お別れ会企画段階、新築牢獄建設中
「お、おい、テミルがどっか行っちまうって本当か?!」
「残念ながら、本当らしいわよ……」
「やべぇ、ゴブリンの調理方法まだ完成してねぇぞ……!?」
「そこなのか」
テミルが再び旅に出ると聞いて一番大きくリアクションをしたのはアニキだった。
明らかに残念がる方向性はズレているが。
彼は手を大きく振り乱しながら言う。
「当たり前だろ?!今テミルがどっか行っちまったら俺はあのゴブリンの死体の山をどうすればいいんだよ?!」
「いや、そこまで言うほどゴブリン倒してないだろ」
「お前らは広範囲魔法ぶっぱなすだけで良いからそこまで負担無いのかもしれねぇけどな、俺は一匹一匹大切に解体して研究してるわけよ……!」
「ちなみに今のところどんなのを作れたんだ?」
一応俺はゴブリンを研究するための資金をアニキに提供したわけだからな。
そこまで固執はしていないとはいえ使い道は気になる。
「いや、今のところ使い道になりそうなのが釣り餌ぐらいしかなくてだな……」
「釣り餌……?」
「あぁ。ゴブリンの肉は臭みが強いからな。臭いが強い餌はそこそこ食いつきが良いんだよ」
なるほど。だがあの量のゴブリンを全て餌に加工するという訳にも行くまい。
「肉の臭みがどうしても取れなくてな……。肉の硬さとかはどうにか出来たんだが……まぁそれを今後テミルと研究していく予定だったんだよ」
「テミルがこの町からいなくなって、ディアンも捕まってるってなると僕も話し相手がいなくなっちゃうね。寂しい気持ちはあるけど……」
「ま、引き留める訳にもいかないからな」
残念ながらテミルもテミルでやることがある。俺達の都合で引き留める訳にはいかないだろう。
アニキも黙り込み、グリスティアもシェピアの頭を撫でている。
なんとなくしんみりした空気になってしまっている、こんな空気でも関係なく発言できる人間がいた。
そう、ミニモである。
「じゃあお別れ会しなきゃですねぇ。皆さんいつ頃空いてます?」
ミニモに関してもテミルには懐いていたから、ショックを受けていないわけでは無いのだろう。
だがそんな状況でも飄々としていられる。こういうところに関してはやはりミニモは強いな。
もちろん、俺もそれに乗っかって発言することにする。
「どうせならサミエラとかリリスも呼びたいよな。テミルと仲が良かった奴は他に居たか?」
「……強いて言うならディアン、とかかな。ディアンは出てこられるかどうか分からないけど……」
そんなことを言っているのはフリオだ。
そうだな、ディアンとテミルが最後に会えるようにするのはいい考えだ。
問題はディアンは堂々と牢を出ることができないこと。今日のようにあいつがこっそりと抜け出してくるのは危険すぎる。
となると……
……いいアイデアが思い浮かび、思わず笑みがこぼれる。
「あ、エテルノさんがまた悪い顔してますね」
「いつものことよね。あ、でもそう言うことならディアンについてはエテルノに任せて良いのかしら?」
「あぁ、任せておけ。どうとでもしてやるさ」
魔法があればどうとでも、な!
***
「……何をしにきたんです?」
「いや、ちょっと下調べをな」
翌日、俺は再びディアンの牢までやってきていた。
ディアンは薄暗い牢の奥にうずくまっている。そんなディアンのすぐ前には空になった皿とそれを載せているトレー。
何か食べ終わったところだったのか。丁度いいタイミングだったな。
ディアンの視線を感じながら俺は牢の様子を調べる。
牢を調べ、牢を囲むように建てられた小屋は急ごしらえなだけあって壁から扉まで全て木製。
……かなり簡単に壊せそうだな。これならディアンが簡単に抜け出せたのも納得だ。
「エテルノ……あー、なんと呼べば?」
「呼び捨てで良いぞ。今更前みたいにさん付けされても気持ち悪いしな」
「……じゃあエテルノ、何やってるんです?正直こんな時にまでなって僕のところに来るのは理解できないですが」
「あぁ、ちょっと調査をな」
とりあえずはディアンの牢の強化からだな。
俺は杖をディアンの牢に向けると呪文を唱えた。
「……あぁ、そういうことですか。僕がもう脱走できないようにわざわざこんなところまで来るとは」
「もちろんそれもあるんだけどな」
土魔法の応用で鉄格子をより強靭に、床には石のタイルのような細工を施しておく。
前まではただのぼろい牢、と言った感じだったからな。これで一応牢としての体裁は保てたんじゃないか?
