好奇心は猫をも
「ミニモです。私は、ミニモ」
「あー、そうそう。それね」
街の地下にあるこの通路の奥でダラダラとしている彼女たちは、今日も元気そうだ。
良かったなぁ、と心から思う。生気に満ち溢れたほんのりと赤い頬が地下通路の中の明かりで照らし出される。
私が蘇らせたのだから、生気はあって当然なのだけれど。
「で、あいつはどうなりました?」
「あー、普通にその辺に転がってるわよ」
私が聞くとシュリさんが皆に退くように言って、『それ』を見せてくれた。
「っがァ……!ぅあ……!」
「あれ、何か言ってるみたいですけど良いんです?」
「うーん、さっきまではこんなこと無かったんだけど、貴方が来たから恨み言でも言ってるんじゃないかしら?」
「あはは、そんなこと言われても困るんですけどねぇ」
『それ』は口の端から血の交じった涎を垂らし、血走った目でこちらにやってこようとしていた。
以前の面影などどこにもない。
手足が捻じ曲げられているのはまぁ、多分未だに逃げようとするからだろう。
髪の毛も血だったり汗だったり、ギトギトの状態だ。
ずっと牢屋に閉じ込められていた人間だってここまで酷い顔はしていないかもしれない。
そんな状態になっているのを見て、私はシュリさんに聞いてみることにした。
「もうそろそろ満足しましたか?満足されたのならもう片付けますけど」
「いやいやそんなまさか!この程度で満足するならわざわざ蘇ってまでこいつを殺し続けたりなんてしないわよ!」
「そうですか。まぁ別に私はどっちでも構わないんですけどね」
エテルノさんが未だに寝言でも口にするこの人たちが、今ではこの地下通路に蠢く生きる屍になっているだなんて誰が想像するだろうか?
いや、屍では無いんだけど。
まぁ、正直放っておいてもどうでもいいことだ。
……けれど、エテルノさんがもし知ってしまったら大変なことになる。
今のうちに片付けられるならそうしても良いかな、と思ったから今日はここに来たのだ。
「今はね、どのくらいの範囲なら死なない程度に痛い思いをさせられるかなって試してみてるのよ。ただ殺してやっても蘇った時は健康体になっちゃうよね、ってネーベルが言っててね、私もほんとにその通りだなって!」
「確かにそうかもしれないですね」
「だから毒魔法を使える子に手伝ってもらってて、今回は毒殺に挑戦してみようと思うの!」
「あ、だから喋れてないんですね」
シュリさんは本当に楽しそうだ。
『それ』を取り囲んでいる皆が本当に楽しそうで、元気そうで。
良かったなぁ。
「あ、今日はお菓子持って来たんですけど、食べませんか?しばらく留守にしていたので皆さんおなか空いてますよね?」
「良いの?!ありがとう!さすが今のエテルノの恋人ってだけはあるわね!」
「んー、好きってだけなんですけどね。恋人には程遠いですよ」
「そんなこと無いわよ!ミニモちゃんは可愛いんだから自信持って!」
お菓子をシュリさんを始め、集まってきた人たちに手渡す。
アニキさんのお店のお菓子も、いつか持ってきてあげたいなぁ。
「ん、美味しいわ。色んな事とかありがとね?」
「いえいえ。私も皆さんが喜んでくれると嬉しいですから」
「でもご飯なんて無理に持ってこなくて良いのよ?わざわざ持って来てもらわなくても、私達なら死ねば空腹も無くなるわ。貴方も言ってたじゃない?」
「ですね。ただそれでも、ご飯は食べられるなら食べたほうが良いですから」
「んー、まぁそうね。ほんと、ありがと」
しばらくその光景を眺めていただろうか。
私もそろそろ帰らなければいけないという気になった。
今度来るときは視界の端に転がる『それ』の汚れを掃除する道具も持ってこようかな。
「それじゃあシュリさん、ネーベルさん、また来ますね」
「えぇ。エテルノのことは頼んだわよ?」
「はい、それはもちろんです。お元気で」
「えぇ。また来てね」
去り際に、その場にいた皆に一言二言告げておく。
そして最後に、『それ』を見下ろした。
「バルドさん、今どんな気分です?」
返答は、言葉とも獣のうめき声ともつかないかすれ声。
それを聞いて私は満足した。
「エテルノさんに手を出すから、そう言うことになるんですよ?しっかり反省してくださいね?」
「あー……っと、これは流石に予想外だったな……」
「……?」
地下通路の苔むした壁に私達の誰とも違う声が反響して、思わず辺りを見渡す。
と、空気が揺らぐようにして見覚えのある姿が現れた。
その風景に一瞬、陽炎のようなものを感じた。
彼は困惑した顔で頬を掻き、私達を見つめる。
頭の上にある猫耳が、ぴょこぴょこ揺れた。
「……イギルさん、生きてたんですね」
「そうそう。数秒後には殺されてそうだけどね!」
イギルさんは行方不明になってたと思ったけれど。
「お得意の幻覚魔法で追ってきたんですか?」
「あ、そうそう。まぁそんな感じだね」
シュリさんやネーベルさんも手を止めてこちらを見つめている。
彼女達にもこの状況が少しまずいのは伝わっているのだろう。
何より、イギルさんがエテルノさんにこのことを言ってしまうと、マズイ。
「んー……乙女の秘密を探るってどうなんです?しかも幻覚魔法まで使って探るだなんて」
「この状況が幻なら良かったんだけどねー」
「残念ですけど、幻じゃありませんよ?ほら、治癒魔法術師としてしっかり、目を覚まさせてあげますね?」




