治癒術師(どこでもゴリラ)
「お帰り、ミニモ、エテルノ」
「あぁ。物資はこれで十分か?」
「ちょっと待ってね……ん?こんなにたくさんのお肉を買ってきて、お金は足りたのかい?」
「エテルノさんが脅しをかけたから安く買えたんですよー」
「交渉しただけだ」
キャンプ地に戻ってきて出迎えてくれたフリオに、ミニモが人聞きの悪いことを言った。
全く、俺にしては最大限譲歩したほうだというのに。
そこまで責められる謂れは無いぞ。
フリオはフリオで苦笑いを浮かべた。
「その人には後で僕が謝っておくよ。さて、これだけ肉があるとなると……んー、腐っちゃうかな?」
「魔法で冷やしておけば大丈夫だろう。グリスティアはいないのか?」
「それがテントから出てきてくれないんだよね。どうも何かあったみたいで……」
グリスティアに何かあった、と言うと……シェピアとのことだろうか。
あの二人が話していたのは何のことだったか……?
「あー、それは『学園』について関係することか?」
「……どこでそれを?」
俺が『学園』と口にした途端フリオの様子が変わる。
普段はのほほんとしているのだが今は殺気、いや、殺気とは違うのだろう。焦りのようなものを感じる。
空気感も一気に緊張を増したな。
ここは誤魔化しておくべきか?
「……いや、以前そのようなことをグリスティアが言っていたのを思い出しただけだ。シェピアも似たようなことを言っていたな」
「そっか……。そんな気はしてたけど、やっぱりシェピアさんは関係者なんだね」
「で結局、何の話だ?学園がどうかしたのか?」
「悪いけど……それは僕からは話せない。グリスが自分で話すのを待ってくれないかい?」
深刻な表情で言うフリオ。やはりなにやらきな臭いものがあるようだな。
それについては異論はない。了承の意をフリオに伝えるとフリオは安心した様子を見せた。
「じゃあとりあえず、僕はグリスのところに行ってこようかな。ミニモ、きみはどうする?」
「そうですねぇ……エテルノさんとご一緒しましょうかね!」
「分かった。じゃあエテルノ、ミニモが危ないことしないように見張っておいてね!」
「あぁ。任せろ」
「なんで私が子供みたいな扱いをされてるんでしょうかね?」
うちのパーティーで一番何かをやらかしそうな気がするのはミニモだしな。
そうしてフリオが行ってしまい、俺たちが取り残されたわけだが……
「ミニモ、何かしなきゃいけないことあったか?」
「ないですね」
「……じゃあフィリミルにでも会いに行くか」
「あ、いいですねそれ。リリスちゃんにもお土産があるんですよ!」
ミニモがそういうのであればあの二人に会いに行くということで良さそうだな。
「ちなみにお土産は何にしたんだ?」
「お肉屋さんに貰った干し肉です」
「置いてけ」
***
「それで僕たちのところに来たと……」
「そうだ。まぁ用事があるわけじゃないから緊張しないでいいぞ」
「わー!リリスちゃーん!」
「ミニモさーん!」
リリスに飛び込んでいくミニモ、それを受け止めるリリス。
ミニモ、お前年上だろうにそんなんでいいのか。
というかこの二人はいつそんなに仲良くなったんだ。
俺が冷ややかな目でミニモを見ていると、フィリミルが言う。
「じゃあせっかくですし、稽古をつけてもらえないでしょうか?」
……稽古?
