囚人と囚われの姫
「こっちこっち。ここに座っててねー」
ぼんやりと温かなランプの光が灯る洞窟の中、私は石でできたテーブルに向かっていた。
私が今座っているこの椅子でさえも石でできたものだ。ひんやりした感触が伝わってきて思わず身震いした。
「オーウェン、貴方達はいっつも洞窟に暮らしてるの?」
「いやいや今は臨時ってだけでたまには町に泊まったりするから大丈夫だよ」
「……たまには、ね」
「任務も多いから野宿は増えるよねー」
さっきは驚いた。食事を一緒に取ることになって連れてこられたのは、どうってことない茂みだったのだ。
騙したのかと文句を言おうとしたら急に地面が溶けて、マスクさんを先頭に地面の下へ真っ逆さま。
とんでもないことをしてくれるものだ。
で、落ちてきたら落ちてきたでめちゃめちゃに広い地下空間だし。
フリオやエテルノは知らないんだろうな。知ってたら皆に教えてくれるはずだもの。
少し私から離れたところで食事に使うであろうお皿を用意しているオーウェンの後ろの姿を見て、私はもやもやした気持ちを抱えていた。
オーウェンは敵のはずだ。でも……実際は、敵だとは思えない。敵としか考えられないはずなのに敵では無い気がする。
なんとこの気分を表現すれば良いのか。
「ねぇ君、野菜とかで苦手な食材は--」
「グリスティアよ」
「?」
「私の名前、グリスティア」
本当なら教えるのは相当まずいのだけれど、フェアじゃない。
オーウェンも適当に作った偽名かと思っていたけれどマスク、という仲間も普通にオーウェンと呼んでいた。
仲間にも偽名を使うとは思えないし、オーウェンが偽名を使うような人間には、今のところ思えない。
だから、名前までなら教えても良いと私は判断したのだ。
「グリスティア、いい名前だね。でもなんで教える気になったの?僕を信用してくれた?」
「それは無いわよ。……でも、貴方の方から名前を聞いてきたりしなかったから、名前ぐらいは教えてあげても良いかなって思ったの」
「まぁ気になってはいたけどそうか、グリスティア……グリスって呼んでもいいかな?」
「それは大切な人から呼ばれるときの呼び方だから、駄目」
「そっか……まぁそれならそれで、普通に呼ぶから良いけどねー」
うーん、めげない。オーウェンは本当にめげない。
「おいオーウェン、今日は嬢ちゃんもこっちに来てもらって良いか?」
ふと、遠くからマスクさんの声がした。
マスクさんは私達がここにきて早々にどこかの部屋に引っ込んでしまったからどこに行ったのかは分からないけれど……
「うーん、どうせだったらみんな呼んだら?」
「皆はお前と一緒に食事したくないってよ!」
「えぇ……嫌われてるなぁ……。マスク、君が嫌われてるんじゃないの?」
「いやそれもあるけどどっちかと言うとお前だろ」
なるほど、ここにはオーウェンとマスクさん以外にも何人かいるらしい。
そしてやっぱりオーウェンは嫌われている、と。
まぁ行動自体はそんなに悪い奴じゃないと思うんだけどなんだろう、雰囲気がもうちょっと気持ち悪いものね。
「ってわけで嬢ちゃんだけ一緒に食いたいそうなんだけど良いか?」
「良いんじゃない?君の好きにすればー」
嬢ちゃん、と呼んでいるからには女の子だ。
どうしよう、なんか筋骨隆々のゴリゴリ女子とかだったら。
普通の女の子なら仲良くなれるかもしれないけど流石にそう言う人が来たら……
「マスクさーん!今日のご飯はやっぱりミミズが!」
「でねぇよ。いや、さっきも言ったろ?今日は客がいるからあんなもん出せねぇって」
……んん?聞き覚えのある声……?
