決して許されることはなく
「フリオ、助けてくれ」
「なんだいエテルノ」
エテルノの部屋の窓辺に座って本を読んでいると、エテルノから声がかけられる。顔を上げると壁に立てかけた僕の剣が陽光を反射して光っているのが見えた。
エテルノは深刻そうに言う。
「……暇だ。魔法の訓練も禁止とかそんな馬鹿げた話が許されるのか……?」
「まぁエテルノが無理に体を動かさなければそんなことをする必要は無いんだけどね。僕がここに居る必要も無かったわけだし」
エテルノは最近、ミニモに外出を止められているにも関わらず外出を繰り返していた。
実際エテルノは自分の傷の度合いを把握しているんだと思う。だから傷が開くようなことは無かった。
問題があるとすれば、ミニモがエテルノが外出をする度に探しに行ってしまうこと。エテルノがいない間は三人で依頼を受けに行こうかと思っていたけれど、ミニモまで抜けてしまうと流石に少し大変だ。
それならと、エテルノが完全に治るまで冒険者活動はお休みにしたのだけれど……
「なんでエテルノはそんなに脱走したがるんだい?怪我ぐらいちゃっちゃと治せばいいじゃないか?」
「そりゃそうなんだが……とにかく色々あるんだよ!」
「何も言わないで一人でやろうとしちゃうのはエテルノの悪い癖だよ。僕とかグリスもいるんだから頼ってくれればいいのに」
「……まぁ俺としては頼ってる方なんだけどな」
エテルノの凄いところは『作戦を実行する能力』だと僕は思っている。難しいようなことでも、必ず色んな手を使って実行する。
魔法も、剣術も、様々なことを出来る彼だからこそ出来ることがあるのだ。
僕はそんな彼を尊敬しているし、だからこそSランク冒険者にも推薦した。
ただ、彼の手腕は認めているものの僕たちをもう少し頼ってほしいのも事実だ。
彼の作戦の肝は色々な魔法や戦い方を組み合わせてあることだ。
それなら、僕やグリスティアが手伝えば更に使える方法も増えて、作戦が成功する可能性も高くなるはずなのだから。
エテルノはそんな僕の考えも知らずにベッドの上で手のひらの上で魔法を--
「--いや魔法も駄目って言ったよね?!」
「日課なんだよ。これぐらいしとかないと体が鈍る。筋肉は一切動かさないから大丈夫だ」
「んんん……でもミニモがなぁ……」
「あぁ、それなら大丈夫だ。今この部屋に俺とフリオ以外の生命反応は無い」
エテルノは時々よく分からないことを言う。僕とエテルノしかこの部屋に居ないのは見れば分かるけど……?
不思議に思っていると、珍しくエテルノの方から話題が振られた。
「そういえばフリオはこないだディアンに会いに行ったんだったか?」
「あぁ、そうだね。少し会いに行ってきたよ」
ディアンのところに言ったのは少し前の話。僕とテミルとサミエラ、要するにディアンの古馴染みで集まって面会に行ったのだ。
「ディアンの奴、急に改心したらしいじゃないか?いったいどういう風の吹き回しで……」
「……あぁ、それについては心配ないよ。ちゃんと彼らしい理由もあったから」
「……?まぁそれなら良いが……」
ディアンの罪はそこまで重くならないようで良かった。
……と言っても、人死にが出なかったというだけであって相当長いこと牢屋に入ることはなるんだろうけどね。
それでも、生きているだけで良かったというものだ。
僕が少しだけ寂しいような気分でいると、エテルノがベッドに突っ伏した。
やっぱり彼は凄く不満げだ。
「あぁあああ……暇だ……」
「大丈夫。良かったら僕が話し相手になるしさ、せっかくならこの機会にエテルノの事とか色々聞きたいな」
「……そうだな、全部はまだ話せないが、それでも良いか?」
「うん、もちろんだとも」
今後、もっと彼と仲良くなれればいいな。
そんなことを思うような休日だった。
***
これは、ダンジョンの中に居た時の話だ。
エテルノの仕掛けたであろう罠にまんまと引っかかってしまい、バルドが死んだ。その後を追うように、僕も、地面に倒れこんだ。
--はずだった。
「……?」
周囲を見渡すと、どこまでも広がるような草原。心地いい風が頬を撫でて通り過ぎて行った。
「ど、どこだここ……?」
おかしい。さっきまで僕は汚いダンジョンの床に突っ伏していたはずなのに。
先ほど風穴を開けられた胸を見るとやはり、ぽっかりと向こう側まで見通せるような大穴が開けられている。
既に血すら流れ出ないそれを見て理解した。僕は、死んだのだと。
「あぁ、くそ……バルドめ、あいつがもっと考えて行動していればあの程度の罠は予測出来ていただろうに……」
