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仮面と悪食

テミルの話です。

「ん、んん……」


 どこかから滴る水の音。頬にひんやりした岩肌を感じて私は目を覚ました。

 と、骨まで凍るような風が吹き抜ける。


「っひゃあ?!」


 寒い。というよりも凍えるレベルで冷たい。

 けれど、跳ね起きた私の目に入ったのはどこまでも続く暗闇だった。


「……?」


 残念ながら私はいろんな種類の魔法を身に着けているわけでは無い。

 この暗がりを照らせるわけでも、この寒さを和らげることができる訳でもないのだ。


「え、えっと……なんでこんなところに……?」


 頭を抑えて何があったのか思い返そうとしてみる。

 そうだ、確か私は--


「馬車が、倒れた……?」


 私は馬車の中でも真ん中の方に座らせてもらっていたから、外の景色は見ることが出来なかった。

 そうして道をのんびりと進みウトウトしているときに団長さんが悲鳴をあげた。

 そうだ、そしてその瞬間、視界が一気に回転した。


 突然の浮遊感に驚きながらも必死で馬車に捕まり、そして--


「……痛っ……」


 頭の後ろに手をやると激しく痛む場所があった。どうやら頭をぶつけたらしい。

 馬車が倒れて、転がって、頭をぶつけて意識を失っていた……っていうことなんだろうか?


「んー……でもおかしいですね……」


 馬車が走っていたのは草原だ。だから夜になってしまっているとしても地面に触れた時に感じる感触は草の感触のはず。

 でも、地面に触れた時に感じるのは冷たい岩肌の感触だけだ。

 耳に入ってくるのも時折水が滴るような音だけだし、私の声もやけに反響している。

 草原に居るというよりは洞窟に居るような……。


「あ、そ、そんなことよりも団長さんは……?!」


 おかしな状況に混乱してしまっていたけれど、私と一緒に居たはずの皆がどこにいるのか探さなければいけない。馬車が倒れたというのなら他の皆も怪我をしているかもしれないからだ。


