土くれを欠く
「おーしそろそろつくぞ~」
そんなことを言いながらマスクが土壁に手を当てた瞬間どろりと壁が溶け落ちる。
ここまで来るのに何度も見たが、何度見ても鮮やかだな。
一応論理自体は分かったが……様々な種類の土魔法を掛け合わせているようだな。
論理が分かったからと言って俺もそう容易くこの魔法を扱うことは出来ないだろう。
「あー……マスク、って呼んでも良いか?」
「おうおう。好きに呼べばいいぜー」
「……」
マスク、かなり親し気なせいで調子が崩れるな。
アニキに似ているとグリスティアは言っていたが、まぁ、気持ちは分かる。
が、アニキのようにぞんざいに扱って良いか分からないのが問題だな。
「じゃあマスク、お前は確か土魔法しか使えないってことだったよな?」
「おう。まぁ土魔法以外も使えなくはねぇけど実力は無ぇよなぁ」
「俺から聞いといてなんだが、良いのか?教えちゃって」
「良いんじゃね?オーウェンに言うなって言われてねぇし」
オーウェンも大変だな。こんな奴が仲間に居たら俺はさぞかし困っていただろう。
……いや、別ベクトルで扱いに困る奴は多いんだけどな。
ミニモとか。
「なんかオーウェンの飯でも食ったのかってレベルの顔をしてるけど、どした兄ちゃん」
「オーウェンは料理が下手ってことだけは分かったわ。ミニモのことを考えてただけだから心配しなくていいぞ」
「ミニモなぁ。蘇生魔法持ってる奴ってどうやって殺せばいいんだろな……」
「あぁ、やっぱり殺すのか」
「そりゃもちろん。禁術に手ぇ出した奴を放置しとくと皆が迷惑らしいからな」
予想は、していたが。
「話した通り、ミニモはそんなに悪事を働く人間ではないと思うんだがそれでも殺すのか?」
「まぁしょうがねぇこった。俺は別に好き好んで殺すわけじゃねぇけど、実際放置しとくと人間何をやらかすか分かんねぇからな」
「……そうか」
「あ、オーウェンは何だっけな、『不確定要素の排除』だとかなんだとか言ってたっけか?まぁなんだ、そんな感じだわ」
ミニモが生きていたらいつ暴走して禁術を広めだすか分からない、と言うことだろう。
その考えは理解できるのだが、出来る限りミニモを助けようとしている自分もいる。
甘くなったなと自分でも思うが、しょうがない。俺はこれで案外ミニモは気に入っているのだ。助けられるものならそうする。
禁術だろうが何だろうが知ったことか。俺は俺のやりたいようにするつもりでいる。
「あ、つか兄ちゃんの話も聞きてぇんだよな。質問しても良いか?」
「俺の質問に答えてもらったからな。答えないわけにもいかないだろう」
もちろん重要そうな質問なら嘘をついたりぼかしたりして伝えるがな。
俺のそんな考えも知らずにマスクは口を開く。
マスクが魔法で開いた道の奥に広がる暗闇が今にも俺達を呑み込みそうだ。
「お前も仲間にならねぇ?」
「……は?」
思わず俺の頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、違う。
今こいつは、
「だから、兄ちゃんも俺らと一緒に禁術取り締まらね?ってさ」
「……一応聞いとくが、なんでだ?」
「いやほら、気を悪くしないで欲しいんだけどよ、兄ちゃんも多分悪人だろ?しかも強いときてて、禁術についても知識があるってなるとやっぱりな。俺らも結構仲間不足なんだよ」
「仲間、ねぇ」
悪人、というのを察されたことには別に驚きはない。
悪人から見れば多少なりとも同類の匂いは感じ取れるものだ。
フリオのような善人から見れば分からない違いが、俺達にはある。
だが、まさか仲間に誘われるとは思っていなかったな。
「悪いが、遠慮しておくよ。今は居心地の良い場所に居られてるんだ。もしそこを追い出されたら、よろしく頼む」
「おう、そっか。まぁ兄ちゃんにとってもそっちの方が良いだろうしな!ミニモの件を片付けたら俺達も帰っちまうから、そうなったら俺達の本拠地にでもそのうち訪ねて来てくれりゃいいぜ。兄ちゃんなら簡単に来れんだろ!」
「本拠地といえばお前らの大本については何も聞いて無かったが……」
「あれ?言ってなかったっけか?」
聞いて無いはずだな。恐らくだが。
「俺らの大本は賢者だよ。『賢者』っつぅお偉い魔法使い様の雇われ、って感じだな」
「賢者……」
なんだろうか。凄いんだろうが、マスクが言っていると胡散臭いな。
そもそも自分で自分のことを賢者、だなんていう奴は間違いなくろくな奴じゃないだろう。
「あー、だからまぁ、本拠地って言っても賢者様の自宅って奴だな。大した事ねぇよ。だから安心しなー」
「いや別に賢者っつってもなぁ……」
「お、着いた着いた。あとこの壁一枚溶かしゃご対面だぜ」
マスクが両手を当て、押し込むようにすると土壁がボロボロと崩れ落ちる。
ここまでの道のりを覚えておこうとしていたのだが……迷路のようだったせいでもう覚えていられないな。残念だ。
とはいえ探知魔法も使えるようになっていたことだし、もうしばらく困ることは無いだろう。
……また使えなくなる可能性があるのは、怖いが。
「おーらっしゃ皆に面会だz」
「今よ!逃げなさい皆!」
「えっ」
前を歩いていたマスクが仮面の上から泥団子を投げつけられ、突き飛ばされる。
その背後にいた俺も同じように突き飛ばされると向こうから少女たちが--
「あーあー、マジで逃げないで良いってばさ……危害は加えねぇっつぅの」
ずるりと地面が浮き上がり少女たちの行く手が阻まれ、土魔法で生み出したと思われる巨大な土くれの手に捕まる。
捕まった少女たちには、見覚えがあった。
巨大な手から逃れようともがく少女に俺は視線を向けた。
「……お前確かこの劇団の、団長、だったよな?」
「な、何よ新顔?この程度で私達が参るとでも思った?!テミルを洗脳できたからって図に乗るんじゃ--」
「安心しろよ。俺は味方だっつの。前自己紹介しただろ?お前たちが攫われたって言うから心配でここまで来たんだが……元気そうで安心したわ」
団長であろう少女は動きを止めると、こちらをしばらく見つめ、目を見開いた。
「あんた思い出したわよ?!エテ……エテルノ・バムヘルト?裏切ったわね?!」
「なんて言えばいいのか分からないけど色々と間違ってるな。名前とか」
「ややこしい名前ね!改名しなさいよ!」
「とりあえずお前は一旦落ち着け」
再び暴れだした団長や、団長が率いて部屋から飛び出してきた劇団メンバーたちをマスクが抱えて部屋まで連れていく。
仮面をつけているからか、泥団子をさほど気に留める様子は無い。
さて、どうしたものかな。この後出来ればこいつらを連れ出す算段だったが……
「ん、どしたんだ兄ちゃん?」
「いや、何でもない」
先ほどマスクが見せた反射神経は中々の物だった。
劇団メンバーをかばいながらの戦闘は危険だな。
「あ、マスクお前こいつらに何したんだよ。ここまで暴れてるのは俺も予想外だったぞ?」
「いやそれが分かんねぇんだよな。飯も結構頑張ったんだが……」
「私達を攫った人間を信用するわけないでしょ!馬鹿ねバムヘルト!」
「バルヘントな」