近入って来た人間の洗い出しから始めないとまずいかなぁ……」
「それはどのみち必要になるでしょうね。もしイギルが帰ってくるとしたら、そろそろのはずだもの」
イギル。この町にあるギルドの長にして、猫人族。
現状では行方不明になっていた彼がなんとかこの町に戻ってくるとは、思えない。
グリスティアも本心からこんなことを言っているわけでは無いのだ。
イギルはおそらくすでに死んでしまっている。
ギルドにも、そのことを伝えに行かなくてはならなかった。
「イギルさん、ですか……イギルさんって帰ってくる手段が何も無いから、生きていたとしたらゆっくり自分の力で帰ってくるはずでしたよね?」
「あぁ、そうだね。恐らくだけど街道沿いに歩いていればどこかの商人の馬車がイギルを載せてきてくれると思うんだ。僕たちは浮遊魔法で全速力で戻って来たからイギルよりも先に帰ってこれたんだけど、もし彼が馬車に乗せてもらって帰ってくるとしたら、そろそろなはずだよ」
「……そうですか」
ミニモがなにやら呟いたけれど、残念ながらそれが僕の耳に入ってくることは無かった。
様子が少しおかしいことに他の皆も気づいたのか、アニキと僕、グリスは少し警戒を強める。
彼女が蘇生魔法を扱っていることを知らされていないシェピアが、少し心配そうに問いかける。
「どうしたのよミニモ?何かあった?」
「……いえ、もしイギルさんがかなり早い段階でこの町に戻って来ていたとしたら、どうやって帰って来たのかな、と。もう既にイギルさんがこの町に戻ってきているっていう可能性もあるんじゃないですか?」
「いや……多分だけどそれはねぇな。事前にイギルが移動手段を用意してて、そこに仲間が待機してたってんなら別だが。少なくともあいつと一緒に行方不明になった人間なんていねぇだろ?だから、それはない」
「そうですか。いえ、まぁそれなら良いんですけど」
はっきりとしないミニモの態度に疑問を抱くが、今はそんなことを気にしている余裕は無い。
もう少し何か……手がかりを得なければ。
「とりあえずアニキのお店の方のごたごたは片付けておくかい?ディアンも同時に探したいところだけど、今できるのは……関門の封鎖ぐらいかなぁ」
「関門を封鎖するんだったらイギルが行方不明になってることを伝えないといけないわね。本来それはイギルの仕事だったはずでしょう
?」
「うーん……じゃあ今度は、ギルドに向かう班と商人の居るところに向かう班で分かれようか。それが一番良さそうだし」
ギルドの方に「イギルが行方不明だ」って伝えて、商人の方では話し合うなりなんなり。
関門を閉鎖まではいかないにしろディアンが脱走したって伝えれば内密に監視ぐらいはしてもらえるはずだから、脱走したディアンが今から町の外に逃げることは防げる……
うーん、やっぱり僕にこういう頭を使うことは向いていないかもしれないな。
僕の希望をエテルノに伝えたうえで立ててもらった作戦に従う、っていう形の方がよほどうまく立ち回れる。
エテルノもそうだけど、ディアンだったりアニキだったり、頭を使って立ち回る人って言うのは本当に凄いや。
「とりあえずアニキは商人の方だよね?で、シェピアは僕と一緒にギルドに行こうか」
「なっ、なんでよ?!私だってあいつにもっかい魔法叩きこんでやらないと気が済まないんだけど?!」
「いやそれが良くねぇんだよ……。まずは話し合いだろ?だから今回だけはフリオの方に行っといてくれや」
「うっ……えっ……で、でも戦いになるんだったら呼びなさいよ?!」
「おう。シェピアがいねぇと俺も調子が出ねぇからな。頼りにしてんぜ」
「はっ?!ず、図に乗るんじゃないわよ!」
とりあえずシェピアとアニキの間で話はついたようなので、他のメンバーの割り振りも考えていく。
問題はミニモだ。彼女を監視する役割の人は外せない。
僕かアニキかグリスが傍にいないといけないだろう。
さらに戦いになるかもしれない場にミニモを置くのは危険だ、ということも考えられる。
……とすると。
「ミニモも僕と一緒に行こう。僕とグリス、シェピアとミニモの四人パーティーでギルドに向かおうと思う。それでいいかい?」
グリスをこちらに組み込んだのは、僕とグリスとシェピアの三人がかりなら多少はミニモを抑え込むことが出来るかもしれないからだ。
必然的にアニキの仲間はリリスとフィリミル、ドーラになるが……アニキとフィリミルの相性は最高レベルに良い。
事前にフィリミルが攻撃を察知した瞬間アニキが『収納』で逃げ込み、あとはリリスが魔獣を使って攻撃し続ければいいのだ。
逃げ込みさえしてしまえば一方的に攻撃できるし、フィリミルのおかげで先制攻撃を受けることも無い。
アニキもどうやら僕と同じ考えだったようだ。
「おいフリオ。気ぃ付けろよ?」
「アニキこそしっかり店を取り戻して欲しいね。僕だってあのお店は気に入ってるんだから」
「あぁ?スイーツ好きとは思ってなかったが……」
「いや僕はお肉の方だね。取り返した暁にはお肉のバリエーションも増やして欲しいな」
「考えとくわ。ま、お互い頑張ろうぜ」
ディアンがこの町から出る前に何とか封鎖を進めなければならない。
時間は無いのだ。
「何かあったらお互い何かで知らせればいいよね?」
「俺らの方はドーラをそっちに送るわ」
「送られるっすよ」
「じゃあ僕達の方はシェピアに頼んで空に魔法を撃ちあげてもらおうかな」
「夜でも昼並みの明るさにしてやるわよ」
「何を打ち上げるつもりなのか後で聞いておく必要がありそうだね」
「何って疑似太陽だけど」
「却下」
別れの言葉もそこそこに、僕たちはそれぞれの目的地に向かって駆けだすのだった。




