アニキの店前(死屍累々)
「アニキ、こっち、こっちだよ!」
「お、おう、なんだ……?」
ある日の事。俺は俺の子分の一人である少年に連れられてサミエラの運営する孤児院へとやって来ていた。
町の崩壊に伴って破壊された孤児院は順調に再建が進んでおり、エテルノの奴によって以前大まかに魔法で再建されてからの細かいところの再建で、俺の子分が力を貸している。
なるほど、こうしてみると以前の孤児院よりもいい感じになったんじゃないか?
以前は随分ぼろい……というか古びた感じの孤児院だったからな。リフォームしたと言われても信じられる感じの見た目だ。
そんな孤児院の中を子分に手を引かれて俺は進む。
孤児院の子供たちの視線が痛い。
「で、なんなんだよ急に呼び出して。来るには来たが俺も忙しいんだからな?」
「分かってるって!大丈夫、アニキに損はさせないよ!」
最近の俺は相当に多忙な身の上だ。
店のことはシェピアや子分たちが手伝ってくれているとはいえ、経営方針の最終的な決定権は俺にあるままなのだから大変である。
しかもそんな中でゴブリンの食べ方なんて物まで研究しているのだからどうしようもない。とにかく時間が足りない。
と、子分に手を引かれてやってきたのは……
「誰の部屋だ……?お前ら、サミエラに部屋使う許可取ったのかよ?」
「取ったよー」
まぁそう言うことなら良いが……。
扉を開くとそこに居たのは覆面を付けた少女。
「--ようこそ、アニキさん」
「……テミルか?」
「いえ、私は……謎の覆面少女です」
「いやお前声からしてテミル……」
「いえ、違います」
テミルの声ではあるが、テミルではないらしい。
「なんだ?俺を呼び出したのはどういう了見だ?」
「あ、いえ、み、ミニモちゃんからアニキさんがゴブリンの食べ方を調べているとお聞きしたので……」
「そこは隠さないのな」
覆面少女のくせに詰めが甘いぞテミルよ。
と、謎の仮面少女は言った。
「私結構そういう魔獣食詳しいので、もし良かったら私も協力させてもらえないかなと」
「本当か?!」
「うわ、え、あ、はい、是非」
思わず大きな声を出してしまったが、本当に助かる。
俺もゴブリンを食べたことはそうそう無かったからな。
経験者と言うかそういう専門みたいな人間は探していたところだったのだ。
その点、テミルならぴったりだ。こいつは確か、以前地下道に行った時にムカデの素揚げだかなんだかを食べていたからな。
そういうゲテモノ専門家みたいなイメージはある。
「な、何か心外なこと思われてませんかね……?」
「大丈夫だ!是非頼む!」
「は、はい。えっと、アニキさん、繰り返しになるんですけど私の生まれた孤児院を助けてくれて、本当にありがとうございました」
「……まぁ、な。孤児院自体は壊されちまったが、何とかなると良いよな」
町が襲われた時、俺は孤児院の皆をスキルで匿っていた。テミルが言っているのはそう言うことだろう。
とはいえ孤児院は壊されてしまったので誇れることでは無いだろう。
「とにかく、私はそのお礼がしたいんです。今回のお手伝いもその一環と言うことで!」
「そうか、ありがとな」
「はい。まぁそれだけじゃなく、そ、その、こちらもあります」
テミルが何やら小さめの封筒を差し出してくる。中身は--
「チケット、か……?」
「は、はい。今度この町で劇をするんですけど、私も参加するので……」
あぁ、そういえばテミルは劇をやっていると言っていたな。
彼女は各地を旅する劇団の一員であり、たまたま自身の出身であるこの町に帰って来たところで今回の騒動に巻き込まれた。
中々災難なことだ。
「あ、そういえばなんでテミルは劇を始めたんだ?」
「いえ私は覆面少女ですけど」
「そこは徹底するんだな……」
「えっと……私はディアン君とかフリオ君についていくだけじゃ駄目だ、って思ってた時期があって、そんな時に街に来てた劇団を見たんですよね。劇の上だと本当に、演者の人も別人みたいで、私もあんな風に慣れたらなって思った……のがきっかけ、ですかね?」
ディアンか。そういえばフリオとディアン、テミルはここの孤児院出身なんだったな。
「ほ、ほら、私って結構どもりがちというか、緊張しがちじゃないですか!そう言うのも舞台に立ってみたら治るかなって!」
「今はどっちかと言うとゲテモノ食いの印象が強いけどな」
まぁ、テミルもテミルで色々考えてるんだな。
それが伝わってくるような話し方だった。
「そんなわけで、お、お世話になった皆さんにも私の劇を見に来て欲しいなと思ったんです。シェピアさんとかと一緒に」
「シェピアか……」
あいつも働きどおしだったからな。いい機会だ。たまには休ませてやっても良いかもしれない。
「分かった。行くよ」
「本当ですか?!」
「あぁ。っと、それだったらエテルノの奴も誘ったらどうだ?」
「あ、エテルノさんを誘ったら断られたので……」
あぁ、そういえばあいつそう言う奴だったな。エテルノは基本人付き合いが良くない。
最近は結構変わってきている感じがあったために忘れかけていたがあいつはそれがデフォルトだ。
「……そんなわけで、ミニモさんに二人分渡しておきました!」
「……」
「な、なんでしょうその顔……」
「いや……お前引っ込み思案なくせにたまにあくどいよな……」
ミニモなら間違いなくエテルノを引きずってくるだろうからな。
あいつも大概災難なものだ。シェピアとミニモ、どちらの相手が大変なのだろうか。
……大変さのベクトルが違うような気もするので何とも言えないが。
と、部屋の扉が急に開けられ、サミエラが入ってくる。
「あっ」
「……」
サミエラは部屋の中を見渡し、俺とテミルの顔を何回か見合わせると言った。
「……お、お邪魔したのぉ」
「いや待って待って」
確かに気持ちは分かるけども。テミルとか覆面被ってて怪しさ半端ないけども。待ってくれ。俺は何もしてないんだ。
「あ、それとお主。女難と食べ物に関する災難に見舞われる感じじゃぞ」
「顔合わせて早々変なこと予言しないでくれる?!」
サミエラは特に、『未来視』なんて仰々しいスキルを持っているから聞きたくなかった。
あと、現在進行形でそういう状況に陥ってんだよ。
***
「うぇぇ……疲れたぁ……」
サミエラの誤解を解き終えて帰り道、俺は魔獣肉店まで向かっていた。
今日はこの後シェピアに劇のチケットを渡そうと思ったのだが、一度スイーツ店に向かったらずいぶん忙しそうだったのだ。
渡すのは今度で良いか、と考えて今に至る。
「よく考えたらシェピアに絡まれなくて済むわけだしな!よし、久々に羽でも伸ばし--」
と、店の方が妙に騒がしい。
嫌な予感がして店の方へ走っていくと、人だかりが出来ていた。
「……えぇ……?」
店の目の前の人だかり、その中心にはゴブリンの山。
なるほど、死屍累々ってこういうことを言うのか。
「……じゃねぇけど?!またやってくれやがったなくそぅ!!」
許すまじエテルノ。
いや、やったのはミニモなんだろうけど!しっかり手綱は握っておいてくれよ!
俺の叫びは夕焼けの鮮やかな空に溶けていくのだった。勘弁してくれ、ほんと。