黒の上塗り
「……はぁ……?ど、どういうことだよ?!」
「まだはっきりとは分かんないんだけど彼、多分女の子を虜にする、的な魔法を私に使ってきてたっぽいのよねぇ」
いや、それにしたっておかしいだろう。そんな魔法を掛けられたことに気づける方も大概だが、そんな魔法を使える奴にも会ったことが無い。
「……その魔法を使ってたって言う根拠は?」
「だって私サキュバスだもの。そういう物に関してはどんな人より詳しいと思うわよ?」
「それは……まぁ……確かに……」
あまり認めたくはないが筋は通っている、気がする。サキュバスは魅了したり篭絡したりする術に長けた種族だからな。
トヘナが言うのならそう言う魔法は確かに存在するんだろうが……
ふと気づく。
そう言う魔法を扱うのがサキュバスだというのなら……
「……ってことは、バルドはサキュバスだったのか……?」
「全然違うわよ。エテルノ君そういうところ鈍いわよね」
「い、言ってみただけだ」
あきれたような顔をするトヘナ。
ふと考えていたことが口にもれてしまった俺は急いで言葉を継いだ。
「と、とにかくバルドはそういう魔法をトヘナに使ってきたわけだな!なんでかって言うと……なんでだ……?」
「さぁ……見た目が好みだったからとかじゃない?あとは初対面の女の人全員に使ってるとか……」
「そんなに連続で使うことも可能なのか?」
「魔法でやるんだったらきついけどスキルだったら正直分からないわね。スキルにはほんとに制限も何も無い物もあるから……」
そうか、スキルで誰かを魅了して、それでパーティーに取り入っていくのがバルドの手口だった訳か。
それなら……
「……俺は嫌われてなかったんだな」
誰にも聞こえないような小さい声で呟く。
バルドの悪事が明らかになったというのに、俺の胸中はむしろ安心感によって支配されていた。
「ん?エテルノ君何か言った?」
「いや何も。そんなことより、お前はバルドの魔法だかスキルだかに掛かってはいないって認識で良いんだよな?」
「当たり前じゃない。サキュバス舐めてるの?」
そう言って胸を張るトヘナは少しだけ頼もしい。
サキュバスという種族にはあまりいい印象を抱いていなかったが、どうもそれは間違っていたようだな。
俺は勝手にそんなことを考えていた。
と、トヘナがため息をこぼす。
「……彼、本当に顔は良いのにねぇ……もったいないわぁ……」
「……ほんとに魅了されてないんだよな?」
「当たり前じゃない。エテルノ君も顔なら負けてないわよ。性格の悪さだと負けてるかもだけど」
「そういうことじゃない」
トヘナ。良い奴ではあるのだが好色すぎるというか……。
おっさん冒険者と旅をしている気分になるんだよな。
よく考えてみたら年齢的にはトヘナもおっさんを遥かに超えている訳で当然ではあるのかもしれないが。
「なぁ、その場合って魔法を解いたりできたらシュリ達も正気に戻る、ってことで良いんだよな?」
「そうね。でその解呪だったり何だったりも私出来ると思うの。今まで少しだけ使った経験あるし、最近も魅了の魔法使ったから」
「最後の情報ほんっといらねぇな」
まぁそういうことなら魔法の解除はトヘナに任せて、俺はバルドとシュリ達を引き離しに行こう。
元々はバルドを仕留めるつもりで今回は考えていたが、作戦の練り直しだ。
「ふふふ……楽しくなってきたぞ……!」
「エテルノ君ってほんと戦略とか考えるの好きよね」
「あぁ。しっかり作戦を立てれば俺の実力でも格上に勝てるし、どんなことも可能になるからな!」
高笑いを響かせ、俺たちは本格的な作戦会議に入るのだった。
***
ダンジョン、と一口に言うが、実際ダンジョンには様々な種類がある。
例えば『ダンジョンマスター』と呼ばれる特別な魔獣が作り出すダンジョン。これは例えて言うのなら蟻の巣だ。
一匹の女王蟻が魔獣たちを管理しているために統率が取られており、非常に扱いにくい。
また、ダンジョンマスターによっては通路に罠が仕掛けられていることもあるため最も注意すべきダンジョンの一つである。
が、今回のダンジョンはいささかそれとは異なる。
「本当に洞窟って感じねぇここ」
「本当に洞窟だからな」
トヘナがざらついた岩壁に手を当てて言った。
明かりを担当する冒険者が、ごつごつした壁面に魔法で生み出した明かりをくっつけていく。
その甲斐あってか洞窟の中でも足元がしっかり分かるくらいには明るかった。
このダンジョンは元々、地下に埋もれていた洞窟が隆起、地上に出てきたのが発端とされている。
魔獣はどこでも湧く生き物だ。
そのため、元々地下にあったこの洞窟が地上に出てきたときには洞窟が地中にあったうちに湧き、閉じ込められていた魔獣でびっしりな状態だったという。
「その魔獣を討伐しきったのは三年前、だったかしら?」
「確かそうだな」
それから三年経った今、新たな場所が発見された。
天井が崩落していて進めなくなっていた道を調べてみたらその奥には今までとは比べ物にならない量の魔獣が見つかったのだ。
このままだとまずい。魔獣が溢れ出す前に数を減らさなくては。
……と、そうして集められたのが俺達という訳だ。
「三年分ため込まれた魔獣とか絶対ろくでもないんだよなぁ」
「やっぱり地下に居た訳だから……ミミズっぽい魔獣とかなのかしら?」
「ミミズの魔獣ってどういうことなんだ……」
「やっぱり足がめちゃくちゃ生えてるんじゃない?」
「それはミミズというよりかはムカデだな」
適当な話をしながらも冒険者たちは進む。
魔獣を倒すため、一攫千金を目指すため。そして--。
誰かの薄暗い企みも、血で血を洗う復讐劇も、全て混ぜこんでダンジョンの地下深く、黒く塗りつぶされたような闇の中に溶けていくのだった。