「はい。あの……やっぱり僕はまだまだなので、魔獣と戦う皆さんを見て頑張らなきゃな、と思ったので」
「……まぁいいぞ。暇だし、たまにはそういうこともしないとな」
駆け出し冒険者の指導は先輩の責務だ。
別にフィリミルのことが嫌いなわけでもないし、指導をするぐらいなら構わない。
俺がそう言うとフィリミルは笑顔を見せた。
「ありがとうございます!えーっと、それじゃあ……エテルノさんはなんの武器を使うんです?」
「なんでも一通りできるぞ。魔法も全属性使えるしな」
「えっ」
俺のスキルは『俺を追放した相手に追いつくことが簡単になる』というものだ。
剣の扱いに秀でている者に追放されれば努力次第で剣の扱いが上手くなりやすくなるし、魔法に秀でている者だったなら俺が頑張れば魔法が上手くなる。
なんならスキル持ちに追放された場合俺も同じスキルを身に着けられる可能性が生まれるのだ。
……つまり、追放されるのを繰り返したおかげで今の俺は一通りのことができるというわけだ。
「凄いですね……そんなになるまで、どれだけ練習したんです……?」
そんなことを知らないフィリミルは、全て俺の努力の結晶だと信じて疑わない。
スキルのおかげではあるのだが教えてやる気はないな。何しろ、自分のスキルを知られるということは基本的にろくなことが無い。
特に俺の場合は相手にバレてしまっては追放されなくなるかもしれないしな。
そんなわけでフィリミルに対しては誤魔化しておく。
「俺の場合は少し特殊だっただけだ。さ、お前は何を使うんだ?」
「えっと、じゃあ僕はレイピアを使うのでエテルノさんは大楯を使ってもらえませんか?」
「分かった。全力で来い!」
近くにあった大楯を構え、俺はフィリミルと向かい合うのだった。
***
「も、もう無理です……エテルノさん強すぎですよ……」
「ここまでやれるだけでも大したもんだ。回避能力については俺を越えてるかもしれないぞ」
「いえ、それはスキルのおかげなんですよ。攻撃だけなら読めるんですけどね。スキルに頼ってるだけじゃなんとも……」
俺との手合わせを繰り返してとうとうへたり込んだフィリミルに俺は声を掛けた。
そうか、そういえばフィリミルには先を読むスキルがあったな。戦闘面でも探索でも役に立つスキル、『先見』。
なかなかいいスキルを持っているじゃないか。
「おふかへははへふー」
「口の中に入ってるものを飲み込んでから喋れ」
何かを頬張りながら近寄ってきたのはミニモだ。リリスと何かを食べていたらしい。
まぁ何を食べていたって良いが、
「俺たちの分も残ってるんだろうな?」
「あ、やっぱりエテルノさんも食べたいんですか?」
「物によるな。美味しいのであればくれ」
「干し肉ですよ?」
「持ってきてたのか……」
俺は持ってくるなと言わなかったか?
いや、でもリリスは満足そうだしいいのか?いくら冒険者とはいえ干し肉を噛みちぎっている少女というのも中々な……
と、起き上がって来たフィリミルが額を伝う汗を拭いながら言う。
「あ、そういえばミニモさんって戦えるんです?治癒術師として凄い方なのは分かるんですけど……」
ミニモの戦闘力か。俺も気になるな。
「もちろん!ちょっと見ててくださいねー」
そういうとミニモは拳大の岩を探してきて――
「せやっ!!」
--握りつぶした。すごいな。俺でも魔法を使わないとできそうにないぞ。
それを見たフィリミルも開いた口がふさがらないでいる。
「え、えぇ……?」
「どうです?こんなこともできちゃうんですよ?」
「おいミニモ、今のはどうやったんだ?一瞬お前の腕が異常に膨れ上がったような気がしたが……」
「えーっとですね、これはいろいろとコツが必要なんですけど……」
ミニモの説明によると、人間の体の筋肉には超回復という仕組みが存在するらしい。
体の筋肉を疲労させると疲労が取れた時に筋肉が増える、という仕組みらしいのだがそれを自分の治癒術の応用で人為的に引き起こした、とのこと。
……つまりこいつは、治癒魔法でいつでも筋トレが可能なのだ。
「どこでもゴリラってわけか……」
「なんですかその不名誉なあだ名は?!」
「ミニモさん、あの、それって脂肪を無くすこともできたり……?」
「出来るよ!私も結構お世話になってるんだ!」
お前、結構食べるもんな。全然太ってないと思ったらそれが原因だったのか。
「……でも、」
「え、どうしたんです?」
「でも、脂肪をつけることは出来ないんだよね……」
そう呟くミニモ。見ている先は――いや、これは言わないでおいてやろう。
ミニモは、うん。自分の体形になにやら思うところがあるんだろうな。
何となく察した俺はミニモを無視してフィリミルとの訓練の続きに入るのであった。