蜃気楼の先
ギルド長の部屋。そこは簡単に言うと、『裏通りの雑貨屋』といったような印象だった。
乱雑に天井まで積み上げられた本、どこで売っているのかも分からない怪しげなお面。
そして、そんな部屋の中央には大きな水晶玉が鎮座している。
辺りの物はほとんど埃が積もっているがこの水晶玉だけは磨き上げられているのがまた不思議だ。
ほのかに青白く輝く水晶玉は俺が持っていた物の数百倍は大きい。
……そういえば、ミニモが俺の部屋に侵入しているのを観察するために買ったあの水晶玉、部屋を爆破されたときに砕けちゃったんだよな。
またどこかに売ってると良いんだが……。
「とりあえずミニモ、下ろしてくれ」
「いいですよー。じゃあこっちの椅子におかけください!」
「それはお前が言うセリフではないな」
「え、あ、全然かまわないのでおかけください」
ついてきていた受付嬢が言う。なんかこう、全てを諦めたような目をしているな。
まぁ俺も似たような心境な訳で、苦労性仲間が増えて嬉しいような気がしないでもない。
「さて、ギルド長とやらはどこにいるんだ?そもそもこの部屋がギルド長の部屋だって言うのも疑わしいところではあるんだが?」
見たところ執務用の書類やらなにやらは一切この部屋には無い様に思える。
第一ギルド長がこんな物置みたいな部屋にいる訳も無い。
と、その時だった。
「やぁやぁお待たせ皆。それにエテルノ君は初めまして。ミニモちゃんには久しぶり。お土産はグレーターデーモンの干し肉で良かったかな?」
「なっ?!」
唐突に声を掛けられ、俺は振り向いた。
……のだが、部屋のドアが開かれる様子は無い。
妙なことに、やけに渋い男の声が部屋の全方位から鳴り響いているのだ。
なるほど、試されていると受け取っていいらしいな。
「……」
無詠唱で生体探査魔法を発動、この部屋の中に居る一定以上の大きさの生物を探し当て--
「……ッ?!」
思わず鳥肌が立ち、魔法を解除してしまう。
今回俺が探査魔法の効果範囲に設定したのは人間、もしくはそれに準ずるような亜人などの生物だけだ。
だが、魔法は明らかに異常な反応を示した。
部屋の中だけで何千という反応。
もちろんこの部屋に何千という人間が入れるわけもないし、そもそも数十人も居たら隠れてすらいられないはずだ。
「……なるほど、仮にもギルドマスターだな。ディアンをあそこまで野放しにしているような人間だ、大したことは無いと思っていたが……認識を改めるか」
「それを言われると痛いなぁ。ディアン君が何かしてるのは気づいてたんだけどさ、急いで帰ってきたら町は半壊してるし……ここまでちゃんと復興させたんだから許して欲しいな」
「それは置いといても、喋ってるときに顔を出さないのはどうなんだ?失礼だとは思わないんだな?」
「んんん……そうなんだけどねぇ……」
話を引き延ばすような方向に誘導し、こいつへの対策を練る。
さて、この状況はどこかおかしいのは事実だな。
となると疑わしいのは幻覚を見せるタイプの魔法、感覚を狂わせる魔法、あとは……
そこまで考えて気づく。
この部屋では明らかに、あり得ないことが起こっていることに。
「なぁ、この部屋の物ってお前が集めたんだよな?この……貝殻も、面も、剣もってことであってるよな?」
「うん、まぁね」
部屋中から声が上がる。とりあえずここは肯定……と。
「じゃあこの絵もそうだな?随分古そうだが、どこで買ったんだこんなの」
俺が指さしたのは一枚の風景画。池のほとりに一匹のドラゴンが座り込んで、その角に鳥が集まっている。平和な光景だ。
だが、水面に映りこむドラゴンは現実のドラゴンとは正反対に鳥の一匹にかじりつき、荒れ狂うように炎を吐いている。
対比、とでも言いたいのだろうが俺には悪趣味な絵のようにしか感じられないな。
ギルマスは答えた。
「んー……確か三年前、ここから結構離れた町のギルドの人と飲み会に行ってね、その人の家で譲ってもらった覚えがあるけど……」
「なるほど。それで確か、お前は最近まで出張に行ってたんだよな?」
「うん、少し野暮用があってね。だからその間はディアンに任せてたんだけど……」
「ディアンのことはどうでもいいんだよ。お前は出張の時もこの絵を持ち歩いてたのか?」
「普通にこの部屋に置いていったけど……それがどうかしたの?」
よし、もう分かった。
考えてみれば単純な話だったわけだが、これはおそらくミニモもグルだな。後でしばいとこう。
いや、今やっとくか。
「ミニモ、今すぐそこの窓から飛び降りろ」
「なんで?!」
何も分かっていなさそうなギルドマスターの声を聞いて、俺は思わず笑った。
***
「……エテルノさん、なんで飛び降りるんです?」
「いや、お前なんか隠してることあるだろ。急にギルド連れてきたことも含めて許してないからな」
「何も隠してることなんて無いんですけどねー……」
と、ギルドマスターが言う。
「あの、エテルノ君、良くないと思うんだよ人に向かって飛び降りろとか……」
「いや、俺も流石に普段はこんなこと言ってないぞ」
「案外言ってますよね?」
「言ってないぞ」
「あ、はい」
さて、種明かしと行こうじゃないか。
「とりあえず俺を騙したいならもっと頭を使うべきだったな。設定がなっちゃいない」
「……何のことかな?」
「例えばそうだな、その絵のことだが……」
先ほどの風景画、あれは存在しえない物だ。
なぜか。
先ほど言っていた通り、この絵は出張の最中ギルドに置いてあったのだとしたら……
「ギルドはドラゴンにやられて、真っ先に全焼したのに絵やら何やらが残ってるわけ無いだろうが。燃え残ってたにしたってなんにしろ、出来すぎなんだよ」
「……なるほど。でもなんでミニモちゃんに飛び降りるように言ったのかな?」
「分かり切ってるだろそんなの。俺が『飛び降りろ』って言ったらミニモは間違いなく、理由も聞かずに飛び降りるんだよ。わざわざ理由を聞き返したりなんてしてきた時点で、このミニモは偽物だ」
それまで立っていた空間が歪む。並べられていた不思議な物の数々が消え、溶けて--
***
「あ、おはようございますエテルノさん」
目を開けると、下からミニモの顔を見上げるような形で俺は横たえられていた。
「……」
なるほど、どうやら膝枕、という状態だなこれ。
「ミニモ」
「はい、なんでしょう?」
「そこから飛び降りろ」
「分かりまし--あれ、地面から飛び降りるってどうすれば……?」
起き上がって周囲を見渡す。
どうやらここはギルド跡地の焼け野原、ちらほらと冒険者らしき人影は見えるがまだ復興も終わっていないただの広場だ。
やはり先ほどのギルドは幻覚だったようだ。
まぁそりゃそうだよな。あれほど酷い攻撃を受けたギルドがそんなすぐに直るわけも無いのだ。
地上に居るにも関わらず『飛び降りろ』などと言われ、頭がバグったのか穴を掘り始めたミニモを眺めていると、背後から声を掛けられた。
「--いやぁ、お見事お見事。さすが噂に名高いエテルノ・バルヘントだね!」
振り返るとそこにいたのは--
「ね、猫……?」
深くシルクハットを被った猫が拍手をしながら、こちらを見ていた。