獄中から君を案ずる
暗い洞窟の中に、俺達の走る音と水溜りに足を突っ込んだ時に跳ね上がった水の音が反響する。
走り始めて十数分経っただろうか、俺たちは既に何個かの分かれ道を順調に進んでいた。
そうしてまた、分かれ道に差し掛かる。
「エテルノ、これどっちだと思う?」
「右……いや、左だ!そっちの方が水が溜まってる!」
「分かった!」
そうして俺たちは左の分かれ道へ。実際近くに地下水が流れているらしいのが見分けにくさに拍車をかけている原因だが、そこは割り切って進むしかない。
しかし、入ってきたときは下りだったので気にならなかったがそこそこ傾斜があるな。走ると案外体力を消耗するかもしれない。
「エテルノさん、担ぎましょうか?」
「絶対嫌だ」
なお、ミニモはいつも通り元気である。
どうなってんだこいつ。いや、今回は俺が体力無いだけか?
「というかこれ、アニキに全員収納してもらってアニキが一人で走れば良いんじゃないの?」
「ひっでぇ?!」
そんな提案をしたのはイギル。若干疲れ始めている面々からするとかなり魅力的な提案だと言えるだろう。
だが、そういう訳にもいかない。
「ごめんね、それをやっちゃうといざって時大変だし、走るには明かりも必要だからね」
そう。アニキは特段魔法の才が飛び抜けているわけでは無いのだ。使えないというほどでもないのだが、グリスティアと比べると効率が落ちる。そもそも探知魔法は今も警戒のために使い続けているのだからすべてをアニキに任せるのは危険すぎる。
敵との戦いになればフリオのスキルが有用だし、俺も進む道を判断するために残っているべきだ。ミニモに至っては疲れていないのでわざわざ収納してもらう必要はない。
となれば今ここで必要ないのは、シェピアとイギルの二人だけだな。
「シェピア、イギル、お前らはアニキのスキルで引っ込んでていいぞ」
「シェピアに至ってはダンジョンの中じゃ何もできないからずっと引っ込んでて良くねぇか?」
「何ですって?」
やべ、とでも言いたげに自身の口を覆うアニキ。もちろん俺も似たような事は思ったが、まさか普通に言うとは思わなかったな。
当然シェピアは怒り、アニキが逃げる。
結果として少しだけ進むペースが上がった。うん、良いことだな。
そうこうしながらも俺たちは進む。奴らが通ったであろう洞窟の出口、行方不明になったテミルの手がかりを探して。
***
「--テミルが、居なくなった、ですか」
「正確に言えば行方不明じゃな」
「……そうですか」
ある夜、僕のところへサミエラがやって来た。
普段から来てはいるのだが、こんな遅くにやってくるのは初めてだったので何故来たのか気になってはいたのだが……
「フリオは?」
「テミルを探しに行ったらしいのぉ。他にも皆が大体向かってくれておるわ」
「……」
テミルが行方不明。一体何故?事故なのか?それとも……
考えは尽きないけれど、どうしろと言うのか。そんな話をされたところで僕は今檻の中だ。しかもエテルノが補強していったせいで脱出も難しい。
ただ牢の中からテミルを心配するしか、できなかった。
そんな僕の心境を察したのか、サミエラが慰めるような口調で言う。
「わしも行きたいんじゃが何分孤児院の子供達を置いていくわけにもいかなくての。今回はフリオ達を信じて任せることにしたんじゃよ」
「……まぁそうですね、彼ならうまくやるでしょうし。下手に動き回るよりサポートに徹していた方が得策でしょう」
それに、フリオが向かったということはもれなくエテルノ……そして、僕の怪我を治してくれたであろうミニモが向かっているということだ。
あまり心配することも無いだろう。
……そう理屈では分かっているのだが。
「で、それをわざわざ僕に言いに来た理由は何です?残念ですが何にも助けにはなれませんよ」
「助けられるものであれば助けてくれるんじゃな?」
「……まぁ……それは恩返しのようなものですしね。こんな状態でやれるものなんて少ないと思いますが」
「それじゃあこれなんじゃが……」
サミエラが差し出してきた紙に目を通す。
数字が並び、色々な項目が箇条書きで綴られている。
「えぇと……収入、みたいなことですか?」
「うむ、留守の間アニキの店の切り盛りを任されたんじゃがな、こういう数字に関して言えばディアン、お主の方が分かるじゃろう?」
「……アニキ」
アニキが留守にしている、と言うことは、
「あやつもテミルを探しに行ってくれておってな。店は任せろと言った手前、下手なことはできないんじゃよ」
「そう、ですか」
そう言うことであれば、と少しだけ紙に並んだ数字に目を通し、サミエラのペンを借りてメモを書きつける。
「とりあえずあちこちに無駄が見えたので、より効率的にする方法から試してみたらどうです?無駄な出費を抑えてより良い品質のものが提供できるはずです。元が魔獣ですから、ほぼほぼ原材料費としてはただのようなものかもしれませんが」
「うーむ、そういう物かのぉ。まぁ試してみることとするかの」
「ええ、そうしてください」
「……ディアン、少し顔色が悪いが、ちゃんと食べておるか?」
「はい、大丈夫ですよ。エテルノが言ってくれたらしくて、夕食もそこそこ豪華なんです」
テミルが居なくなった、と聞いて顔の血の気が引いているのを感じてはいたが、そうか。サミエラに悟られるレベルで今の僕の顔色は悪いのか。牢の中には鏡が無いから、分からなかったな。
サミエラは何も言わずに、僕の顔を手のひらで挟んだ。
小さい手のひらのぬくもりが伝わり、僕はくすぐったいような感情を覚えた。
「……ディアン、頑張るんじゃぞ」
「それはもちろん。サミエラも頑張ってください」
これはある夜更けの出来事だ。