バルドが居なければあの罠には触れることは無かっただろう。だから死ぬことも無かった。
……いや、あのエテルノならもっと第二第三の罠を仕掛けていたかもしれないな。考えても仕方がない。僕は負けたのだ。
「……しかし、死後の世界って言うのはまた無茶苦茶だな……。僕のことだ。どうせ地獄に落ちるものだと思っていたけれど……」
地獄にしては、ここは随分と心地いい場所だ。
察するに、死後の世界には地獄やら天国やらと言う分け方は無かったのだろう。そうでもなければ、僕がこんな場所に来られるものか。
何人の人を殺してしまっただろう。何人の人を傷つけただろう。
間違いなく、僕のしたことだ。フリオから皆を守るためとはいえ、許されないことを分かってやっていた。
だから、もし天国と地獄の区分が存在するなら死んだ後は僕はきっと地獄に落ちていたはずなのだ。
「--ディアン」
「え」
ふと、後ろから声が掛かった。
振り向くと、そこには、見知った顔が何個も並んでいた。
その中心にいたのは--
「と、父さん……?」
「……」
その顔には見覚えがあった。僕が子供の時の記憶だから薄れかけていたとはいえ、その顔を見ればいくらでも思い出す。
父さんだ。もう僕の背は既に父さんを越えてしまったが、見間違えるわけがない。
「父さん、な、なんでここに……」
そう言ってみて気づく。僕は死後、どこに行く?
……僕が死んだ原因は、なんだ?エテルノの罠だ。
それなら、僕がエテルノの罠に掛かったのは何故だ?僕が町を攻撃したのは--
「フリオの、せいだ……」
フリオのスキルは何だった?『フリオのせいで死んだ人間の魂を使役する』ことでは無かったか?
であるならば。僕が今いるのは。
目の前に父さんがいるのは。
「……ぁ」
フリオにはやっぱり勝てなかった。そうだ。見渡すと辺りには見覚えのある顔ばかりだった。
村に居た子供。父さん。僕が受付をしたことのある冒険者。孤児院の子供達。
思わず、握りこんだ拳に力が入る。
「ディアン。よく聞きなさい」
父さんが口を開いたのは、その時だった。
「聞きなさい。フリオは、何も悪くない。死者よりも生者が優先されてしかるべきなんだ」
「っそんなわけ……!」
怒りを口にしようとした僕の目の前には、もう一人、見覚えのある顔があった。
「な、なんでフリオがここに居るんだよ……?」
そう。フリオだ。フリオが、ここに居た。
「っふざけるな!お前がこんなことを……!」
「やめなさい。そんなことをしても無駄だ」
「無駄だなんて何を言ってるんです……!こいつが居なければ……!」
フリオの頬を思い切り殴り飛ばす。が、何の反応も、帰ってこなかった。
「……?」
人形みたいだ。とそう感じた。
「フリオは自分のために、自分の心を『殺した』。それがここにあるのはそう言うことだと解釈しているよ」
「……」
父さんの言葉は続く。
「ただ、殺しきれてもいない中途半端な状態だからそんな風になっているのだと思うがね。あの子もそれだけ苦しんでいるということだろう」
「そうだとしても……」
人形を相手に、何をすればいいのか分からない。が、それでもフリオへの敵意は消えなかった。
「……っと、呼ばれたな」
「え」
父さんがふと気づいたように空を見上げる。空からは何か、泥のような物が近づいてきていた。
と同時に、父さんの体が足元から黒く染まっていく。
「ま、待ってくださ--」
「--ごめんなさい」
そんな声にハッとして、父さんに伸ばしかけた手を引っ込めフリオの方を見る。
人形のようになって、地面に倒れたままでフリオは涙を流していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ--」
何度もフリオが繰り返す言葉は謝罪の言葉だ。何度も、何度も。
「ディアン」
父さんが言った。もうすでに体は黒く染まり切り、フリオのスキルで見た通りの人影と化していた。
「……許しておやり。私達よりも、彼の方がよほど辛いはずだから」
その時、体が引き戻されるような感覚を覚えた。
景色が遠ざかる。伸ばした手ももう届かない。
景色が歪み、移り変わり、……。そして。
「起きましたか?」
目を開いた。相変わらず薄汚い地下道の天井。
ミニモちゃんが僕をのぞき込んでいた。
「貴方は一度死んだんです。これからは、ちゃんと考えて行動するんですね。次はありませんよ」
死んだ。死んだ僕はまた、戻ってきたのだ。
枯れたはずの涙がまた頬を伝った。
ほんの少し、ディアンの裏話を。