彷徨いの森
「なっ……?!」
突如何者かに突き飛ばされて俺たちは宙へ放り出される。
俺は咄嗟にグリスティアの方を見ていた。
「グリスティア!探知魔法は?!」
「反応は無かった!少なくとも普通の人間じゃ無いわ!」
さっきのが敵襲だとして、グリスティアが反応しきれなかったのはそういう訳か。
落下しながらも体勢を立て直し、全員に浮遊魔法を発動。
少なくとも落下したときに受ける衝撃はこれで軽減できるが……
「間に合わない……!」
杖を向けて詠唱するも、これでは落下までに全員を一か所に集めるのは間に合いそうにない。
すぐ下を見ると、森の木々がすぐそこまで迫って来ていた。
確かに浮遊魔法で軽減はされるとはいえ、落ちていく勢いが全て一瞬で殺せるわけでは無い。
それ相応の対応をしなければそれなりの傷は負うことになるだろう。
それを見て取ったのか、もうすでに姿の見えなくなったフリオから号令が飛ぶ。
「皆、悪いけどもう一回あの崖の真下で集合!森に落ちてもなんとか気を付けて無傷で--」
俺の体が茂みに突っ込み、木の葉のすれる音でフリオの声が聞こえなくなる。
目と口を覆う俺の手を枝葉がひっかいて行った。
フリオが言っていたのは後で集合、と言うことなのだろうが、俺とグリスティアならまだしも他の奴らに上手く集合できる手段があるとは思えない。
次点でシェピア。魔法をうまく使いこなせれば容易に戻ることはできるだろうが、フリオのように剣術だけでどうにかするには流石に厳しいものがある。
ミニモやアニキに至っては本当に無事に帰ってくることができるのか怪しい。
「集合方法を用意するべきか……?」
とりあえず、俺は着地の時に襲ってくると思われる衝撃に備えて受け身の体勢を取るのだった。
***
「うぉおおお?!」
突如浮遊感が全身を襲い、俺は思わず叫び声をあげた。
足元を見ると迫りくる森の木陰。嘘だろ。
「っ!」
横を見ると、俺のように手足をばたつかせて何とか助かろうとしているシェピアやら、なんか普通に直立不動の姿勢で落ちて言ってるミニモやら。
まずい。シェピアは焦って魔法を使うのを忘れているし、ミニモに至っては魔法が使えない。
風圧のせいでぶれる手で、狙いを定める。
と、その時だった。
「我が体、数瞬ばかり天神の元へ届かせん!」
聞き覚えのあるエテルノの詠唱が聞こえ、落下速度が急にがくんと落ちた。
浮遊魔法か。この数に一度に掛けるとはまたとんでもないことをしてくれる。
このチャンスを逃すのは、男では無いだろう。
「収納ッ!!」
スキルを唱え、俺はミニモやシェピアを連れて収納空間へと引っ込んだ。
***
「……困りましたね、どうしましょうかイギルさん」
イギルさんの方を振り向かずに僕は言う。
落下途中、僕は近くに居たイギルさんの手を取ったのだ。
地面に激突寸前で人影達を呼び出し、手で支えてもらうことでなんとか事なきを得た。
「……イギルさん?」
「……」
イギルさんが返事をしないことに違和感を覚えて振り返ると、イギルさんは既に森の木々を物色し始めていた。
ざらざらした木の表皮に触れ、なにやらメモを取っている。
「フリオ君、面白いことに気づいたんだけどどうかな?」
「え、あ、はい。それはもちろん」
「えぇとだね、この木、さっきとも見かけたなぁって思って傷をつけておいてたんだけど、何一つ変わらないんだよ。まるで複製でも作られたみたいだった」
「……ほんとです?」
「うん、結論から言うと多分僕らは迷子になってるよ」
「うっ」
確かに。どうせだったらロープやら何やらを用意してここまで目印としておいてきておけば良かったのに。
残念だけど、僕にそういう技術も手段も無い。
「とりあえずミニモやシェピアはアニキさんに助けてもらえそうなので大丈夫でしょう。グリスとエテルノのペアはいくらでも自分たちで脱出できそうだし……」
「ミニモも自分で脱出してきそうだけどね」
「否定できないですね」
森の木々とか全部薙ぎ払って進んでこないかと言うのが心配なところだ。
ミニモなら性格的にやりかねないし、力的にも出来かねない。
ちょっとした木一本くらいなら簡単に引き抜きそうだ。恐ろしい。
「皆大丈夫だと良いんですけど……」
「大丈夫だよ。皆Sランクでしょ?歴戦の猛者がこんなところで死ぬわけ無いって」
そんなことを言って僕の肩をバシバシ叩くイギルさん。
こんなことを言って時間ばかりかかるのも良くないだろうか。
……まずは皆の探索。そのあとテミルの探索。それに必要なのは……
「枝、かな」
枝は茂みを払ったりするのに使うつもりだ。
必要ならその辺に生えている枝を切り落とせば剣で済む話だから楽。
葉に覆われて空が見えなくなってしまっている林冠を見上げ、僕は手ごろな枝を探し始めた。
すべては、皆と再び合流するために。