肉屋(元ゴロツキ)
外道主人公より主人公らしい肉屋の話です。
新たな街にやって来て数週間、俺たちの事業は順調に拡大していた。
今日も同様だ。机に向かい合って書類を片付けていた俺に子分が声をかけてきた。
「兄貴!外回り終わりました!」
「あぁ、悪いな。お前らばっか働かせちまって」
「いいんすよそんなの!俺たちは頭悪ぃから兄貴がいないとこんな良い暮らし、出来てたわけないんすから!今の人生があるのは兄貴のお陰っス!」
「そうか……ありがとうな、お前ら」
俺たちはあの男から逃れてこの町へやって来て、ある小さな肉屋を営んでいた。
もちろんただの肉屋ではない。仕入れ先も確保できていない現状では店を大々的に開くのはリスクが多すぎるからな。
だから俺たちがとったのは「新鮮な魔獣の肉」を一部の好事家だけに売る、という方法だった。
「兄貴!グレイターボア七㎏注文入りました!」
「おう、ちょっと待ってな」
店裏のちょっとしたスペースに出て俺のスキルを展開する。
チートスキル『収納』。
異空間と接続し、俺の所有物をそこへしまい込むことができるスキルだ。
もちろん容量はあるが、ざっと屋敷一つ分の面積まではしまい込むことができる。
この能力をフル活用して俺はギルドマスターまでのし上がったのだ。
「……その努力もあの男が来た瞬間無に帰ったんだけどな」
エテルノのせいでギルマスから叩き落とされた苦い記憶を思い出してしまって自然と顔が強張ってしまう。
『収納』によって現れた空間の裂け目に、俺は声を掛けた。
「はいはーい。兄貴、今度はなんの御用で?」
と、中から俺の子分の一人が出てくる。一応子分も俺の所有物という判定らしく、俺のスキル内で生活することができるのだ。
何気に子分たちの分の住居を用意する必要がなくなったため非常に助かっている。
「グレイターボアの注文だ。用意してくれ」
「了解っす!」
さっと収納空間の内側に引っ込む子分。全く、よく働くものだ。
五分ほどで子分が檻を運んでくる。中には生きたグレイターボア。
そう、俺たちは魔獣を捕らえ、注文が入るまで異空間に収納しておくことで新鮮な肉をいつでも販売できる仕組みを作り上げたのだ。
「兄貴兄貴!あーしらは何してればいい?なんでもやるよ!」
ボアの檻の上に乗っかっている子供が楽しそうにはしゃいで、質問してくる。
この子は俺が路地裏を歩いていた時に拾った捨て子の一人だ。子分たちにも中々よく懐いている。
「ヒナか。……そうだなァ。この店を宣伝するためのポスターを作りたいと思っていたんだけどよ、やってくれるか?」
「うん!あーしに任せといてよ!キルト、行くわよ!」
「えぇ?!兄貴、これどうすれば……?」
「行ってやれ。檻は別に俺一人でも運べるさ」
ヒナが近くに立っていた俺の子分の一人、キルトの服の裾を引っ張っている。
まぁキルトが居なくても俺は問題は無いからな。
キルトにはしっかりヒナの世話をしておいてもらおう。
檻を運び、魔獣を屠殺しておく。
解体は子分に任せて俺は接客でもするとしようか。
そんな風に考えて店の入り口に立った時、子分が店に駆け戻ってきた。
「あ、兄貴!これ!」
「ん、どうしたんだよそんなに慌てて……?」
子分が手に持っていたのは貼り紙だ。
いろいろと書いてあるがこれは……
「ダンジョンの中の町……?」
「そうですよ!ここらの商人たちはみんな店を出すみたいです!一世一代の大儲けのチャンスだって!」
「ふむ……」
いいかもしれないな。ダンジョン内で店を出すときに課題になる、商品の搬入方法は俺のスキルで楽々クリアだ。
それにダンジョン内で手に入る珍しい魔獣の肉も、地上に運んでくれば高値で売れるかもしれない。
「……よし!今入ってる注文をこなしたらしばらく店じまいだ!俺たちもダンジョンに行くぞ!」
「了解です兄貴!」
よし、まずは商品の仕入れと行こうじゃないか!
