猫人族と人族(?)
「猫とは失礼だね。エテルノ・バルヘント君」
「いや……猫、というより亜人なのか……?」
俺の腰当たりほどまでしか身長の無い猫がその頭に被ったシルクハットを弄りながら二足歩行でこちらを見上げている。
ただの猫じゃないのは見れば分かる。それならば--
「猫人族、か。随分と珍しいな……」
「お、正解だよ。サミエラから色々と聞いてはいたけど君はほんとに異種族に抵抗が無いんだね?」
「あぁ、まぁな」
サミエラの名前を出したということは、こいつとサミエラは知り合いと言う認識で間違いなさそうだな。
そんなことを確認しながらふと考える。
俺が異種族に対して何の偏見も無いのはトヘナのおかげだと言える。
彼女はサキュバスだったが、俺と旅をしている最中に俺に迷惑をかけるようなことは一切無い様に振る舞っていた。
それがどうやら俺の中でくすぶっていた異種族への偏見を取り除いてくれたらしく、気づいたらサミエラのようなエルフも、蜥蜴人も、トヘナのようなサキュバスに対しても普段通りに接するようになっていたのだ。
やはりトヘナに受けた影響は中々大きいものだったらしい。
こうして日常生活を過ごしているだけでも彼女のことを思いだすレベルなのだから、相当だろう。
「で、お前がギルドマスターって言う認識で間違いないんだな?」
猫人族に問いかける。こいつの声は先ほどまで聞いていた、部屋中に響き渡っていた声と全く一緒だ。
普通に考えるとこいつがあの幻覚を引き起こしていた犯人、ということになるのだろうな。
……だが、違和感もある。俺は以前、ダンジョン攻略の時にギルド長のする説明を聞いていたはずだ。
その時に見た姿は、猫人族だったか?
答えは否。どこからどう見ても、話が長いだけの人間のギルド長だったはずなのだ。
だが、目の前の猫人族は言う。
「ん、そうだよ。今日はわざわざ呼んじゃって悪いね。でもエテルノ君とは会わないといけないと思ってたからさ」
「……用事を聞こうか」
面倒ごとの気配を感じ取り、さっさと俺は質問した。帰れるなら早く帰りたい。そもそもまだ俺はパーティーを追放されるためにやらなくてはならないことがあるのだ。
俺の目標は『強くなること』それ一点のみだ。
それはシュリとの約束のためだったり、トヘナのためだったり、俺がこれ以上損をしないようにするためでもあるが、そのためには『追放されること』が前提として必要になってくる。
必然、これから俺はまた、フリオのパーティーを追放されるために全力を尽くす気でいた。
バルド関連のもめごとのせいで実行できていなかったが、やっておきたい作戦はいくつもあるのだ。
今となってはフリオ達にもすっかり情が移ってしまっているが、これは諦めるわけにはいかない悲願だった。
それに本来なら今日はミニモへの恩返しに一日を当てる気だったしな。
なんにせよこんな話をさせられるのは迷惑だ。
--それ故に、俺は猫人族の言葉で困惑が隠せなかった。
猫人族は言った。
「エテルノ・バルヘント君、君の冒険者ランクを引き上げて、今日からSランク冒険者として扱うことになったよ。おめでとう!」
「……は?」
まだ少し煤っぽいギルドの跡地、晴れとも曇りとも言い難いような空の下、俺はとうとうSランク冒険者まで上り詰めたのだった。
***
頭がまとまらない。待て、今この猫は何て言った?Sランク?俺がか?
「あー、良い反応してくれるね君。そうそう。エテルノ君が相当な功績を上げたって聞いたからさ、流石にそろそろSランクでも良いんじゃないかなって」
「いや待て待て待て」
待ってくれ。そんなに簡単にSランクに上がっていいものなのか?
実際俺の力はそこまででもない。魔法ならグリスティアに、剣術ならフリオに敵わないしまだパーティーを追放されてすらいない。
なのにSランクだと?そりゃまた--
「どうして、とでも言いたげな顔だね?」
「当たり前だろ。俺はあくまでフリオ達にくっついていっただけだぞ?ダンジョン攻略の時だって今回だってほぼほぼあいつらの功績なんじゃ--」
「でも彼らが君を推薦したんだからね。Sランク冒険者四人、元Sランク冒険者一人から推薦された人物を無視だなんてしたら僕のクビが飛んじゃうさ」
首を掻き切られるようなしぐさをして俺に笑いかける猫人族。
待て。一体だれがそんなことを……?
「えぇと、フリオとグリスティアはもちろんだね。僕が帰ってきてすぐにフリオから君をSランクにするように頼まれたよ」
「……やりそうだな」
まぁフリオならやりそう、と言ったところだ。
あいつなら俺がSランクでも良いとずっと思っていたことだろうし、多少の推薦なりなんなりをしていてくれたところで違和感はない。
買い被りすぎだ、と言いたいところではあるが。
そして、フリオがやるならグリスティアもやるだろう。これでSランク冒険者が二人。
「それとサミエラ。彼女からも頼まれたよ。あれだけの人は無視できないし、サミエラに言われたあたりで君をSランクにすることを検討し始めたかな」
「あいつが、か……」
サミエラ、前に蜂の頭持って追いかけまわしたりしてごめんな。
というかあの後俺はまだサミエラと会う機会を得ることが出来ず、トヘナの顛末をしっかりと話せていないのだ。
次会う時は、トヘナのことを話すほかにも感謝を伝えなければいけないらしい。
「あとはシェピア。彼女にエテルノ君って言う知り合いがいたのは意外だったね」
「さらっと失礼なこと言ってないか?」
「あはは、ごめんって。でも彼女も僕が出張中に好きな人が出来たらしいしねぇ。人も変わる物なんだなって思うよねぇ」
「え、ほんとかそれ」
シェピアに恋人候補だと?誰だ。そんな物好きは。後ろから広範囲魔法に巻き込まれて死にかねないぞ。
いや、それよりもシェピアまで俺を推薦してくれていたのか。確かに意外だな。
「あとはそこにいる……あれ、ミニモちゃん?」
「え?」
振り向くとそこには既にミニモが居なかった。
代わりに深そうな穴が--
「……おいミニモ、居るか?」
「--はーい!居ますよー!!」
穴の中に声を掛けてみると少し遅れてミニモからの返事が返ってくる。
穴の底が見えないが……さては掘ったなこいつ。
「あー……」
そんな惨状を見て猫人族が言う。
気まずそうに、猫人族特有の長いしなやかな尻尾が左右に揺れた。
「エテルノ君が異種族に慣れてるのって、さ。まさかミニモちゃんのせいでは……無いよね……?」
「あながち否定できないのが悲しい」
ミニモは人間かどうか怪しいところがあるし、こいつのせいで大抵の無茶苦茶なことに慣れてしまっているのも確かだ。
とりあえず彼女には声を掛けておく。
「おいミニモ、今すぐ出てこないと穴を埋め戻すぞ」
「あ、はい!今戻ります!」
ミニモが穴から登って来やすい様にロープを投げ入れながら俺は言う。
Sランク冒険者。本当に俺がなっても良いものなのだろうか。
ミニモの奇行はいつものことだが、いつにもまして俺は考え事が増えてしまったように感じてため息をつくのだった。