真実を呑む
「イギルさん」
「……なんだい?」
「気まずいので何かしゃべりません?」
「って言っても喋ることも無いしなぁ」
「それが気まずいんですって……」
僕は両手で剣と枝を持ち、茂みを払いながら後ろを付いてくるイギルさんに声をかけた。
イギルさんは先ほどから色々と木を調べているけれど、そのせいか一切言葉を発しない。
正直言って、気まずい。
「どうせだったら何か話しましょうよ。無言で進むのはちょっと……」
「良いけど何を話したい?話すこと無いんじゃない?」
「それはそう……」
そう、なのだけれど静かなままと言うのも気分が良くない。
「あ、天気の話とかします?」
「空が木の葉に隠れて見えないけどね」
「……昨日の夕食の話とか」
「一緒に食べたけどね」
……んん?これはもう詰んでいるのでは?
そんな気がするけれど諦める訳にもいかない。そうだな、あとは共通の話題と言えば……
「あ、そういえばアニキと知り合いだと聞いたんですが、昔はアニキどんな感じだったんです?エテルノも時々話してたりはするんですがよく分からなくて……」
「んんー……そうだね、簡単に言うなら、生きていくのに必死、って感じだったね」
イギルが思い出すように顎に手を当てながら言う。
生きていくのに必死。どういう意味なのだろうか。
そう僕が聞くとイギルは笑った。
「そのままの意味だよ。生きていくために盗みを働いてたスラムの子供が、スキルに目覚めて、スキルを悪用して--って行ってギルド長まで上り詰めたって言うのがアニキなんだ。ただ、ギルド長になっても悪事をやっていたせいで告発されちゃってね。その当時、アニキを告発したのがエテルノ君だよ」
「……少し信じられませんね」
「うん、結構昔と変わってるっぽかったからね。目つきとかが凄く柔和になってて僕も驚いたよ」
アニキの今の姿を見ていると悪事を働くというのは理解できないけど、本当にそんなことをしたのだろうか。
「まぁしっかり裁かれてたと思うし、根はかなり面倒見の良い感じだから大丈夫だよ。今の彼を見ててもそんなに危なげないでしょ?」
「ですね。エテルノがどんなことをしたのか気になるところではありますけど」
「一時期話題になるレベルでとんでもないやり方をしてたね」
「何をしたんですかエテルノは」
「エテルノの名前自体はバレてなかったんだけど、定期的にギルド長の定例会で話題に上がるレベルではあったね」
「ほんとに何したんですか」
エテルノに過去を聞いてもはぐらかされてばかりだから聞ければ良いなと思ったのだけど、こちらもあまり教えてくれるような感じは無さそうだ。残念。
「いやぁ、でもギルド長なんてものは大概不正してるからね。そんな不正をがっつり暴き立てるような人間ができたらそりゃぁ皆怖がるよねっていう」
「えぇ……イギルさんはやってないですよね……?」
「……やってないよ?」
「何ですか今の間」
完全に何かやってる人の間の取り方だったけど。……何をやってるのだろう。
「いやぁ、ほんと幻覚魔法って便利だよね」
「自白ですね?」
「違うよ?」
自白では?
「ちなみに幻覚魔法を使えば大体誤魔化せるよね」
「衛兵に通報しますよ?」
「それは流石に勘弁してね?」
とりあえずディアンについて色々あったことだし、イギルまでそういうことにならないと良いけど……。
と、ここで森の奥になにやら光が見えてくる。森の出口の方から木の影が長く伸びていた。
ゆっくりとそちらへ進む。僕が手を掛けた木の幹に、赤い花をつけた蔓が何重にも巻き付いていた。
「皆が無事だと良いんですけどね。先に着いてますかね?」
「着いてるんじゃない?結構遅れちゃったし」
途中で迷ったりしたから、結構遅れてしまった。
流石にエテルノやグリスティアは着いていると思うけれど、ミニモやアニキについては……少し、こういうのは得意ではないかもしれない。彼らは結構尖ってるから……大丈夫だろうか。少し心配になる。
「ちなみにイギルさん何してるんです?」
「んんー……いや、何でもないよ。気にしないで先に行こう」
イギルさんが座り込んでいたため声を掛けるが、『何もない』と返されたため気にしないでおく。
さて、皆は--
僕は、森から出た瞬間目を見開くことになった。
***
「うわあぁああああ?!マスクさん?!こ、これ死んじゃいますってぇええええ?!」
「大丈夫だ!舌噛まないようにしとけよ!」
「いやいや無理ですって!?」
マスクさん達に連れられて洞窟の出口から飛び出した瞬間足元の感覚が消失する。
目の前に青空が広がり、思わず下を見下ろすとそこには、青々とした木々の葉が茂っていた。
私はそんな中を落ちる。
耳元で風の音が吹きすさび、視界が回転する。
私の隣で笑っているマスクさんの顔が一瞬見えた。
「ちょ、こ、これはまずいですって!ししし死んじゃいますから!」
「大丈夫だっつの!俺がしっかり守るから!」
「いやいやいやこの高さは流石にまずいですって!十メートルぐらいまでなら私でもなんとかできますけど!」
「それはそれでなんでどうにか出来んの?」
と、その時だった。
足元の森一帯に生えた木が急にわさわさわさ、と揺れたかと思うと大きくずれる。
そのまま露出した地面が割れるように開き--
「よーし、あれに上手いこと入るぞ!」
「うぇえ?!う、嘘ですよね?!」
「嘘でももう無理だろ!」
まるで巨人の口だ。折れ曲がった木が尖った歯のように見えるし、地割れは口のように見える。
こうして、私たちは悲鳴をあげながらもどうしようもなく、ぽっかりと地面に空いた大穴に呑み込まれていった。