悪人×3
テミルの劇が終わった後、俺は広場にやってきていたディアンを追って裏路地まで入り込んでいた。
アニキと俺の二人で行く手を塞がれ、観念したような様子を見せるディアンは言う。
「テミルを見に来たのは、そうだね。その通りだよ。ただ、僕がわざわざテミルを見るためだけに脱走してくると思う?」
「思うけどな」
「頭おかしいんじゃないの君」
酷い言い草だな。ミニモと比べてみれば一目瞭然だろう。俺はどこもおかしくなぞない。
ただ、なんというか……誤解されがちなだけだ。
「そんでエテルノ、こいつどうすんだ?衛兵に突き出すか?」
そんなことを言っているのはアニキだ。アニキは未だにディアンを警戒しているのか、目を細めながらもいつでもスキルを発動できるようにしている。
だから、俺の答えを聞いてアニキが反発するのも当然のことだった。
「いや、衛兵には突き出さない。なんならこのまま無事に牢まで送り届ける」
「はぁ?!」
アニキの気持ちももちろん理解できる。アニキは店を一度壊されているわけだからな。
……のだが、俺自身ディアンはそこまで悪い人間では無いと思っている。
今回も他人に害を加えたわけでは無いのなら放置、と言う風にしようと思ったのだが--
「アニキのスキル使えば帰るのも楽だろ?せっかくだし助けてもらえよ」
「便利な隠れ家扱いしないでくれるか?」
「便利な隠れ家に移動できるスキルじゃなかったのか?」
「本来収納するだけのスキルですけど?!」
本来の使い方なんてほぼほぼしてないんだから一緒では?そう言ってみると、アニキはいつものように怒った。
「ちゃんと本来の使い方はしてるっての!お前らがやたら持ってくるゴブリンとかも収納してあるんだぞ?!」
「あぁ、そうなんだな」
「心からどうでも良さそうですね」
「ほら、あんまり騒ぐとバレるから声抑えろ」
「理不尽じゃね?!」
だから静かにしろと。
さて、俺達の様子を見ていたディアンだが、敵意が無いことを感じ取ったのかようやく話しかけてくる。
「牢に戻るのを助けてもらえるのは助かるんですが、理由が分かりませんね。何故なんです?」
「そうだぜエテルノ。従ってはやるが、理由だけはしっかり言ってもらわねぇと」
「そうだな……」
なんでなのか、と聞かれたら……
「なんでなんだろうな?」
「分からねぇのかよ……」
「今日はたまたま機嫌が良かったからとかじゃないか?」
「適当だな……」
まぁ実際そんなものだろう。機嫌が良ければ命乞いも聞き入れるし、機嫌が悪ければ問答無用で殺す。
行動すべてに意味が必要と言う訳でもない。
「強いて言うなら、アニキにも手を貸したんだからディアンにも手を貸してやらないと不公平になるだろ?」
「あぁ、それはまぁ……確かに……」
アニキも度合いで言うならディアンと遜色ないレベルの悪人だしな。
今でこそ丸くなっているものの、本来ならこんな町で店とか経営して問題がないような人間ではない。
俺だって同じだ。復讐のために、今まで何人の人間を傷つけてきたと思っているのか。
「まぁ悪人同士なんだから情を掛けてやろうってだけの話だな。それに、ディアンがこれ以上酷い環境に置かれるとフリオやらテミルやらが騒がしくなりかねない。そうなったらミニモやシェピア、グリスティアも……」
「あの二人に続いて騒がしくしだすだろうな……」
「そうなったら困るだろ……」
実は重要なのはそっちの部分だったりする。ミニモやらフリオやらを下手に刺激したくない。それが本音だ。
……もちろん、善意で手助けをしてやりたいって言うのもあるんだけどな?
「--分かりました。そういうことならお世話になります」
「おう。まぁ気にすんなよ」
一時的にだがディアンにアニキの配下に加わってもらい、スキルを発動する。
『収納』いつ見ても便利なスキルだ。しかもアニキはその効果を完璧に使いこなしているのだから凄い。
スキルの使い方次第で有用なスキルが更に有用なスキルに化けるというのは良くある話だが、ここまで使いこなしている人間も少ないだろう。
……惜しむらくはそのスキルを一時期悪事に使っていたことだが、俺もあまり人のことは言えないからな。
無駄なことを考えるのは止めにして、アニキと共にディアンの牢まで向かう。誰かが気づく前に、なんとしても無事送り届けようじゃないか。
「あっ」
と、そんな時だった。アニキがぼそりと呟く。
「どうした?」
「……いや、ゴブリンの死体収納しっぱなしだったから……ディアンが結構被害受けてるかもしれねぇ……」
「……なんでそんなになるまで放置しておいたんだよ」
「お前とミニモが散々持って来てくれやがったせいですけど?!」
その後、無事に牢まで送り届けることは出来たもののディアンがゴブリンの血やら何やらで酷い臭いになっており、散々文句を言われたのは言うまでもない。
***
「お、エテルノ、帰って来たかい?」
「あぁ。思ったよりも長引いてすまないな」
「いや、大丈夫だよ。さっきまで劇団長さんと話をしてたから暇では無かったし」
団長と話をしていた、となると……?
辺りを見渡すが、もう既に誰も居ない。
そんな俺の様子を見て察したのか、フリオが言う。
「あぁ、団長さんならもう帰ったよ。さすがにここでいつまでも喋ってちゃ後片付けが間に合わないってさ」
「まぁそうだろうな」
少し会ってみたかった気持ちはあるが、しょうがないことだ。諦めるとしよう。
「で、なんでグリスティアとシェピアはそんなに意気消沈してるんだ?」
「あ、それ聞いちゃうのかい?」
当たり前だ。気になるじゃないか。
俺が帰って来た時から、グリスティアとシェピアは死体のように観客席に寝っ転がっていた。
シェピアに至っては、一切動く様子が無い。ミニモがシェピアの頭の上にその辺の小石を拾って来て積み上げているのにも関わらず、無反応なのである。
どうしたんだこいつら。
「えぇと……なんかね、またテミルが旅に出ちゃうんだってさ。それで残念がってるらしくて」
あぁ、そういう。考えてみればテミルは旅の劇団の一員なわけだしな。予測していたことではあったが。
とはいえこのまま寝っ転がられていても迷惑をかけてしまうのでとりあえずシェピアを煽ってみる。
「……お前ら、友達少ないもんな。テミルがいなくなったら話し相手もほぼほぼいなくなるか」
「はぁ?!」
「あ、起きましたね」
掴みかかってくるシェピアを受け流しながら俺は今後の方針について考えるのだった。
しかし、テミルが旅に出るのか。また寂しくなるな。