 残念ながら私はミニモさんのように治癒魔法を使ったりはできないけれど、単純な手当てだけなら得意だ。

 誰かが困っているなら助けなければ--


「--ようお嬢ちゃん!やぁっと目を覚ましたかい!」

「ひゃっ?!」


 唐突に目の前で光が灯り、驚いて飛びのく。

 光が照らしだしたのは知らない人の顔。顔の下半分を仮面で隠しているけれど、人の良さそうな声だ。


「なななななんですかね?!」

「おうおう、元気な嬢ちゃんだな」

「元気ですよ?!」

「お、おう。そうなのか、良かったな……?」


 なんだろう、喋り方がどことなくアニキさんに似てるというか……そのせいだろうか、そんなに緊張感が無い。


「いやさ、しかしあいつもよくやるもんだ。こんな嬢ちゃんまで捕まえるったって危険は無いだろうに……」

「捕まえ……ま、まさか悪い人……な……んですか……?」


 自分の言っていることではあるが違和感を覚えてつい首を傾げてしまう。

 そんな私を見て、仮面の男の人は笑い声を漏らした。


「まぁーたしかに悪い人っちゃぁ悪い人かもだけどな。正義の味方も兼任する悪い人、ってところだ」

「んん……?え、えっと、どういうことなんでしょうか……?」

「あー悪ぃ悪ぃ、ややこしい言い回ししちまったな。とりあえず言いたいことがあるとすれば、あんたらには手ぇ出さねぇから安心しろってことぐらいだわ」


 男はそんなことを言って私の頭を乱暴に撫でた。

 ……うん、やっぱりアニキさんにどこか似ている気がする。


 というよりも、今……


「私達には手を出さない、ですか?」


 私だけでは無く、私達に手を出さないとそう言ったのだ。

 ということは--


「そうだぜ、嬢ちゃんのお仲間さんは一人残らず五体満足だぜぃ」


 うぇーい、と軽薄そうなノリでこちらにアピールする男の人。

 男の……


「あ、あの、ほ、本当にごめんなさいなんですけどお名前は……」

「あぁそっか、そういやまだ言ってなかったわ。っつってもなぁ……」


 はにかむ様子を見せる男の人。

 そういえば旅に出る前、フリオ君に何か言われた気も……


 ……あっ。


「テミルですごめんなさいでした!」

「うぉお?!どした急にでっかい声出して?!」

「な、名前を聞くときは自分の名前から言うんだよって言われてたので!」

「そりゃまた礼儀正しいことだなぁおい……。ん、覚えとくぜ。テミルおっけぃ」


 あ、危なかった。私が忘れていたことは多めに見てもらえたらしい。


 と、男の人が話を続ける。


「俺も名前を名乗ってやりたいところではあるんだけどな、残念ながら俺には名前が無ぇんだ。だからそうだな……『マスク』とでも仮に呼んどいてくれや」

「ほ、本当にアニキさんでしたか?!」

「何が?!」


 未だに薄暗い洞窟に私の声が反響した。


***


「--へぇ、俺以外にも名前の無い奴が知り合いにねぇ」

「そ、そうなんですよ。その人アニキさんって言うんですけど、マスクさんと全く同じ境遇の人だなって……さっきはすいませんでした……」

「いやぁ、気にすんなよテミルちゃん。多分そいつも俺に似て伊達男なんだろうなぁ」

「そうですね。マスクさんはともかくアニキさんは結構かっこよかったですよ」

「嬢ちゃん結構辛辣だな?!」


 アニキさんは元々名前が無いため『アニキ』と呼んでくれと言って回っていたが、どうやらマスクさんも同じ境遇らしい。

 どうりで雰囲気が似ていると思った。育った環境もそこそこ近いんだろう。


「うぅむ……俺もそこそこ美男子族の人間だと思うんだけどなぁ……」

「でも下手にカッコいいと怖い女の子にまとわりつかれますからね。アニキさんも大変そうでしたし、カッコいいのが良いとは限らないと思いますよ?」

「いやいや、可愛ければなんでもいいんだって。かわいい子にまとわりつかれる。最高じゃないの!」

「広範囲攻撃型で味方も巻き込みかねない魔法をスイーツ一つ冷やし忘れただけで放ってくるSランク冒険者の可愛い女の子ですけど大丈夫です?」

「アニキって奴やばくね?なんで生きてんのそれ?」


 それは私にも分からないことなのです。残念ながら。


「っと与太話はこの辺で良いとして着いたぜ嬢ちゃん。お仲間さんが中でお待ちだ」

「あ、え、えっと、ありがとうございますマスクさん」

「良いってことよ。っつぅか嬢ちゃんたちをこんな場所まで連れてきたのは俺達だしな。手ぇ出さねぇとはいえ監禁状態だ。謝るのはこっちの方よ」


 監禁、というと恐ろしいけれどマスクさんからは一切の害意も感じられない。

 ここまで話してきても、『優しそうな人だなぁ』ぐらいの印象しか受けないのだ。

 そのせいで若干感覚も麻痺しているけれど……


 そんな風に考えてマスクさんの方を見ると、マスクさんは相変わらずほんのりと笑ってこちらに優しく諭すような口調で言う。


「ん、悪いけど少しだけ我慢しててくれな。嬢ちゃんたちは絶対に無事で外に出してやるからよ」

「……大丈夫です。分かりました」


 マスクさんが私の言葉を聞いて頷くと、何もない壁に右手で触れる。


 と、次の瞬間だった。


「きゃっ……?!」

「おうおう。大丈夫だ怖がらなくても」


 ドロリ、と岩壁が水飴にでも変わってしまったかのように溶けてなくなる。

 魔法の詠唱も無く、何でもないように壁に触れただけだったのに。


 ……と、壁の向こうから明かりが漏れ出してきた。それだけではない。聞いたことのある声がいくつも--


「--テミル!」

「あ、団長s……ぅえっふ」

 

 急いで駆け寄ってきて私を抱きしめた団長さんのせいで言葉が途切れる。

 そんな私達を見て安心したかのようにマスクさんが言った。


「……よし、大丈夫そうだな。また食料は持ってくるからよ、なんかあったらいつでも呼んでくれや」

「あなたね……!いつまで皆を閉じ込めて……!」

「おうおう。団長さんは血気盛んだねぇ。退散退散……っと」

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」


 今度もまた、壁に溶けていくようにマスクさんがいなくなってしまった。

 それを見て団長さんは苛立たし気に鼻を鳴らす。


「ふんっ、もう二度と来るんじゃないわよ!ったく……テミル、大丈夫だった?何も変なことされてない?」

「……」

「ど、どうしたのテミル?まさか何かされたんじゃ……?!」


 返事をしない私を見て心配そうにする団長さん。ただ、残念ながらそれは違う。


「……いえ、ご飯を持って来てもらえるのならゴブリンのお肉とかも頼めばよかったなと……」

「な、何もされてないみたいで安心したわ……。とりあえずこっち来なさい。皆でもっかい現状をおさらいするから」


 団長さんに手を引かれて皆の中心へと進む。

 ちょっとした、出入り口の無い小部屋。

 劇団の人数としては十分な広さだ。


 明かりがいくつも灯った天井を見上げて私は先行きの見えない今後に思いを馳せるのだった。

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