上は洪水、下も洪水。
「参ったな……一旦引き返すかい?」
「そうだな……無理に渡る必要も無いだろうし、ここまであいつらも来てないだろうからな」
洞窟を進むこと数時間、俺たちは洞窟の最奥にまでやって来ていた。
とはいえここで洞窟が途切れたわけでは無い。ここから先も道は続いているのだが、この先は水没していて進めないのだ。
「魔法で無理に進むこともできるが……」
「いや、大丈夫だよ。無理に進んでも危ないでしょ」
「そうね、一旦帰りましょうか?」
帰る以外に方法は無さそうだ。あいつらも水没した場所を無理に進んだとも思えないしな。
と、なにやらミニモが壁をしきりに叩いているのに気づく。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、なんか掘れないかなぁと思いまして。エテルノさんたちの話だと、敵の人って壁を溶かして
隠れてたんですよね?壁に穴を掘って逃げた可能性ってないですか?」
「あぁ、それももちろん考えたんだが……」
その辺はグリスティアの探知魔法で壁越しでも分かるので問題ないと思われる。
俺の使う探知魔法とは違いかなり広範囲も同時に見ることができるのだから、基本索敵はグリスティアに任せればいい。
では俺は何をするのかと言うと……
「とりあえず索敵というよりかは、どこに逃げたのかメインで考えるか……」
洞窟の中ではかなり薄暗い上にあの大人数だ。松明を使っていたのなら道に燃えカスが残っている可能性はあるし、魔法で照明を用意していたとしてもあの人数で行動していたのだから何かしらの手がかりは残っているはず。
「燃えカスは……落ちてないな」
地面を探してみるも、水溜りや土の上に痕跡は見当たらず。
随分と念入りに痕跡を消しながら逃げたらしい。
「となると、やはり魔法を使っているようだな」
痕跡を消せるような魔法と言えば手っ取り早いのはなんだ?足跡もすぐに分からなくなり、松明の燃えカスやら何やらもまとめてなくせるような魔法は何だ?
土魔法で埋めた?
いや、それにしては道がやけに水浸しだ。
一度土魔法でコーティングした道がすぐにこんなに水浸しになるほど水がしたたり落ちてきているわけでもないだろうに……。
「……ん?」
いや、そもそもこの洞窟の近くに地下水の通り道があると思っていたのだが、実際にそうなのだろうか?
天井から水が滴っていることから考えても地下水路はこの洞窟の上にあるわけだが……
「あー、アニキ、少し穴を開けてくれるか?」
「ん?なんだ、何か分かったのか?」
「まぁちょっとな」
アニキのスキルで一部分だけ収納でもしたのか、瞬時に地面に穴が開く。
地面にほぼほぼ垂直に、人間一人が入るレベルに抉られた穴の壁面を見てみると、ジワリと水がしみだしてきていた。
迷わず穴に手を突っ込み、どこが一番湿っているのか確認する。
「あー……っと、フリオ、あいつらがどっちの方向に逃げたか分かるかもしれないぞ?」
「本当かい?!」
「どういうことよエテルノ」
「ん、まぁ説明しても良いが歩きながらな」
この推測があっているかはまだ微妙なのだが、まぁそこまで逸れてもいないだろう。
さっさと穴から立ち上がると、アニキがそれを埋め戻す。
よし、じゃあ行くか。
俺は地面を見ながらさっさと歩き始める。
「あー、まず今地面を確認した感じだと、多分深くなればなるほど水があんまり染み込んでないんだよな。ほんとに表面の部分だけ濡れてるって感じだった」
「それどこがおかしいの?上から水が垂れてきてるんだからそりゃあ表面の部分だけ濡れるでしょ?」
「まぁそうなんだが、地下水のせいだとしたら今までもずっと垂れてきていたわけで、そうだとしたら人一人分掘った程度じゃ土が乾いたりするわけないだろう?」
長年水が染み込み続けていたのならそこそこに深い場所の土もドロドロになっていていいはずなのだが、今回はそれが無かった。
下から地下水が湧きだしてきている場合も同様だ。その場合深いところの方がより湿っているはずなので、やはり今分かった通り深いところの方が湿っていないのはおかしい。
ということは、だ。下から湧きだしてきた水が水溜りを作ったわけでは無い。
そして、地面が湿っているのは上から滴り落ちてきた水が染み込んできたせいでもない。
ということは、
「この水溜りを作るような量の水が、最近一回ここを流れたってことだな。そう考えてみるとおそらくだが、足跡を消したり証拠隠滅に使われたのは水魔法だな」「あー」
あいつらは水魔法で松明の燃えカスやら足跡やらを一挙に洗い流したわけだな。
以前バルドと俺が戦った時に俺が水魔法で死体達を流して遠ざけたことがあった。あれと同じ方法だな。
水魔法を洞窟の上の方から流し、証拠を隠滅したと考えれば先ほど通路の先が水没していたのも理由が分かる。
「そんなわけで、一番水浸しになってる通路がおそらく正解だ。ただし本物の地下水路もこの近くにあると思うんだよな。だからどの道も水浸しだし見分けはつきにくいかもしれん」
「いやいや、そこまで分かれば十分だよ!分かれ道に着いたら水溜り多い通路を選んで進めばいいんだね?」
「端的に言えばそうだ」
あいつらが逃げた後に水を流したのなら逃げた方向の方がより濡れてるはずだしな。
そうして俺たちは、また道を引き返す。全員が全員地面を注視し、ゆっくりと、しかし確かな足取りであのマスクの男の行方を追うのだった。