ゴブリンの首、エテルノの欠伸
「あー……手伝ったほうが良いか?」
「そうね、手伝ってくれると助かるわ」
ゴブリンの首を二つほど抱えて、シェピアについて行く。
もちろん首に布をかけることも忘れない。他の客を驚かせても困るからな。
「で、どこに運べばいいんだ?」
この店のゴミ捨て場の場所を俺は知らない。
だからそれをシェピアに教えてもらおうと思ったのだが、シェピアの答えは予期せぬものだった。
「そうね……入り口とかに飾っておけばいいかしら?」
「ん?」
「あ、店の入り口のところに吊り下げておくのはどうかしら?」
「正気か?」
そんなことをしたら客足が遠のくだけだろうに。
怪訝な目をする俺を無視して、シェピアはハッと気づいたように言った。
「でもでも、せっかく貰ったんだし飾りたいわよね?」
「なんでお前もアニキもそう執拗に飾ろうとするんだ……」
「んんー……こうなったらリリスちゃんとかグリスティアでも呼んで手伝ってもらおうかしら」
「あ、グリスティアちゃんなら先にこの店に来てたはずですよ」
「ほんと?!」
「……まぁ一応はな」
グリスティアとフリオは先に店に入っていたはずだ。まだシェピアとは出会っていなかったか。
「エテルノ、探せる?」
「……」
シェピアにそんなことを聞かれた。なんで俺が、と言いたいところではあるのだが……こいつにはSランク冒険者に推薦してもらった恩がある。
「……今日だけだからな」
そう答えて、俺は探知魔法を使ってグリスティアを探し始めるのだった。
***
「えぇ……私をそんなことで呼ばれても困るわよ……?」
「すまん……」
シェピアの話を聞いて困惑するグリスティア。ほんと、申し訳ない。
グリスティアと一緒にいたフリオはゴブリンの首をまじまじと見つめていた。
と、シェピアが言う。
「じゃあそんなわけでグリスティア、頼んだわよ!」
「う、うん……」
「ほんと無理しなくていいからな……」
最悪、俺がこの首を責任もって処分しよう。そんなことを考えていた時だった。
「エテルノ、紙とペン持って無いかい?」
「……ん?」
フリオが何やら首を元の場所に飾りなおしながら言う。
その首はこれから移動するって言う話だったのだが……?
「少し良い考えを思いついてね。紙を借りたいんだけど良いかな?」
「そういうことなら私が持ってくるわよ!」
「そう?じゃあお願いするよシェピアさん」
その後シェピアが持って来た紙にフリオが文字を書き、テーブルの上に綺麗に五つ並べられた首の前に貼り付ける。
紙に書かれていたのはこうだった。
『強盗、盗人、厳罰処分』
***
「いや、ほんと上手いこと考えたよな。店内での犯罪防止にもなるとは思わなかった」
「僕的にはあの首を見た時からやりたかったんだけどね」
まぁ言われてみると晒し首にしか見えなかったが。
店内の犯罪防止にも一役買ったことだし、あのゴブリン達も満足だろう。
おかげでシェピアも上機嫌である。
「いやぁ、ほんと助かったわ!お礼と言ってはなんだけどお店を案内させて!」
「お、おう」
それでいいのか。とは思うがまぁ良いのだろう。シェピアはなにやら近くの店員とやり取りをした後こちらにやって来て言った。
「大丈夫よ!休みとれたわ!」
「お前ほんとに冒険者稼業より店員の方が板についてきたな……」
「何よ」
「いや、何でもない」
まぁ多分だが、シェピアはアニキのこと好きだよな。
なんだかんだあってアニキにやたら懐いているし、いつ見てもアニキの仕事を手伝っている。
その結果あのシェピアがここまでまともに仕事を出来るようになったのだから、恋と言うのは恐ろしいものだ。
……まぁシェピアの場合冗談抜きで恐ろしいな。下手なことをやると魔法で殺されそうだし。
そう考えてみるとアニキが相手で良かった。あいつなら大概の攻撃回避できるだろうから。
「そういえばこの店、何があったらこんなことになるんだよ?」
移動しながら質問してみる。
店の中だが、清潔な雰囲気の店内で美味しそうな魔獣食の料理が並んでいる。
店員をやっているであろうアニキの手下が少しばかり足りないような気はするが、良いな。この店。
客もそこそこ多く、繁盛していることが伺える。値段自体も魔獣肉を使っているために安い。
いやはや、どこを見ても……
「……良いな、この店」
率直な感想を口に出す。フリオも同意見だったようで、近くの肉を真剣に見つめている。
どうせ孤児院に持っていくつもりだろうな。フリオの考えていることは何となくわかる。
と、シェピアの方を見ると腹立たしくなるほどのドヤ顔をかましていた。
「でしょう?!私結構頑張ったのよ!」
「そうなのかい?」
「そう!魔法学園の知り合いにも結構声かけてみたら好評だったんだから!」
「……んん?」
あぁ、そういえばシェピアとグリスティアは魔法学園やらなにやらと繋がりがあるんだったか。
「で、スイーツとかも配ったら結構この私達に出資してくれる子が多くてね、おかげさまでこんなお店まで立っちゃったわよ」
なるほど。スイーツで釣って金を集めたのか。
だが、だからと言ってそんなに大金が集まるものなのか?そんなことを考えていると、グリスティアが補足してくれた。
「……一応私から言っておくと魔法を習ってる子たちはそこそこお金持ってるわよ。上級生に至っては冒険者ランクも最低Bはつくような子達なんだから、有り余ってたんでしょうね……」
「……スイーツにそんなに金を出す物なのか……?」
「出すわね。あの子達なら」
「魔法学園怖えぇ……」
ミニモは近くで試食をしているし、フリオは真剣に肉を選んでいる。
ミニモが何かやらかさないように俺が見張っていると、シェピアがこんなことを言い出した。
「私も本当ならこんなお店にする気は無かったんだけど、町が半壊したときにアニキの店も壊されちゃったのよね」
「そうなのか」
「うん。それでアニキが、一階のお店を畳んで別の商売を始めようかとか言い出すからカッと来ちゃって」
「……おう」
想像に難くない話だな。アニキは割と思い切りが良いタイプだし商才もある。魔獣食よりも今のこの復興途中の町に会った方向へとシフトしようとしたのかもしれない。
「私が力になれることは無いかなって、頑張ってみたら思いのほかお金が集まっちゃって……」
「あぁー……」
なるほど。シェピアにしても予想外だったと。
……だが、もう一つシェピアにとって予想外だったであろうことがあるな。
「シェピア、後ろ見てみろ」
「え?」
シェピアの後ろには、丁度仕事を終えて戻ってきていたアニキがいた。
うーん、アニキの困惑する顔が実に見事だ。
「~~~ッ!」
「え、あ、ちょっと待てシェピああああああああ!!!エテルノお前助けろよォおぉおお?!」
「悪いな。俺も忙しいんだ」
アニキにシェピアが殴り掛かり、アニキが逃げていく。
……うーん、結局いつもの光景になったな。
あくびをして、俺はミニモに声を掛けた。
「じゃ、店も結構見たし帰るか」
「もう帰るんです?」
「帰る。あ、帰り際に何か食べに行くか」
「え、良いんですか?!」
「いいぞ。あいつらを見てると馬鹿らしくなってきた」
その後アニキは縛られて、小一時間ほどゴブリンの首の横に並べられていたそうだが俺の知ったことでは無いのだった。