そうして俺たちはすぐに店じまいをし、注文を片付け、森へと向かった。
もちろん森に住み着いた魔獣を捕らえ、収納しておくために。
***
「……いやぁ、しっかし儲かるなぁ。ダンジョンの中ってのがここまで儲かるとは思わなかったぜ」
「ですねぇ。こんだけ金がありゃ支店を出すことだって……」
ダンジョン内に店を構えた俺たちの商売は現在、とんでもなく順調だった。
ダンジョンに運んでくる時点で肉ってのはどうしても鮮度が落ちるからな。
そんな中で新鮮な肉を大量に売ることのできるこの店は調査隊に大人気だ。
「ボスー!見てこれ!前に頼まれてたポスターが完成したの!」
「おう、こりゃいい出来じゃねぇか。キルト、お前もご苦労さん」
「いえいえ、ヒナの頑張りに比べちゃどうってことありませんよ」
ギルドマスターをやっていた時の俺は一人で、スキルを使って金儲けをすることばかり考えていたからな。
こんな風に子分や子供たちといられる今の生活が凄く充実したものに感じられるのはそのせいだろうか。しんみりした気分にさせられる。
と、子分が大慌てで駆け込んできた。必死の形相は明らかに俺達の和やかな雰囲気と釣り合っていなかった。
「あ、兄貴ぃ!みみみ店に!ででで出たんです!」
「ったく、そんなに焦って何が出たんだよ。魔獣でも出たかぁ?」
しょうがないな。この俺がなんとかして――
「よう。久しぶり」
「なぁんっ?!え、エテルノ・バルヘントォ?!」
瞬間、俺は死を覚悟した。
***
「なるほど、それで今は子分たちと一緒に肉屋をやっていると」
「は、はい……」
「俺から盗んだ金を元手にか」
「うっ……」
お、怒っていらっしゃる……。そりゃそうか、そうだよな。店を開けるほどの金を持ち逃げされたら俺だって怒るわ。
「そ、その件についてはほんとにすまねぇと思ってるんだ。いや、ほんとだぜ……」
「それなら行動で示せ」
「あ、あのぉ、エテルノさん?また知り合いの人を虐めて……」
「俺はこいつの契約の不履行を責めているだけだ。冒険者の間では信用が大事なのはお前も知っているだろう?」
全く、おっしゃる通りで。はい。
だが商売は今のところ順調、この調子なら今すぐは無理でもすぐにエテルノから奪ってしまった金を返すことができるだろう。それを伝えると――
「だからなんだ。俺はお前らに金を貸していたわけでは無いんだぞ」
「で、ですよねぇ……」
とはいえ俺には子分たちの面倒を見る義務がある。かくなる上は……
「わ、分かった。俺の命でも何でも持っていくと良い。金も後で子分たちに必ず返させる。だからこの店と子分たちには手を出さないでくれると嬉しいんだが……」
「……なるほど。だが言っている意味は分かってるのか?」
もちろんだ。俺とて命は惜しいがそれに代えてでも守らなくてはいけないものができた。それだけの話だ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なっ……!」
俺とエテルノの間に小さな影が飛び込んで来た。確認するまでも無く、ヒナだ。
その小さな手には俺が制作を頼んだポスターが握られており、ヒナがポスターに描いてくれた俺の似顔絵が握りしめられたしわくちゃになっていた。
エテルノは、怪訝そうな目でヒナを見つめる。
「……なんだ?このガキは?」
「お、おいヒナ、やめろ!」
「やめないもん!ボスはあーしの恩人なんだ!こんな外道にやられてたまるか!」
「え、エテルノさ……!げ、外道って……!」
「おいこら、笑うなミニモ」
ヒナのその気持ちは嬉しいが……それでもだめだ。
エテルノは冷徹だが理に反したことは何一つとして言っていない。今回の件も非は明らかにこちら側にあるのだ。だから――
「さっきからお前らは何を勘違いしてるんだ。俺は別に殺すだなんて言っていないぞ」
「え?」
俺が覚悟を決めると、エテルノはなんでもなさげに言った。
「この店の根幹には多分、お前のスキルが関わってるな?そうでもないとこんなダンジョンで新鮮な肉は出せないだろう。なのにお前が死んでどうする。店が成り立たなくなるぞ」
確かにその通りだ。そういえばエテルノは俺のスキルを知っていたか。
「ま、金の支払いはきっちりしてもらうが、待ってやってもいいと思っている。その代わりと言ってはなんだが肉を安く卸してもらえないか?」
「なっ、そ、それだけでいいのか?」
「あぁ。だが肉に毒でも混ぜたら承知しないぞ」
「わ、分かった!今すぐ用意しよう!」
どうにも奴の心境は読めないが、命は助かったらしい。
はぁ、と思わずため息が出て座り込んでしまう。
命が助かった安心感も大きいが、何よりも。
「ボス、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。お前のおかげだよ」
ヒナが、無事でよかった。
頭をなでてやると彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。
……よし、更に仕事を頑張ってエテルノに金を返し、子分たちも幸せにしてやらなくてはな。
「よぉしお前ら!これからも全力で行くぞォ!」
「イエッサー兄貴!」
俺たちの人生はまだ始まったばかりなのだ。
まだまだやれる。頑張ってやろうじゃねぇか!