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乞えた豚の

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 グリスティアの制止も聞かずに、僕は一人で進む。

 石造りの廊下が続くここは、エテルノの魔法によって造られたディアンのための牢獄だ。

 いつだったか、ディアンが掘っ立て小屋に収監されていて、普通に抜け出してきていたからエテルノが作ったのだったと思う。

 これだけの規模を作るとなると、グリスティアかエテルノぐらいしか出来ないことだろう。


「よ……っと」


 階段を一段飛ばしで進むと、窓の外にグリスティアが見えた。

 窓を叩いているが、あぁ、開けて欲しいのか。

 窓を開けてやると、グリスティアがなだれ込むようにしてこちらに入って来た。


「グリス、そんな風に急ぐと危ないよ?」 

「フリオが置いていくからでしょ?!」

「僕は別に良いんだよ……」

「そういう訳にもいかないでしょ?ほら、サミエラさんとかまだ下でひぃひぃ言ってるわよ」


 グリスティアに指さされた方向を見てみると、確かにサミエラがバタバタとこちらへ向かってきているところだった。

 ただ体が小さいせいで歩幅が小さく、階段一つ一つを登るだけでも一苦労なようだ。


「んー、じゃあグリス、サミエラを連れて後で合流してくれるかい?僕は先に行くよ」

「だからそれが駄目だって言ってるのよ?」

「そうは言うけどディアンが……」

「もう脱走した後なんだったら今急いだって何も変わらないわよ。それよりサミエラさんの方が大事でしょ?」

「……」


 そうは言うけれど、でも急ぎたいのは山々だろう。

 アニキは子分とシェピアを連れて店の様子を見に行ってしまったし、ミニモは一足先に宿まで戻ってここに来れたのは僕とサミエラとグリスだけだ。

 だから、少しでも急いで行って情報収集を……


 そんな風に考えていると、グリスに腕を掴まれた。

 決して強い力ではないけれど、僕を引き留めようとする意志だけは、十分すぎるほどに感じられる。


「だから急いだら駄目よ。普段通り、冷静に行きましょ?」

「普段通りだと思うんだけど……」

「どこがよ。どうせミニモの事とか気にしてるんじゃないの?」


 ミニモ、というよりは蘇生魔法のことは気になるけれど、それはもう割り切って進めているはずだ。

 ミニモのことはエテルノから任されたのだから、何だろうと失敗するわけにはいかない。

 それがテミルのことをエテルノに任せた、僕としてもけじめなのだから。


「ほら行くわよ!今なんだかんだ言ったってしょうがないでしょ!」

「あ、う、うん……」


 なんとなくモヤモヤするところはあるけれど、今は少しでも皆のためになる行動を。

 ディアンが居たであろう独房に背を向けて、僕はサミエラの元へ走るのだった。


***


「おおぃおいおい?なんだこりゃ……」


 ようやく戻ってこられた自分の店を前に、俺は途方に暮れていた。

 ここまでの道のりで色々と見たが、この街は既に復興は終わっていると言っても良いところまで来ていたはずだ。

 ましてや、俺の店は復興初期の段階から相当豪華な物になっていたはずだが……


「……」


 今は、そうは見えない。

 と言うかむしろ、テミルを探しにこの街を出発した前よりも悪化している気がするな。

 そこかしこに積み上げられた瓦礫の山が店に入るのを邪魔しており、店構え自体も中々汚されている。


「あー、シェピア、どう思う?」

「どうって……確か留守の間はサミエラさんに任せてたわよね?」

「おう」

「サミエラさんがこんなことするはずも無いし……皆に聞いてみるしかないんじゃない?なんならこの瓦礫の山全部砂に還しましょうか?」

「いやそれはちょっと流石にな」


 別に砂に還してもいいのだがそれをしたらしたで砂が大量に残る。

 それはあまり良いとは言えないだろう。だから、ここは普通に収納しておく。


「範囲は……まぁ店周辺で良いか」


 さらに対象は生物以外に絞り、スキルを発動。

 一瞬にして消え去った瓦礫があった場所にはせいぜい砂煙が立ち込めているぐらいだ。

 ようやく店の入り口が見えるようになり、さっさと店内に入る。

 商品は……まぁ、そんなに酷い状態では無いな。

 店内自体は荒らされていないようだ。


「おーい、誰かいねぇのかー」


 おかしなことと言えば店内に誰も居ないことだろうか。

 普段なら小綺麗な店員の格好に着替えた子分たちがうろついているのだが……


「……シェピア、お前探知魔法使えないんだっけか?」

「使えないわよ!」

「そんな自身満々に言わないで貰える?」


 子分たちがどこかに行ったか、もしくは……


「やぁやぁ、あの瓦礫をしっかり片付けたのかい?中々頑張ったじゃあないか」

「……」


 背後から声を掛けられて振り向く。

 小太りの男が、そこには立っていた。

 背後に数人の子分を従え、いや、子分では無いのかもしれないな。服装からして傭兵か何かだろう。

 店には入らないまま、小太りの男は話を続ける。


「しかし君は……どこかへ行ったはずじゃなかったかな?わざわざ戻って来たということはさては、何かしら失敗したのだろう?可哀そうに、まだ道理も分からないというのにそのようなむごいことがあったものか……」


