スライム(鉄鎧)
とある休日のことだ。
雲一つない空模様だというのに、俺は室内で魔道具作りに熱中していた。
「……」
魔道具、それは一般的にもそこそこ広まっている、魔法を使った便利な道具の総称だ。
例えば魔力が込めてあり誰でも扱える照明。大きいものでは魔力で動く乗り物なんて物もあるな。
どれも便利で、俺もちょくちょく使っていたりする。
ただ、戦闘で使われることは一切無いのが欠点と言えば欠点だな。
それには理由がある。
「……ん、これは駄目だな。大きすぎる」
俺はそれまで削っていたを金属片を机の横に押しやった。
そう、魔道具の欠点とはその大きさにある。
戦闘で使う時、わざわざかさばる様な物を持ち歩く人間はそうそういない。無駄にかさばる魔道具を持ち歩いたところで上手く戦えずに魔獣にやられるのが関の山。
そんなことをするぐらいならもっと魔法を練習したほうが手っ取り早いのだ。
「もっと小型にするには……魔法陣を更に小さく……」
では、魔道具を使う冒険者とはいったいどんな冒険者か。
こちらも答えは簡単。魔道具を使っているのは魔法の使えない冒険者だ。
例えば駆け出しの冒険者。彼らの扱う魔法は未熟であり、魔道具に頼っていた方が身を守れる可能性が高くなる。
もちろん、持ち歩く魔道具がかさばる物だったら命取りになってしまうのだが。
「……っと、こんなものか……?」
出来たのは魔法を目いっぱいに刻み込んだ金属製のブレスレット。身に着けていて不自由なく、攻撃を受けた時にしっかり身を守れる。
俺としてはもう少し効果の高いものにしたかったがこれ以上大きくするのも良くないだろう。
一旦これで完成、ということにするか。
「はぁ……疲れたな……」
椅子を引いて机から離れる。ここまでに使った金属片が物凄い散らばり方をしているが……
「……お前、これ行けるか?」
部屋の隅で蠢いていたスライムを抱え上げて俺は言う。
このスライムはいつだったか、ミニモが俺の部屋に侵入してくるのを防ぐために飼いだしたスライムだ。
まぁミニモの侵入は一切防げていないのだが、実はゴミの処理には重宝している。
スライムは種類にもよるが基本雑食性だからな。生ごみなどでも放り投げておけば何とかしてくれるのだ。
ゴポリ、とスライムはゆったりと動いた。
この鉄のゴミだが……行けるか?こいつ……
「ほれ」
手ごろなサイズの鉄片をスライムに差し出してみる。スライムは鉄片に触れるが……残念。やはり溶かせるような雰囲気は無いな。
そもそもスライムに鉄を食わせるなんて何を考えているんだという話ではあるのだけれども。
「よし、じゃあ行くか」
魔道具の試作品を持って俺は立ち上がる。
ずっと座っていたせいか、立ち上がると背骨がパキパキと音を立てた。
この魔道具は量産して、駆け出し冒険者に配ることになる。
と言うのも、最近は妙に魔獣が増えだしているのだ。ゴブリンを筆頭に、生命力の強い魔獣が町の周辺にまで出没するようになっている。
駆け出し冒険者達のための自衛手段を、と俺が考案したのが魔道具の使用だった……という訳である。
完成さえしてしまえばあとはグリスティアが複製してくれるとのことだったので、彼女に渡しに行こうと部屋のドアを開け--
「エテルノさんお疲れ様です!お茶どうぞ!」
「……」
そっと、開けかけていたドアを閉める。
ドアを開けた瞬間そこに正座したミニモがいたからだ。
ドア越しながらも、彼女からの文句は良く聞こえてきた。
「何で閉めるんですか?!」
「身の危険を感じたからだな」
「何もしませんって!」
「何もしない奴はドアの前で無言で正座してたりなんてしない」
最近ミニモが怖い。以前にもましてやたら詰め寄ってくるというか、前よりしつこいというか。
こいつ出会った最初の頃はもう少し遠慮がちだった記憶があるのだが……?
と、先ほどまで鉄片を与えていたスライムが目に入る。
いや、スライムじゃないなこれ。
「……どうなってるんだこれ……?」
スライムは相変わらず鉄片を溶かせていなかった。が、その代わりに。
「鎧みたいだな……」
鉄片を寄せ集め、粘液で固定し、鉄の殻の中に引きこもるスライム。
例えて言うなら、まさに鎧だった。
スライムと言うか動き回る鉄くずの山に見える。
「……お前、ミニモ、行けるか?」
スライムに問いかけてみる。と、スライムは返事をするようにフルフルと震えた。
いや、フルフルと言うか金属片が擦れ合ってガチャガチャと鳴っている、と言った方が正しいのだが。
「よし、行ってこい」
スライムをドアの隙間から送り出し、俺は窓辺に立つ。
さ、グリスティアは今日はどこに行っていたのだったか?またスイーツでも買いに行っているのだろうか?
「……まぁとにかくミニモに追いつかれる前に行くか!」
窓から外に出ることが最近多い気がするな、と一瞬思って俺はため息を吐いた。
***
「皆喜んでくれて良かったなぁ」
思わず笑みをこぼしながら僕は宿へと向かっていた。孤児院の皆にお肉を渡してお昼ご飯を一緒に食べた後の帰り道、空を横切る人影が見えた気がして咄嗟に空を見上げる。
「……んん……?エテルノ……?」
宿の二階、窓から飛びだしてきたのは僕と同じパーティーのメンバーでもあるエテルノだ。
彼は今日魔道具を作ると言っていたはずなのだけれど、何かあったのだろうか?
自然と宿へ向かう足が速くなる。エテルノはどうやら無事なようだけれど、宿に残っていた皆に何かあったら大変だ。
今日はグリスティアは帰りが遅くなると言っていたけれど……ミニモは大丈夫だろうか?
「よっ……と!」
階段を一段跳びに走り抜けて廊下に出る。
「んん……?」
思わず漏れる困惑の声。
ミニモは廊下で、蠢く鉄くずを指一本で床に抑え込んでいた。
「あ、フリオさんお帰りなさい!」
「え、あ、うんただいま」
うーん……エテルノの変な物を作りたがる癖はどうしたものかな……。
そんなことを思案しつつ、ミニモに加勢するのだった。