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死人に勝ちは無し

「なっ……?!だ、誰だお前?!」

 

 聞こえた声に咄嗟に振り返るが、そこには誰も居ない。

 誰もい……


 天井から、何かが突き出しているのが見える。

 ぴょっこりと突き出すそれは人の頭に見えた。


 思わず困惑の声が漏れた。


「……え?な、なんだお前……」

「何だお前とは失礼ですね。あ、そういえば言ってみたかったセリフがあるんです。言っていいですか?」

「は?え、な……」


 女は俺のことを一切気に留めずぺらぺらと喋る。

 天井から頭だけ突き出している謎な状況と言い、俺は完全に虚を突かれていた。

 

 いや、この状況で正気を保てると言う方がおかしいが。


「相手に名を聞くときには、自分から名乗るのが礼儀ってなもんよぉ!……どうですか?」

「どうって……は……?」

「んー、反応が悪いですねぇ……。ま、良いですけど別に」


 体をねじって女が天井から落ちてくる。

 綺麗に着地を決めると、女は服についた泥をはたき落としながら言った

 彼女の白髪が揺れる。


「いやぁ、やっぱり土を掘り進むようなことはしない方が良いですね。人に見つかりにくいとはいえ、ここまで汚れてたら簡単には誤魔化せませんし……。ま、今回は戦ってたせいで汚れたって言い訳できますから良いですけど」


 そっと俺は合図を送る。少なくとも、この女を野放しにしておくことで俺への利益は何一つない。

 幸いディアンの死体が女の背後にある。俺が女の気を引いている間にディアンを使って--


「--あれ?」

「……!良くやったディアン!ははは!何だったのか分からんがこれでもう終わりだ!」


 女の心臓を貫くようにしてディアンの手刀が突き刺さる。

 女の口元からは血が伝っていた。

 間の抜けた声を出しているのが、また滑稽だ。


「あはは!お前も俺の下僕にしてやろう!ディアンも含めて二つ、死体集めも順調だな!」


 と、その時だった。

 女がこともなげにディアンの腕をもぎ、自分の胸から引き抜いた。


「なっ……?!」

「あーあー、泥の上に血の汚れまでつけてくれちゃいましたか……。まぁ泥だけでも不自然だと思いますし良いですけど……」

「なん、な……?!化け物かお前……!」

「化け物って酷くないですかね?これでも私、結構見た目は良い方だと思うんですけど?」


 確かに女の言う通り、女の容姿は優れた方だと言えるだろう。


 だが、それ以上に不気味だ。

 動き全てが人間離れしている。見ているだけでおぞましさが伝う。


 間違いない、こいつは俺の同類だ。

 何かしら、世界の摂理に反する能力を持った人間。

 死霊術に匹敵する何かを、こいつは知っている。


「痛た……っと、はい、治りましたー。じゃじゃーん!」

「なっ……?!」


 女が手を一瞬傷口にかざし、その手が再び離れた時には傷口は完治して残るのは服の破れだけとなっていた。

 その普通ではありえない光景に俺は目を見開い--


「はいっ、と」


 急に視界がぐらつく。

 地面が急速に近づき--


「っぐ……?!」


 首を失った自身の体が、地面に崩れ落ちていくのが見えた。

 そこでようやく気付く。

 首が、えぐり取られたのだ。それもあの一瞬で。


「はい、これで仕事はおしまい……だと良いんですけど……」


 ふざけるな。こんなところで終わってたまるか……!


「っぐあぁああああ!!!このくそアマが……!人が何もしないでいたらつけあがりやがって……!」


 スキルを使う。

 その瞬間、自身の魂を握りつぶしたような痛みと共に視界が元に戻る。

 体も既に、元通りにくっついていた。


「あー、やっぱり再生しちゃいますかぁ。というか何もしないでいたらって、さっきあなた私の事殺そうとしてたじゃないですか?」

「うるせぇ……!こうなったら無事で帰れると思うなよ……!」


 死霊術の本懐は『術者自身が死んだ後』にある。

 自身が死んだとしても、自身に魔術をかけておくことで何度でも復活することができるのだ。


 相応の痛みはある。が、何があろうと決して死ぬことは無い。


 先ほどエテルノの罠で頭を吹き飛ばされた時もこのおかげで復活できたし、今回だってそうだ。

 全身を焼かれようとバラバラに切り刻まれようと、決して俺が負けることは無い。


 こんな状況でも、女は何を考えているのか分からない顔でへらへらと笑っていた。


「ちなみになんですけど、あなたって死霊術しか使えないんですか?」

「は?なんでそんなことを聞かれなきゃいけないんだ?」

「いえ、単純に気になったので。でもそうですよね。死霊術しか使えないからそれだけに頼ってるんですもんね」

「……くそが、話してるだけでイライラさせてきやがる」


 もう良い。先ほどはこの女を仕留めそこなったが、流石に首を飛ばせばこの女だって死ぬだろう。


 俺はディアンに合図を送る。


 --返事は無い。


「……?おい、ディアンお前何して……ッッ?!」

 

