求:虫払い魔法
「ねぇ君、さっきから全然喋らないけどお腹でも痛いの?」
「……失礼ね。私が話したいと思わないから黙ってただけよ」
「僕は喋りたいけどねー」
「私は喋りたくないわ」
ひたすら森の中を歩く。湿った落ち葉を踏みしめると、水が溢れてきて気持ち悪い。
そんな中をオーウェンは軽快に進んでいた。
「あ、ところで君は『禁術』について詳しく知ってるかなぁ?」
「……知らないけど」
嘘だ。人並みには知っている。
ただこのオーウェンと言う男にこちらの情報を伝えてしまうというのは危ない、と思う。
少なくともフリオ達と合流するまでは何かを言うつもりは無い。
「知りたい?」
「聞いても良い、ぐらいにしか思わないわよ」
聞いても良いというかまぁある意味では聞きたいところではある。
私も何か情報があるなら知っておきたいのだ。
ここまで話していた感じだとオーウェンは相当『禁術』について詳しい人間なのだろうということは察せる。であるならば、バルドの死霊術とか色々についての情報を得ることが出来れば後々何かに役立つかもしれない。
「ちなみになんだけど、私がそれを聞いたから殺される、みたいなことは無い、かしら……?」
「何言ってるのさ?僕が自分で話してるのに殺す、とかそんなことするわけ無いよー。君は中々物騒だねぇ」
「思ったより常識的」
知ったら殺す、みたいなのが定番なのでは無いのだろうか。そう聞いてみると、オーウェンはこう答えた。
「実際禁術を知るのは悪いことじゃないよ。存在を知るのは僕としてはむしろ推奨かなぁ。だってほら、知っておくと対処ができるじゃん?」
「……まぁそれはそうよね」
「でも、手を出したら駄目だ。禁術を試そうとかした人は残念だけど……」
オーウェンは残念そうな顔をしてはいるが、実際の声色に残念そうなところは少しも無い。むしろ少し愉快気な--
「ま、そういうことなら良いわ。聞かせてくれるなら、聞きたい」
「もちろん良いよー。君は頭も良いだろうから、禁術に手を出しかねないからね。どれだけ恐ろしい物かって言うのを知っておいて損は無いと思うんだ」
「……前も言ってたけど、なんでそんなに私の頭が良いとか言えるの?」
「いやいやだって、君、相当『使う』でしょ」
オーウェンは私の杖を指さして言う。
「杖なんて魔法使いなら皆持ってるでしょう?」
「それはそうなんだけどね、持ってるだけの『飾り』の杖としっかり使い込まれた杖とじゃ全然違うように見えるんだー。君のは使い込まれてるのがよく分かるから、そこまで使う魔法使いなんだったら頭も良いんだろうなってねぇ」
「……変わってるわね。私にはそんなの分からないわよ」
「だろうね。これは僕のまぁ何と言うか……スキルかな。分かりやすく言っちゃえばね」
スキル、ね。
「あ、虫」
「えっ嘘?!」
「いやいやほんとだよ。ほらそこ」
「指さされても見たくないんだけど?!」
オーウェンが指したのはこの先の木の幹。そこを見ると確かに、足がうじゃっとしてる気持ち悪いムカデみたいなものが木の幹を這っていた。
「気分悪くなってきた……」
「あれ、君は虫が苦手なんだね?」
「そ、そうよ……、できればこの道は避けてもらえると助かるわ……」
「普通に触らないように気を付ければ良いんじゃないかなぁと思うけど」
それで済むのなら私は何も苦労はしていない。
「視界に入るだけで駄目なのよ……。どうしても通るんだったら遠ざけてもらいたいところではあるけど……」
「ん、良いよー。そこまでダメなんだったらしょうがないしね。僕に分からないからと言って君を否定する理由にはならないはずだから」
思ったよりオーウェン、優しい。
いや駄目だ私。ほだされるな。オーウェンはほぼほぼ敵で間違いないのだから。
「でもムカデも美味しいんだけどなぁ」
「テミルみたいなこと言うわね?!」
「……ん?テミル?」
思わず口に出てしまったけれど、マズイ。オーウェンが敵だとするならここでテミルの名を出してしまうのは私がオーウェンの敵だとバレるような--
「テミルって、誰?」
「えっ?」
「なんか僕と仲良くなれそうだね。その人も結構ムカデとか食べるの?」
「た、食べるけど……知らないの?」
「うーん、僕の知り合いには居ないかなぁ」
「そ、そう……」
テミルを知らない?そんな馬鹿な。
もし本当に知らないならテミルを攫ったのはオーウェンでは無いということになってしまうけれど……
「あ、せっかくだし御馳走しようか?原型が分からないぐらいまですりつぶしたりすれば食べれるんじゃないかなぁ?」
「え、遠慮させて」
「そこまで言うんだったらしょうがないけどねぇ。でも僕としては是非手料理を食べてもらいたいところではあるんだけど」
オーウェンのやりたいことが何も分からない。それが一層不気味だ。
ムカデを払いのけてようやく歩き出したかと思うと、またオーウェンが足を止める。
「な、何よ。どうしたの?」
「あー、いや、また虫がいたからねー」
「……ちなみになんだけど、禁術の中に虫を避ける魔法って……あ、もちろん深い意図は何も無いんだけどね?」
「禁術を使える人は虫を怖がったりなんてしないよね普通」
正論で返さないで欲しい。
またオーウェンに虫を払いのけてもらって、私たちは更に森の奥深くへと進むのだった。