異名撤回をかけて
「やぁやぁ、エテルノ君。すまないね急に呼んじゃって」
「全然心から謝ってないなお前」
「バレた?」
「当たり前だろ」
イギルの前に引きずられていくと話しかけられたため、世間話程度の感覚で返しておく。
俺からしてみれば、太ったギルド長と一般人の普通の会話だ。
だが、冒険者達の目にはただの世間話に映らなかったらしい。
みるみる内に、ギルド内にざわめきが広がっていく。
「おい、あいつギルド長にあんな啖呵切ってるぞ!誰なんだ一体……!」
「ばっかお前、知らねぇのかよ?!」
ふむ、俺もそこそこ名が売れ始めているらしいな。こっそりと俺は聞き耳を立てた。
「ほら、あの『おんぶにだっこのエテルノ・バルヘント』だよ!知ってんだろ?!」
「マジか?!」
「ん?」
ちょ、ちょっと待て、今なんて?
「お、おいそこのお前、今他の冒険者がなんて言ってたか聞こえたか?」
「ひひゃい?!」
「あー、その、な。怒らないから教えてくれ。頼む」
俺達を取り囲むように見ていた冒険者達の前列にいた冒険者に言ってみる。おとなしそうな少女だ。
少女はどもりながらも答えた。
「え、えっと、お、『おんぶにだっこのエテルノ・バルヘント』、です……」
「なんだその異名……」
無駄に語感が良いのが腹立つが、なんでそんな異名がついたんだ?
「え、えっと、その、エテルノさん、の後ろにいるミニモさんが、エテルノさんを担いで町を歩いてたので……」
ギギギ、とでも音がしそうなぎこちなさでゆっくりとミニモの方を振り向く。
そこにあったのは、ミニモの楽しそうな笑顔。
思わず俺はミニモの肩を掴んでグラグラと揺らした。
「こんの馬鹿!なんてことしてくれたんだお前ぇぇぇぇえ!!」
「あは、ははははちょ、ちょっと待って下さ……あはは!えて、エテルノさん落ち着、落ち着いてください!大丈夫です。異名は他にもありますから!」
「っはぁ、はぁ……本当だな……?まともな奴で頼むぞ……」
息を切らして、ミニモに聞いてみる。
流石にこの異名は風評被害が過ぎるぞ。
「そうですね……あ、『蜂蜜ロリコン怪人』なんてものもありましたよ」
「なんでその異名ならいけると思ったんだお前」
その異名は前にも聞いた。俺がサミエラを追いかけまわしてたのを誤解されたことによって町の七不思議にまで発展してしまった話だな。
「最悪だよほんとによ……」
「元気だしなよエテルノ君。冒険者なんてそんな物さ」
「……イギル、この勝負俺が勝ったら全ての異名を撤回することは可能か?」
「まぁギルド長に勝ったって噂を流せば多少は悪いイメージも払しょくできると思うけど……」
「分かった、この勝負受けようじゃないか……」
こうして、俺とイギルの一戦が決まったのだった。
最悪だよ。ほんと。
***
「エテルノ君、ブレスレットは大丈夫そうかな?
「……あぁ。大丈夫だ」
ブレスレットを弄りながら俺は言う。戦いの最中に外れるようなことは無いと思う。大丈夫。
「じゃ、始めようか。エテルノ君の武器はいつも使ってるそれでいいのかな?」
「ん、大丈夫だ。こっちから仕掛けて良いんだよな?」
「そうしようか。さっきの子もあれだったから公平に行こうじゃないか」
「了解だ」
さて、もう仕掛けても良いのだが……
「エテルノ君、来ないのかい?」
「いや、どうしようかと思ってな」
「そう、じゃ、こっちから行くよ!」
「え、お前ちょっと、俺から行くって話はどうし--」
まばたきの隙に距離を詰められ、急いで対応を考える。
そう、確かイギルの魔法は幻術だ。
先ほどの冒険者がイギルに負けたのはおそらくイギルの居た場所が実際に目に見えていた場所とずれていたから。
であれば--
「--広範囲魔法だな」
まずは駆け出し冒険者達に危害が及ばないように結界を張り、一定範囲内で魔法が収まるようにする。
その次は俺を中心として、そうだな。ここなら--
「我が元へ現れよ!『竜骨生克結晶』!!」
「うぉわ?!危な?!」
イギルの声が聞こえてきたのはやはり俺の背後。
やはり、先ほどまで俺に迫って来ていた刃は偽物か。下手に目に見える刃を避けようとすると背後からくる刃に気づけないという戦法。
だが、広範囲魔法なら幻覚で居場所が分からずとも関係なく全部の場所に攻撃できるからな。
しかも結界を張ったおかげでこの結界の外にイギルが逃げ出すことはない。
「さぁ、もう逃げられないぞ。俺の異名を撤回してもらおうじゃないか」
「いや、だからそんなことを言われても困るというか……」
「じゃあさっさと倒す」
「エテルノ君ってそんな野蛮な感じだったっけ」
今は気が立っているからな。しょうがない。
イギルにさっさと負けを認めてもらおうじゃないか。
「さ、観念したらどうだ。今のところ俺が優勢だぞ」
「それはどうかな?」
「……む……」
イギルが姿を変え、幾人にも増える。
いや、それだけではない。先ほどイギルが立っていた場所にはフリオやらミニモやらグリスティアやらが立っていた。
イギルは言う。
「さぁ、君は簡単に仲間を傷つけられるかな……!」
「まぁ割と普通に」
魔法を放って近場に居たミニモ(幻覚)を消し飛ばす。
うん、なんか腹立つし念入りに攻撃しとこう。
イギルが若干引き気味で言った。
「無慈悲だね君」
「別に普通だろ。本物だったら多少躊躇してるぞ」
「躊躇ってことは攻撃しないわけでは無いんだね」
まぁ殺しはしないがな。拘束するためにも一度弱らせなければいけないので多少の攻撃は許して欲しいものだ。
「ん……?」
気づけばイギルの姿が見えない。
先ほどまでイギルが化けていたであろうフリオ達の幻覚も今となっては全て消えており、俺の周りからは全てが無くなっていた。
「まぁ広範囲魔法を使えば関係ないんだが--」
再びの魔法。だが、手ごたえは無い。
「おかしいな。イギルの奴はどこに--」
一歩、足を踏み出した時だった。足元が宙に浮き、バランスを崩す。
いや、穴が開いているのだ。
幻覚で床板があるように見えていたが、違う。知らぬ間に落とし穴が彫られていた。
そんな穴の奥できらめくのはイギルの武器、魔法で生み出された短剣。
「エテルノ君、これで終わりだよ……!」
皆が息を飲んで戦いの行方を見つめている無音のギルドに、壊れたブレスレットの落ちる金属音が響いた。