カーテンコール
急作りの舞台、ボロボロのカーテンの奥から見たことのない女がひょっこり出てきて挨拶をする。
「お集まりいただいた皆さん、本日は我々の特別再公演となります!以前の講演では先日の町襲撃事件の首謀者でもあるバルドによって妨害を受けましたが、満を持して本日--」
「話が長いな」
「そうね。まぁ劇が良ければ何でもいいけど」
そんなことをぼやいているのはアニキとシェピア。
そんな二人と同じようにぼんやりと前口上を聞きながら俺は考える。
女は口ぶりから察するに『座長』か何かなのだろう。少なくともテミルよりは上の役職をしているようだな。
「--それでは長らくお待たせいたしました!本日初披露となる劇、『脱走王女と魔法のぬいぐるみ』を是非、楽しんで行ってね!」
そうして劇の幕は上がる。ゆっくり、ゆっくりと開かれるカーテンの奥にテミルの姿が見えた。
***
「いやぁ、凄かったですね!」
「だな。正直タイトルで一歩引いた見方をしていたが案外楽しめたな」
劇を終えて、ばらばらと観客が散っていく中で俺たちはまだ座って話を続けていた。
ミニモとシェピアとグリスティアは興奮最高潮、と言った感じだ。
こんな風に表現すると男勢は何とも思っていないように感じるが、そういうわけでも無い。
むしろかなり感心していると言って良い方だ。フリオに至っては最後の方では立ち上がって拍手までしていた。
テミルの演技も素晴らしい。正直見直した。
「いやぁ、それにしても凄いね。あのぬいぐるみ誰が動かしてるんだろう?」
「おそらくだが操作魔法だな。中々高度な動かし方をしていたが……グリスティア、何か感想あったか?」
「いや、劇の最中にそんなこと気にしないわよ普通。そんな見方してたらつまらなくなるじゃない」
ごもっともで。
今回の劇を簡単に言うと、とある少女が追放され、冒険者として成りあがっていく話だった。
ある国に生まれた王女が王国を追放されるも、仲良くなっていた秘宝のぬいぐるみに助けられ、時に皆を助けながらもどんどん強くなっていく。
追放については俺にも割と身に覚えがある話だ。劇を見ている最中にも思わず力が入った。
特にあれだ。悪役。あいつが過去に俺を追放した奴に重なって見えて結構イライラした。
そこまで感情移入してしまっている時点で、俺は十分にこの劇に引き込まれていたのだろう。
「テミルちゃんも可愛かったですねぇ」
「そうよ!そう!そこが言いたかったの私は!」
「シェピア、少し落ち着いて」
女子陣が話しているのはテミルの役について。
彼女が今回演じたのはそうだな……。準ヒロイン、と言ったところか。
テミルは病気を抱えたエルフの役を演じており、脱走した王女と魔法のぬいぐるみと共に行動していくことで徐々に癒されて行く、と言った感じだった。
おてんばな王女、王女に振り回されるぬいぐるみに加えてこのエルフがいたことが物語に厚みを出していたのではないだろうか。
にしても。
「あのぬいぐるみだが……どういう秘宝だったんだ?スキルも意思も持っていたようだが……」
未だにそんなことを気にしている俺にフリオが少々あきれたように言う。
「エテルノ、だから劇でそんなことを気にしても……」
「いや、そうなんだろうけどな」
そうだとしても、こういうところを気にしてしまうのが俺の性分だ。
あまり良くないとは分かっているのだ。だが人間、癖はそう簡単に治せない。
ふと、閃いた。
「そうだ、死霊術の応用で、ぬいぐるみを死体と考えて魂をぬいぐるみに宿らせることで……!」
「エテルノさん、それ多分禁忌な感じの魔法です」
「……おう。流石に実際にはやらないぞ?」
「ほんとですか?」
「お前俺を何だと思ってるんだよ……」
常識ぐらいは一応持っているつもりだ。おそらく可能、と言うことが分かったところでもう考えてるのはやめておこう。
