駆け出し冒険者講習会
ギルドに金属音が響き、一瞬の後に大歓声が湧き上がる。
「おおぉおおお!!やったぞ!〈おんぶにだっこ〉のエテルノがやったぞ!!」
「だからその呼び方やめろと」
ブレスレットが壊れたのはイギルの方だ。穴から引きずり出され、イギルは壁際に叩きつけられていた。
ブレスレットが攻撃を無効化したとはいえ、壁がへこむレベルの一撃。痛そうだ。
「エテルノ君、何をしてたんだい……?あの距離で魔法を使う余裕があるとは思えなかったんだけど……」
「まぁ確かにな」
イギルが穴から急に攻撃してきたときは焦った。本来ならまともに攻撃を食らい、負けていたのは俺だったのだろう。
今回そうならなかったのは、事前に備えていたからだ。
「ほら、戦う前に少し喋ったりしてただろ?その隙にちょっと細工をな」
具体的には、魔法をすぐに発動できるように床下にセッティングしていたのだ。
その甲斐もあって咄嗟に魔法を発動させるだけで難を逃れることができた。
「そっちからかかってこなかったのは用意してたから、ってわけだね……せこいことするね……」
「勝負に正々堂々も何もあるか。そもそも俺はこういう姑息さを評価されてSランクになれたんだろうが」
「違いない。しっかしまぁ君の使う手はことごとく幻術と相性が良さそうだね」
「それは確かにな」
俺は幻術の一種である『透明化魔法』についてはそこそこ使っていたりする。
作戦の前準備をするにあたってこれほど都合が良い魔法も無いのだ。愛用している魔法の一つなのである。
「エテルノさん!お疲れさまでした!」
「ん、ミニモか。……っと、お茶ありがとな」
ミニモが飲み物を持って来てくれたので受け取ってイギルにも渡す。
短時間と言えど体も動かしたし頭も使った。汗もかくという物だろう。この時だけは純粋にミニモの心遣いに感謝しよう。
「あ、タオルもありますよ」
「お、ありが--」
……これ多分俺のタオルだな。なんか見覚えあるし。
ちら、とミニモの方を見てみると、『あ、やべ』とでも言いたげな顔をしていた。
いや、盗ってたのは知ってたけどな?持ち歩いてるとまでは思わなかったぞ?
「……あ、ありがとな」
ちなみにこの場の正解は、『気づかないふり』である。イギルもいるこの場で事を荒立てても仕方がない。
なんならミニモに盗られたものが帰ってくるのは諦めてたし、無理に取り返す必要も無いしな。
「あー、と、ところでイギル、駆け出し共には何か言わなくていいのか?」
「あ、そうだね。えっと皆!今見てもらった通り、エテルノは凄く強いし頭も回るんだ!おんぶにだっこって感じじゃないから以後その呼び方は出来るだけ控えてくれると嬉しいな!」
「いや、絶対控えてくれよ。頼むぞお前ら」
イギルの言葉に被せるようにして念を押しておく。
冒険者たちは何度も頷いていた。
「あ、ところでミニモちゃん、君が僕と戦うとしたらどうしてた?」
「え、私ですか?」
イギルがミニモにそんなことを聞きだした。
俺も、水分を補給しながらその会話に耳を傾ける。
「うん、他の皆も知りたいだろうと思ってね。駆け出しだからこそ色んな戦法を知っておくことは大切だと思うんだ」
それはまぁそうだな。
ミニモも納得した様子で、こう答えた。
「そうですね……まず、私が刺されるじゃないですか」
「いきなり勝負が終わったな」
刺されたら終わりだろうに、何を言っているんだこいつは。
「で、そしたらこう、刺してきたら剣を掴んで、イギルさんを捕まえます」
「んん……?」
「そしたら自分の傷を治癒して、ボコボコですかね」
それ多分お前にしかできない戦法だぞミニモ。
そういう治癒術師特有の脳筋思考はやめろ。
それを聞いて、イギルは満足げに頷くと冒険者達の方に向き直った。
「という訳で、皆もミニモさんは絶対倒せないから迂闊に手を出さないようにね!」
「ひでぇ言い草だな」
「ほんとですよ。人を化け物みたいな言い方しないで欲しいですね!」
「十分に化け物だよ」
見事にミニモと関わろうとする冒険者への注意喚起になったようで何よりである。
どっちの味方なんだ、と恨みがましい目でミニモに見られているが、強いて言うなら駆け出し冒険者達の味方だよ。
だってお前、味方なんていても居なくても無茶苦茶なことするじゃないか。
そんなこんなで無事にギルドでの模擬戦は終わり、ブレスレットが冒険者達の手に渡っていく。
良かった。これで駆け出し冒険者達の被害も減るな。
「あ、ミニモ、さっきの話なんだが……」
「さっきの、ですか?」
「あぁ。イギル相手なら対応できるかもしれないが、遠くから魔法を撃ちこんでくるタイプの相手と戦う時はどうするのかと思ってな」
「あぁ、そういうことですか」
実際、ミニモは肉弾戦をしているところしか見たことが無い。
その異常な治癒魔法と治癒魔法を応用した自己強化で立ち回っているが、遠距離にいる敵と戦う場合はどうするのだろうか。
「んー、と、治癒を繰り返しながら近寄る、っていうのはありです?」
「お前なら出来そうだが無しで頼む」
うん、出来そうなんだよな。それが怖い。
「じゃああれですかね。逃げて仲間を呼びます」
「あれ、思ったより常識的だった」
「エテルノさんは私を何だと思ってるんです?!」
狂人脳筋ゴリラだと思ってました。この認識を改める気はありません。
「と言うかだな、治癒術を使ったとしても攻撃されれば痛いだろう?」
「まぁ、痛いですね」
「お前随分無茶苦茶な戦法してるが、きつくないのか……?」
「ほんとにそこら辺は慣れですよ。何回もやってれば痛くても耐えられるようになりますから。……それにそれに、痛みを減らす魔法も併用しているので大丈夫です!」
そんなことを言うミニモの目に、一瞬何かを懐かしむような色がよぎったと思うのは俺の勘違いだったのだろうか。
気づけば、ミニモはいつも通りの陽気な雰囲気に戻っていた。
「さぁエテルノさん!今日はこれから何をしましょうか!ゴブリン肉でも仕入れてきますか?!」
「アニキが泣いて喜びそうだな」
喜ぶかはともかく泣くだろうな間違いなく。目に浮かぶようだ。可哀そうに。
「じゃ、行くとするか。ゴブリン退治に」
「ですね!あ、じゃあ私グリスちゃん呼んできます!」
「おう。まぁどうせその辺をフリオとほっつき歩いてんだろ」
走っていくミニモの後ろ姿を見て考える。
ミニモの性格は正直よく分からない。彼女は掴みにくい人間性をしている。
俺の物をなぜか持って行ったり、身を削るような無茶苦茶な戦い方をしたりする。
……だが、
「悪い奴ではないんだよなぁ……」
思い出すのは過去、俺が共に旅をしたトヘナの事。
彼女が言っていた言葉を頭の中で反芻する。
「『いつか愛されたなら、その人を大切にーー』か」
今の俺は、愛されているのだろうか?
そんな感慨は、ミニモがテーブルの上に遺していった俺のハンカチ(ミニモに盗られていた奴)を見て一瞬にして吹き飛んだ。
このあとミニモとエテルノは模擬戦で壊されまくったギルドの後片付けを手伝わされました。