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森に落ちた彗星

「ちょっとオーウェン、早いって……!早いって……!」

「いやいやそんなに虫を怖がってると進めないからね?僕もゆっくり進んではいるんだよ?」

「そんなこと言ったって……!」


 辺りをびくびくと見直して私は言う。

 こうして見回してみると周囲の木陰やら草むら、藪の全てに虫が潜んでいるような気すらする。

 オーウェンがそんな藪やら何やらを突っ切るように進んで行ってしまうから困るのだ。

 しかも、私としては置いて行ってくれても構わないのにオーウェンはしっかり私のことを待ってくれる。何この人。


「このままだと日が暮れちゃうよ?夜になったら明かりが必要になっちゃうでしょ?」

「……それが何。明かりなら私が出すわよ?」

「いやぁ、夜になると虫が明かりに集まってくるからねー」

「何もたもたしてるのよさっさと行くわよ」


 何としても暗くなる前に辿り着かなくては。

 オーウェンの背中に私は杖を突きつける。


「はいはい、分かったよーっと。あ、今君の足元に大きい虫が」

「っひゃぁ?!う、嘘?!取って取って!」

「あはは、嘘だよ。そうやってすぐに人に杖を突きつけるのはあんまり良くないんじゃないかなぁ?」

「うっ……」


 意趣返しか。

 いや、だとしても虫が居るとか嘘なんてつかれなくても、杖を突きつけないで欲しいって言ってくれれば改めるし。

 そんなわけで、文句を言おうとした時だった。

 杖の代わりに指を付きつけようとする私の耳に甲高い音が入ってくる。

 キィィイィ……と空気を震わせるその音は、私にはよく聞き覚えのあるものだったが、オーウェンは首を傾げる。


「……?なんだろうこの音……」


 オーウェンは放っておいて急いで空を見上げる。

 風が吹き荒れ、木の葉が揺れる。触れ合った木の葉がガサガサと音を立てているのが、不愉快だ。

 しかもそんな雑音の中を例の甲高い音はまっすぐにかいくぐってくる。

 思わず私は耳を抑えた。


「なんだろう、何かの魔獣かなぁ?」

「違うわよ。これは、魔法」

「……魔法?いや、でも僕これ知らないけど……」

「そりゃそうよ、これシェピアのオリジナルだもの」


 シェピアのオリジナル魔法。この甲高い音はその『溜め』だ。

 以前一度見せてもらった時は凄まじい威力だったけれど、あれを森の中で使う……?何故そんなことを……?