一応辺りを見渡してみるけれど、声の主は見当たらない。
「グリスティア、どうしたの?」
「いやちょっと……」
と、ドロリと眼前の岩壁が溶けだしてマスクさんが顔を出す。
魔法。魔法だ。
しかもこの魔法は確か、エテルノやフリオが言っていた敵の使う魔法と--
そこまで考えて、私は目を見開く。
だってマスクさんの後ろに、
「あれ、グリスちゃんだ。こんなとこで会うなんて奇遇だね?」
テミルが、居たから。
***
「テミル……」
ふと、牢の外を見つめて僕は呟いた。
誰が聞いているという訳でもないのだろう。そもそも誰かに聞いて欲しいとも思っていない。
けれど、サミエラに聞いたその言葉が耳から離れなかった。
テミルが、行方不明になった。
しかも誘拐の可能性があるのだと言う。
フリオは何をしているのか。いや、フリオだけじゃない。エテルノもついていたはずなのに何故そんなことに。
「……」
黙って鉄格子を殴りつけると、甲高い金属音が響いた。
けれどイライラは収まらない。
「この牢を脱獄する……」
そんなこと、不可能に決まっている。
何度も脱獄の方法については考えたけれど、エテルノを上回る実力は僕には無い。
よってエテルノの作り上げたこの牢屋を出ることは叶わない。これが結論だ。
鉄格子に額を弱々しく打ち付けると小さく、カシャン、と鳴った。馬鹿みたいだ。
「……なんでテミルなんだよ」
おかしいだろう。だって僕の方がよほどテミルよりあくどいことをしている。
なんで僕には大した報いが無いのに、テミルはそんな目に合っている?
おかしいだろ。エテルノも、フリオも僕には無い力がある。死霊術なんかに頼らなくても上手くやれる力がある。じゃあ何とかしろよ。
「テミルを、助けろよ……」
何してるんだか。
鉄格子の冷たさを感じながら顔を上げる。
と、人が、そこに立っていた。
「ッッ?!」
一気に牢の奥まで飛び退る僕を見て、その人間は頬を吊り上げた。
見た目は、女。そう、女だ。三つ編みを一本、腰まで垂れ下げている。
「テミルを助けたい、ッテいうのが君ノ望みで良いのかナ?」
たどたどしい言葉。この国の人間ではないのだろう。
「……誰です?ここには貴方みたいな人が入ってこられる人じゃないはずですけどね」
「おぉ、全然さっキト違うのハ凄いナ。すぐ外面になれルとかそういう?」
「人の傷心中に入ってくるのはほんとに感心しませんね。小心者なのでそりゃあ外面はしっかりしますとも」
「え、今ノ駄洒落?」
……駄洒落ですが何か?
「まぁ良いヤ。私バルドの知り合いなんダけド」
「バルドの……?!」
バルド。かつて協力していた、最低な男。
その知り合いともなればもちろん、警戒に警戒を重ねるに決まっている。
僕は魔法はたいして使えない。けれどいざとなれば大声でも出して守衛を呼べば--
「バルドが使えなくなっててサ、じゃア元バルドの仲間だッテ言う君を探してここまで来たんダけドもし良かったら協力しなイ?」
「お断りします。こんな僕でも元副ギルマスですから。そんなうまい話がある訳が無い」
「ンー、それなら良いケド、外出られるかもヨ?」
外に、出られる。
「私的にハこの魔法を覚えてもらっテ、データが取れれば満足なのサ。だからデータ取り終わったらどこヘデモ行けバ良い」
「……その魔法って言うのは?」
「待ってそろそろ来ル」
「……?」
今度はドタドタと音を立てて部屋に入ってきた人間が居た。
小太りの男だ。しかもこいつは、見覚えがある。
「……あんたは」
「ようディアン君!私だとも!いやはや見るからに落ちぶれたものだねぇ!」
「商人の仕事をしてるんじゃなかったんですか?」
「気が変わったんだよ!あのくそ野郎をどうにかしてやろうと思ってるところにフィナ君と知り合ったんだ」
「フィナは私ノことダ」
ギルドに居た時に話をした覚えのある、商人の中でもリーダー格の男。
名前は忘れたけれど、かなり態度が悪いということでブラックリストにも乗りかけていた。
そんな男が、手に巻物を握りしめている。
「ディアン、覚えてもらいたいのハ、あれダ」
「……どうせどこにでもあるような代物でも無いんでしょう?それこそ、覚えたら即死ぬ魔法とか。覚えて差し上げるかどうかは内容を教えてもらってから考えますとも」
それでも、ここから今すぐにでもテミルを助けに行けるのであれば。
そんな言葉は呑み込んで、はっきりと条件を付きつける。
が、相手はそんな言葉にひるむことは無かった。
「覚えてもらうのハ禁術。手を出したラいけない魔法の不可侵領域サ」
バルドがどこから死霊術を得たのか、とかもまだ不明でしたしね。
街の方でも物語が動き出しました。そしてそのせいで物語が追いにくくなりました。
定期的に状況整理を挟んでいくのでお許しください。