「ところでなんだがディアン、お前もう一度テミルに会う気は無いか?」
「……牢を補強しておいていうセリフじゃないと思いますけどね。ありませんよ」
「あぁ、そう。つかお前、テミルに会うのは最後だとか言ってたな。テミルがこの町を出るの知ってたのか?」
「それはまぁ。副ギルマスって言うのは町の情報が集まって来やすい物なんですよ。特別講演の日取りも、それが終わったら町を出ることも知ってましたとも。……捕まった後もテミルが来てくれましたしね」
それで、最後になるならとわざわざ脱獄を決行して、そのまま逃げることもできたのに律儀に牢まで戻って来たと。
「お前、やっぱり悪人じゃないよな」
「……はぁ?何を言って……人が偶然死ななかったにしろ、町を壊した大罪人ですよ?とち狂ったんですか?」
「いやいや、そんなことを言ったら俺の方がよっぽど悪人だってこの前も言ったろ?」
俺を追放した奴らを傷つけ、復讐に多くの人を巻き込んだ。
アニキなんかがその例だな。悪徳ギルマスだったとはいえアニキの悪事が明るみになったことであそこのギルドの冒険者たちは大きな苦境に立たされた。未だに間違ったことをしたとは思っていないが、彼らにとっては俺も立派な悪人だろう。
それに、俺のせいで死んだ人間も多い。
決して誇れる人生を送って来ていないのは確かだ。俺が死んだときも、間違いなく地獄に落ちるだろう。
「ま、悪人は悪人らしく生き抜いてやるさ。悪知恵だけはフリオにも勝ててると思うんだ」
「……?何を……」
小屋の壁に向けて杖を向けた俺にディアンが怪訝な目を向ける。
ま、それはそうだろう。だが気にすること無く俺は魔法の詠唱を始めた。
ここに来る前に仕込んだ特大魔法。その術式の前準備だ。
--俺は小屋の壁を魔法で吹き飛ばした。
「なっ……?!」
「いやぁ、すっきりしたな。前々からこの小屋は換気が悪いと思ってたんだよ」
次々と魔法を放ち、小屋の壁に穴を開けていく。いやぁ、すっきりするな。
深く息を吸い込むついでに上を見上げると青々とした空が見えた。
「な、しょ、正気ですか?!衛兵が来ますよ……?!」
「あ、それな。大丈夫だ。話は通してある」
そもそもディアンを捕まえたのは俺の功績だし、町を救った英雄のような立ち位置にあるのが今の俺だ。
奴らに俺の提案を断られるわけがない。
「さぁ、次に行くぞ……!」
集中。次の魔法は適当なことを考えながらでは失敗しかねない。
杖に魔力を集中させ、足を踏ん張る。
大丈夫、詠唱の呪文は暗記済みだ。
「--彼の者は求める。より堅牢なる其の地を。彼の者は求める。より煌々と燃える灯を。地に埋めし彼の者の魂よ、我が呼びかけに答え再び万物を守護する要塞を呼び起こさん--」
詠唱の一言一句を口にする度に魔力が杖に集中される。
その度に地面が震え、ディアンの牢を覆っていた小屋は振動に耐えられなかったのかバラバラと崩れ落ちてもう跡形もない。
まっさらな大地に、牢に入ったディアンと俺の二人。遠くに見える町のふもとに何事も無く談笑している町民の姿が見えた。
「何をして……!」
ディアンが腹立たし気に体を鉄格子に打ち付けるが、その程度で壊れるやわな作りにはしていない。
呪文の詠唱を終えた俺は杖の先端を、思い切り地面に叩きつける。
今までよりも更に激しく揺れる地面がせり上がり、盛り上がり、建物を形成していく。
変化は数分にも及び、地面を揺らし続け--
「あ、やべ……」
突然の眩暈に襲われその場に座り込む。
流石に魔力を使いすぎたか。行けると思ったんだが--
「悪いディアン、ミニモ呼んどいてくれ……」
「え、あ、ちょ、エテルノ?!何やってるんですエテルノ?!」
遠のいていく意識の中、俺はにやりと笑うのだった。