「うわぁあああ!!皆さん!ど、どどどどどどどうでしたか?!」
「落ち着けテミル」
そんな会話をしている時だった。舞台の上からテミルがこちら側へと飛び降りて駆け寄ってくる。
なお、足ががっくがくに震えている。
「テミルちゃん!これ持って来たので食べてください!」
「うわぁ!ムカデだ!ミニモさんありがとうございます!」
テミルに抱き着くようにタックルを決めるとミニモはムカデを差し出した。
そしてそれを見て笑顔を引きつらせるグリスティア。
そういえばこいつは虫が苦手だったな。
「テミル、凄かったよ!感動した!!」
「あ、ありがとうござ……いえ、フリオ君にそう言ってもらえるなんて、う、嬉しい、です」
もうすでにここに居るメンバーはお祝いムードだ。
テミルもかなり皆と仲良くなっていたからな。皆が自分の事のようにテミルの快挙に喜び、褒めたたえている。
もちろん俺も多少なり祝ってやりたい気分ではあるのだが--
--遠くにいる、黒いマントを羽織って顔を隠していた人影を、俺は見逃さなかった。
「おい、アニキ、ちょっと行けるか?」
「あぁ?何……あぁ、いや、そういうことか。行けるぞ」
俺がマントの男を見つめているのを察し、アニキも観客席から立ち上がる。
「フリオ、悪いんだがちょっと行ってくる。できるだけ早く戻るから話しててくれ」
「え、え、うん、分かった」
フリオの答えをしっかりと聞いて、アニキと共に走り出す。
マントの男が俺達に気づいている様子は無いが、どことなく急いだ様子で裏路地へと入っていき、マントの黒さも相まって影に溶け込んでいくように消えた。
アニキが焦ったように言う。
「おいエテルノ!見失うぞ!」
「大丈夫だ。探知魔法……!」
グリスティアの使う物には劣るが、俺とて探知魔法を使うことができる。
対象が一人だけであれば、何の問題も無い。
探知魔法の反応が示したのは、
「そこの路地だ!挟み撃ちにするぞ!」
「分かった!俺が先に行く!」
立ち並んだ屋根を走り、アニキの姿が見えなくなる。
俺も人影の後を追った。追って、追って。そして--
***
走る、走る。そうだ、バレる前に戻らなければ。
本来ならこんなことをしただけでもバレれば殺されてもおかしくないことだ。
だって、僕は大罪人なんだから。早く牢に戻らなければ。
「……あぁ、でも、テミルがあんな風になるなんて」
それについては、見ることが出来て良かったと思う。
もう二度と、僕とは関わることの無いであろう彼女。そんな彼女の姿を見るのはこれで最後にしようと決めていたのだ。
あの劇を見ることが出来て、本当に良かった。
「--よう」
背後から声を掛けられ、咄嗟に振り向く。
そこにいたのは--
「エテルノ・バルヘント……?!」
「そんな顔するなよ。何もしやしない。ただ見かけたから声を掛けてみただけだ」
すぐに走って逃げようとするが、その先も既に塞がれていた。あれは確か、アニキと呼ばれていた男だ。
アニキが言った。
「よう、兄ちゃん。悪いんだけどここらで身ぐるみ全部置いていってくれや」
「おいアニキ、ややこしくなるだろ」
「悪い悪い。昔こんなことやってたなぁって思いだしてよ」
「それについては後で詳しく聞かせてもらって、場合によっては通報させてもらう」
「あ、やべ」
なるほど、挟み撃ちという訳だ。観念して僕は両手を上げた。
「分かった。もう好きにしてくれ。聞かれたことには何でも答えるとも。さて、まずは僕の好みの女の子のタイプでも聞くかい?」
「いやいや、俺としてはお前が随分と情に厚いタイプなんだなぁと思っただけだよ」
「……」
僕が何も言わずにいると、エテルノも両手をひらひらと手を振りながら言う。
「わざわざテミルを見に来るなんてな。案外いいところあるじゃないか。……なぁ、ディアン?」
人一人すらいない薄暗い裏路地に、エテルノの声が静かに響いたのだった。