ダンジョンの宝箱作戦
「エテルノさーん、見てくださいよこれ!宝箱ですよ!」
「そうだな。迂闊に開けない方がいいぞ」
「言われなくても私は開けられませんよー」
ミニモがキャンプ地の全員を筋肉痛に追い込んだ翌日、俺たちはさらにダンジョンの奥へと歩みを進めていた。
なお、ミニモはこれ以上暴れることが無いようにそこそこ多めの荷物を持たされているため手が空いていない。
そのため見つけた宝箱に手を出すこともできないというわけだ。
「んー、でもなんで宝箱を開けちゃダメなんですか?」
「宝箱に擬態している魔獣もいるからだな。宝箱をダンジョンに設置しているのはダンジョンマスターだ。もちろん冒険者を引き寄せる餌として本物の宝もあるが、九割が魔獣の擬態した宝箱だと思った方がいい。見分け方は――」
ミニモが発見した宝箱におもむろに魔法を撃ちこむ。
普通の宝箱なのであれば中身が傷つく可能性はあるのだが最も安全な判別方法はこれだからな。
さて、結果は?
見ていると、魔法で生み出した火球の熱に耐えられなかったのか宝箱がバカリ、と口を開いて歯を剝き出しにした。
「ギイィィヤァァィ?!!」
「わ、グロテスクですね」
やはり魔獣だったか。ギラギラと光る乱杭歯に唾液が糸を引かせ、こちらの体を嚙みちぎろうと向かってくる。が、
「やはり遅いな。ミニモ、逃げる必要はないぞ」
元が獲物を待ち伏せて狩っているような魔獣、奇襲ならまだしも真っ向勝負で負ける要素なぞあるわけがない。
「切り裂け!疾風一刃!」
俺の放った魔法によって宝箱の姿をした魔獣は真っ二つに切り裂かれ、岩の床に死骸を晒す結果となった。
と、そんな様子を眺めていたミニモが不思議そうにしていた。
「あれ、今日はちゃんと詠唱するんですね。というか、なんで使い分けてるんです?」
「ああ、詠唱有りと無詠唱ではそれぞれメリットとデメリットがあってな。詠唱有りだと使った相手にも自分が撃つ魔法がばれてしまうだろう?それに、奇襲にも不向きなんだ。その代わりに無詠唱よりも素早く撃つことができる」
無詠唱は放つ魔法をしっかりと想像する必要があるからな。詠唱する場合よりも想像するのに手間取ることは珍しくない。
想像力に乏しい魔術師なんかは無詠唱が使えないことも珍しくないとか。
それをミニモに伝えてやると――
「あー、それでシェピアさんは詠唱してたんですね」
なるほど、ミニモはシェピアのことを想像力に乏しいと思っているらしい。
放置しても俺に害は無いとはいえ、流石にこの誤解は解いておいてやろう。
「いや、あいつは普通に呪文を唱えるのがかっこよくて好きなだけらしいぞ。というかお前、シェピアには想像力が無いと思ってたのか?」
「何も考えずに喋っていたみたいだったので……」
「……まぁたまに、相手の嫌がるようなことをさらっと言っちゃっているところはあるよな」
そういえばシェピアとグリスティアの間にあったらしき確執は結局どんなものだったのだろうか。あの二人が会話をしているところは見たことがないので分からない。
というか、グリスティアはダンジョンに入って以降ほとんど喋っていない気がする。
「にしても、宝箱を見つけた時は凄く嬉しかったのに、こうも裏切られると腹立ちみたいなものを感じますね……」
「ああ、確かに……」
そこまで言ってふと気づく。宝箱を見つけて喜い、偽物だと知って腹立たしく感じる。この原理は俺が嫌われるのに役立てることができるのではないか……?
「エテルノさん、本物の宝箱を見つけた時って中のお宝は誰のものになるんですか?」
「え、そうだな……。基本は見つけた人間の総取りだな。パーティーで探索しているときに見つけた場合でもパーティーメンバーと宝を分け合う必要は無かったはずだ」
「そうなんですか?!じゃあ私、絶対に本物の宝箱を見つけて見せますから……!」
「おう、頑張れ」
早くも次の作戦を立て始めた俺の耳に、ミニモの宣言など通るはずもないのであった。
***
「よし、できた」
今俺の前には、人間一人は入りそうな大きさの巨大な宝箱が置かれていた。言わずもがな、俺が作ったのだ。
木魔法と土魔法を使用して、更には風化塗装まで施したこれはまさに俺の技術の集大成と言えるだろう。
後はこれを、誰か人が通るであろう道に置いておけばいい。
「この辺だな。さて、仕事も終えたし後はテントに戻ってのんびり……」
と、遠くから話し声が聞こえてくる。この声はグリスティアと……シェピアか?
あの二人がこんなところで何をしているというのだろうか。疑問だな。
っと、さすがに俺がこんなところにいるのがバレるのはまずい。隠れる場所は……
--咄嗟に俺が宝箱の中に隠れるとグリスティア達の会話が耳に入ってくる。随分近くまで来ているようだな。
聞き耳を立てて二人の会話を聞いてみることにした。
「--だから!師匠のことは申し訳ないと思ってるわよ……!」
……ふむ、グリスティアにしては珍しく、声を荒らげているな。
シェピアのその言葉に対し、シェピアの言葉はどこまでも冷ややかだ。
「そんなわけないじゃない。師匠がどんな気持ちだったのか、貴方に分かるわけ?」
「分かるわよ!だから学園を出て冒険者に……!」
「違う。それは学園の皆から逃げてるだけでしょ?」
「そ、そんなこと……!」
学園、か。
ダンジョンに潜る前に二人が会った時も同じ単語を口にしていたな。二人とも、どこかの学園の同級生だった、というところか?
そして「師匠」か。確かにグリスティアの魔法の腕を高めた誰かしらはいるのだろうが……
「いい?別に私としては貴方が冒険者として生きようがどうでもいい。でももう、私の邪魔はしないで。私の師匠を傷つけた貴方を、絶対に許さないから」
「……だけど……」
うーん、修羅場だな。
続きが少し気になった俺は未だに息をひそめていたのだが、ここで思わぬ第三者の介入があった。
「グリスちゃーん?どこですかー?」
……ミニモの声だ。
間の悪い奴め、もう少しグリスティアの過去を探りたかったのだが……
少し離れたところから二人の姿を見つけたらしいミニモはすぐに駆け寄って来た。
「あ、こんなとこにいたんですか!フリオさんが呼んでましたよ?」
「そ、そうなの?じゃあ行こうかしら……」
グリスティアは心底安心したような声を出す。
この場から逃げる口実ができたのだから当然と言えば当然か。
さて、それじゃああの二人がキャンプ地に戻り次第俺も自分のテントへ--
「……あ!あんなところに宝箱が!」
「あら?ほんとね。気づかなかったわ」
……ん?
「じゃあ早速開けちゃいましょうか!宝箱の中身は見つけたもの勝ちだものね!」
「ちょーっと待ってください?宝箱って迂闊に開けちゃいけないんですよ?」
そう自慢げに言うミニモ。おい、この流れはまさか……
「いいですか?魔獣が擬態していることがあるのでまずは、魔法を当てて確かめるんです!」
ちょ、ちょっと待て、この状況はまずい!
「分かったわ!私に任せて!特大の魔法をぶち込んであげる!」
直後、シェピアの放った魔法による閃光が俺を襲った。