 男は言葉とは裏腹に随分と楽しそうだ。

 しかも、このままにしておけばいつまででも喋り続けそうな気がする


「……誰か分からないが今は忙しいんだ。帰ってくれないか」

「……ふむ?何をそんな忙しいというんだね。こんな客が来ない店で何をそんなに急ぐ?」

「アンタ、もう少し口調に気を付けたほうが良いな。俺は良いがこっちの怖ぇ女は何するか分かんねぇぞ?」

「口調に気を付けるのはそちらではないのか?私はわざわざ商談を持ち掛けに来たというのに、この態度では話をする気も削がれるだろう?」


 商談、ねぇ。

 とりあえずこの男は信用できないな。少し見ためも変わった気がするが、以前どこかで会った記憶もある。

 確か悪い噂の絶えない奴だったはずだ。悪徳商人だとかなんだとか。

 以前ダンジョン攻略に行った時もうろちょろしてて邪魔だった奴が居たからな。

 おそらく、こいつだ。


「あー、一つ確認なんだが、俺の子分とかがどこ行ったか知らねぇか?」

「子分?あぁ、あの薄汚い奴らか。そりゃあ追い出したとも。ここは今となっては私の土地なのだからね」


 ……なるほど?


「あー、じゃああんた、さては瓦礫運んできたのもあんただな?」

「あぁ、そうだが?私の土地をどうしようと私の勝手だろう」


 なるほど。話が読めてきたな。俺の居ない間にこいつが何やらやらかして、俺の子分たちを追い出してくれたわけか。


「あー、そんじゃあの瓦礫はあんたの所有物ってことで良いんだよな?」

「……?」


 小太りの男が店の入り口に立ちはだかるようにして立っていたため、押しのけて外に出る。

 シェピアが随分と殺気立っているが、まぁとりあえず今は落ち着いていてもらおう。


「いやぁ、まさかあんな瓦礫があんたの所有物とは思わなくてな。つい勝手なことをしちまって悪かった。邪魔だったもんで、俺のスキルで収納しちまったんだよ」

「ん?あぁ、ようやく立場をわきまえたか?」

「そーそー。わきまえたから、わきまえついでにちょっとその辺に立っててくんない?」

「あぁ、まぁ良いが何だ?」


 小太りの男と、その護衛であろう傭兵たちに並んでもらって、シェピアを押しとどめつつ俺のスキルの『効果』を説明する。


「俺のスキルは、色んなものを別空間に収納するもんだ。あんたらの言う取引ってのは、そのスキルに関係あることなんだろうな?」

「あぁ、話が早いな。そうだ。そのスキルを買い取ってやろうというのだ。私の下へつけば貴様ら平民では思いもよらない富が--」


 簡単に予測できたことだ。俺のスキルは街中でも普通に使ってたからな。

 特に商人たちからは、こいつ以外にもスカウトが来たこともあった。

 もちろん断っていたが。


 男の言うことを遮るようにして、俺は言った。


「条件があるんだよ。俺のスキル」

「……?」


 あぁ、やっぱり少し顔が曇ったな。

 利用価値の無い物はいらない、という訳か。


 それならこちらも、心置きなく。


「俺のスキルは、『自分の所有物』じゃねぇと収納出来ねぇんだ。あんたの所有物、しっかりお返しするぜー」

「なっ……?!」


 収納が解除された瞬間雨のように瓦礫が降り注ぐ。

 シェピアの魔法で守ってもらいつつ、俺たちは街へと走った。

 目的はもちろん、子分たちを探すこと。サミエラの孤児院なりなんなりに逃げているはずだ。

 あの小太りの処遇は、その後で良い。


「よぉし、急ぐぞシェピア!この分ならフリオ達も苦戦してるはずだからな!」

「その前にもう一発魔法を撃ちこんできて良いかしら?」

「あー……とりあえず死なない魔法にしておけば良いんじゃね」


 シェピアが奴らの閉じ込められた瓦礫の山の周囲に岩壁を作り上げたのを確認し、俺たちは先を急ぐのだった。

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