「よく分からないけど、知り合いかい?」

「幼馴染よ」

「その子は禁術とかを使ったり……」

「しないわ。シェピアに限ってそれは無い」


 シェピアには悪いけど、禁術を読み解いたりできるような感じの子では無いというのも理由の一つだ。

 禁術を学ぶというよりは、とにかく魔法を広範囲に、威力を高く。そんな感じの子だから。

 ……ある意味では禁術を使う人より危ないかもしれないけど。


「でも森の中で使うような魔法では無いのは確かよ。燃え広がったりはしないと思うけど……」

「危険にでもさらされてるのかな?」

「危険……」


 確かにあり得る。オーウェン以外にも、敵はいるかもしれない……と言うか間違いなくいる。

 どうしよう。シェピアがあの魔法を使うほどの敵となったらそれこそ……


「魔王か何かでも出たのかしら……」

「え、この魔法そんなに凄まじいの?」


 魔王。おとぎ話の中でしか出てこない存在。

 かつては存在したらしいけれど、それも神話だかなんだかとごっちゃになっているレベルの昔の話だ。

 そんな相手と敵対したならあんな魔法も使うかもしれないが……


「と、とりあえず身を守った方が良いわよ。これだけ距離が離れてたらそんなに影響は受けないでしょうけど……」


 音からして、シェピアの位置はここから大分離れた場所だ。でも、そうだとしても結構危ない。


「身を守るねぇ……あ、じゃあ僕の傍に寄ってくれるかな?」

「え、」

「大丈夫。上手いこと守り切ってみせるよ」


 と、ピタリと先ほどまでの甲高い音が鎮まる。

 先ほどまでの騒音が嘘のように止まり--


 真っ先に動き出したのは、鳥たちだった。

 鳴き声をあげながら一斉に飛び立ち、こちらの方角へと向かってくる。

 いや、こちらへと向かってくるのではない。シェピアから逃げているのだ。

 次にネズミが。今までどこに居たのかと思うほど大勢のネズミが地面を一斉に駆け抜ける。

 思わずオーウェンも目を見開いていた。


「……来るわよ」


 できるだけ多めに結界を張り、防御魔法を張り巡らす。

 オーウェンもオーウェンでなにやらやっているようなそぶりを見せた。


 視界が光に包まれたのは、その直後のことだ。


***


 そこには最初に光があった。無音の閃光が辺りに満ち、思わず目をつむる。

 瞼すら貫通してくるような眩い閃光が続いたかと思う直後、地を震わすかのような轟音。

 雷を何倍にもして、マグマの揺らぐ音をいくつもまとめて煮詰めたような。

 思わず、耳も塞ぐ。

 数瞬の後に風が吹き荒れ、熱風を肌で感じる。

 あまりの爆風に立っていられず、背中から地面に転がった。


「--!!」

 

 誰かが何かを叫んだような気がしたかと思うと、少しだけ風と光が和らぐ。うっすらと目を開くと分厚い土壁がこちらを守っていた。

 エテルノがやったのだろう。


 そんな時間が何時間も続いたかのように思われたが、突然、プツン、と無音の状態に戻る。

 眩い光もどこかへ消え去り、肌に焼き付いた熱だけがそのままだ。


 目を開けると先ほどまで異常な明るさを感じていたせいだろう。

 先ほどとの差で辺りが真っ暗にさえ思えた。 


「おいシェピア……やりすぎだ……」

「あら、そうだったかしら?出来るだけ広い範囲に届くようにって言われたから……」

「だとしても節度があるだろうが……」

「だからセーブしてたじゃない」

「セーブしてたのか?!これで?!」


 思わずそう声を上げ、額を押さえて空を仰ぎ見る。

 うっすらと戻って来た視界は、先ほどまで空に浮かんでいたあらゆる雲が今の魔法の余波で吹き飛ばされたことを告げていた。

 周囲の木々は跡形も無く、地面は赤黒くブクブクと泡を立てている。

 なんだこれ、俺死んで地獄か何かに来たのか?


「しかし……良く無事だなこれで。俺の魔法で堪え切れたわけでは無いんだろう?正直気休めにもならなかったしな」

「何言ってるのよ。術者が怪我をしないように、広範囲魔法を使う時は術者に耐えきれるだけの防御魔法を使うのは基本でしょ?」

「何でそう言うとこだけしっかりしてるんだお前は……」

「だって教わったもの。魔法を使った後に動けないなんて魔法使い失格よ?」

「の割には立っているのも辛そうだが」

「動くのは全部アニキがやってくれるもの!」


 え、俺?

 驚いてシェピアの方を見ると頷かれる。と、とりあえずシェピアには肩を貸しておこう。


「あ、待ってシェピア。杖の先端がめっちゃ首に刺さってて痛い。一回離してくれ」

「無理よー。だってもう立ってられないもの」

「待って怖い怖い。杖首に突きつけられたまま俺動かないといけないの?!」

「そうよ?」


 勘弁してくれ……。


「とりあえず今の魔法でグリスも気づいてくれるはず……だよね?」

「巻き込まれてなければ、だけどな」

「あっはは、まさかぁ。グリスティアならこの程度の魔法耐えきるわよ?」

「……マジ?」

「マジのマジよー」


 グリスティア……やばくね……?


「私もちょっと今の魔法は不意打ちなら死んじゃうかもしれませんねぇ」

「なんでミニモもそんなこと言えるの?!」

「あ、大丈夫よ、今の魔法『溜め』がいるから不意打ちは絶対にできないもの」

「シェピアも普通に対応すんじゃねぇよ?!」


 このパーティー、酷い。

 助けを求めてイギルの方を見てもニコニコしているし、エテルノとかフリオの方を見ても諦めているような顔しかしない。

 ……なんだ?まともなのは俺だけか?


「っと、それじゃあさっさと隠れるぞ。敵が来る前にな」

「ねぇマジでおかしいのは俺なの?」


 普通にそんなことを言うエテルノに、爆音にさらされたせいでまだ少し痛む耳を抑えながら突っ込むのだった。

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