 女がディアンに触れた瞬間、ディアンがその場に崩れ落ちる。

 

 異常なのはそこだけではない。本来死霊術が解除された死体は灰になるのだが、ディアンの場合は死体になる気配がない。

 しかも、ディアンの胸が小さくも上下しているのが確認できた。


 呼吸を、している。


「な、なんだお前……?!何をしやがった……?!」

「『蘇生魔法』。禁術の一つですよ。ま、貴方には知る必要もありませんけどねー」


 女の言葉を聞いた時、ミシリ、と体の骨が軋んだ。


「っが……?!」


 痛みに悶える俺を横に、女は地下道の四隅に何かを設置し始める。


「えぇ、と、確か死霊術って魔力を遮断しちゃえば使えないんですよね?じゃあこの結界を張るだけでいいとか……?あ、でも遮断したところで自分の体だけにはいくらでも掛けられますよね……。どうしましょうか……」

「な、や、やめろ……!ふざけるなよ、この俺がこんなことで……!」


 言い切る前に、一瞬で俺の魔力がことごとく遮断された。

 俺が結界に閉じ込められたのだ。つまりもう、ここから外に魔力を届かせることはできな--


「っがァァァア?!!」


 背後からの一撃。不意に襲ってきたその攻撃はたやすく俺の背中を引き裂いた。


 すぐに死霊術が発動し、俺は復活する。


「っ誰だてめ--」


 背後には、どこかで見覚えのあるような顔の女が何人も、何人も。それぞれが思い思いの武器を持ってそこに立っていた。


 俺はその顔を見て、唖然とする。


 白髪の女の声は俺の耳には入らない。


「このままあなたを封印、っていうのも癪なので、せっかくだし痛い目にあってもらいますねー。貴方を恨んでる人もたくさんいることですし?貴方を恨んでる人を全員生き返らせてあげましたからねー」

「は--」


 背後にいた女の群れの中に、覚えている顔があった。


「しゅ、シュリ、ネーベル!」


 そうだ。彼女二人がなんでこんなところに居るのかは分からない。が、彼女達なら--


「おい、シュリ、ネーベル、あの女が--」


 生暖かい感触が喉元を伝う。見ると、シュリの剣が俺の喉元を横一文字に引き裂いていた。


「っがああああああ?!!な、なんで……?!俺だぞ……!分からないのか……?!」


 再び復活を果たし、叫ぶ。女は愉快そうに答えた。


「だから言ったじゃないですか。蘇生魔法であなたを恨んでる人たちを蘇らせたって。随分色んな人から恨みを買ってたんですね?」


 気づく。この唐突に蘇った女たち全員が全員、かつての俺の恋人たちだ。

 なんで。なんで俺をこんな目に。

 

 違う、俺は何も悪いことなんてしていなかったはずなのに。あれだけ恩を売ってやったのに--


 再び、目の前で血飛沫が舞った。


 今度はネーベルの魔法が俺の胸に叩きこまれ、胸骨ごと心臓が抉り取られていた。


「がっ、ぐぅ……!」


 蘇生するたびに、すぐに殺される。

 女は言った。


「じゃ、帰りますね。皆さん、ご飯とかが必要になったら死ねばリセットされるんで、気が済むまでそこの人を殺し続けると良いですよ。で気が済んだら今度私が来た時に言ってください。解除して、今度こそ天国に送ってあげますから」


 俺のかつての恋人達が口々に、礼を述べる。

 中には、決して俺を許さない、いくらでも殺し続ける、と答える声も混ざっていた。

 

 怨嗟と感謝の声を全て耳にしながらも女は何でも無さげに答える。


「気にしないでください。私も、エテルノさんを傷つけた人間が何の罰も無し、って言うのは気に食わないだけなので」

「……エテ、ルノ……?!ま、待て、お前エテルノの何なんだ……?!」

「何って……そうですね、恋人、っていうのもおこがましいですし……」


 蘇ったディアンを抱え上げ、自身の頬に飛び散った俺の血を拭い取り、長い時間迷った末に、女は答えた。


「ミニモです。エテルノさんの、エテルノさんだけのミニモ=ディクシアです!」


 再び、俺の眼前で血飛沫が舞った。何度も、何度も。

バルドのその後の顛末のお話でした。


エテルノは実は何度か死んでいます。

ダンジョン編の最後で一回、死霊術編で一回。

そのたびに、実はミニモが助けていたのでした。

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