走馬灯は煌々と
彼女達と再会したのは、渡り歩いて何個目の町だっただろうか。
追放された回数が二桁になって、力はついたものの喜びづらいな、なんて会話をしていた覚えがある。
俺はその頃も相変わらずトヘナと旅をしていた。
悪事に手を染めている冒険者のパーティーをトヘナが調べ上げ、そのパーティーに入れてもらう。
元々がゴロツキの集まりのようなパーティーだ。俺に何か気に入らないところがあれば馬鹿の一つ覚えでどいつもこいつも簡単に追放してくれた。
それに、悪人なら復讐をしてやった方が世のため人のためだ。
パーティーの奴と手を組んでせこい商売をしていたギルドマスターを告発し、町を出て行かざるを得ない状況まで追い込んだ。
俺を泥の付いた靴で何度も蹴ってきた奴は犯罪を犯した奴隷として奴隷商に売り渡した。
スキルを自慢げに振りかざして他の冒険者を虐げていた奴は二度とそのスキルが使えないようにしてやったし、目についた奴は片っ端から懲らしめた。
どこかその『復讐』に達成感を得ていたことは否めない。もちろん俺がやっていることは良いことではない。
が、それで少しでも楽にいる冒険者は居るのだから。
そんな俺を見て、トヘナはこんなことを懸念していた覚えがある。
「やり返しするのは胸がすっとするから良いと思うんだけど、あんまり派手にやると噂にならないかしらね?パーティー潰しのエテルノ、みたいに呼ばれてたり……」
実際はその心配は無かった。
元々は俺を格下だと思って扱っていた奴らだ。どれだけこっぴどくやられてもプライドが許さなかったのか、俺の噂を流すことはしなかった。
ただ、それでも大事を取って噂にならないように、復讐が終わる度に別の町へ移動した。
そこまで労力を重ねた結果、俺はいつの日か既にAランク冒険者として十分な力を得ていたのだ。
***
「エテルノ君、貴方に依頼だってよ?」
「ん?依頼……?」
新しい町に来て直ぐ、宿に泊まって俺の部屋に集まっていた時のことだ。どこから聞いたかは知らないが、俺がAランク冒険者だと知ったギルドから依頼が来ていた。
まだ入るパーティーも決まっていないのだからこんな依頼は遠慮したいところではあるのだが……
「モンスターハウスの攻略、か……」
モンスターハウス。ダンジョンで時々、魔獣が溜まってしまうような通路が見つかることがある。
もしそこから魔獣が溢れ出すとその圧倒的な数が脅威になりかねないため、事前に討伐する依頼が出されるのが習わしである。
この依頼もそんなもののうちの一つだった。
「悪いが断ろう。俺もそんなことに時間を使っている余裕は--」
「待ってエテルノ君。シュリちゃんも参加するらしいわよ?」
「なっ……?!」
トヘナから参加者名簿を奪い取るようにして受け取り、名簿に目を通す。
……本当だ。シュリの名がある。
なんでこんなところに?いや、シュリのような冒険者が集められていることは別におかしくない。
モンスターハウスの攻略をするのであれば実力のあるパーティーが遠くから集まってくることがあると聞いたことがある。
いや、そんなことより。
急いで名簿に目を通して探し出す。
ネーベル。そして、バルド。
バルドの名が、あった。
「……トヘナ。俺のパーティー探しは一旦中断しよう。バルドが参加してる」
「え、バルドってあれよね?!エテルノ君を追放したっていう……?!」
「そうだ。パーティーを組まないと参加できないなら……トヘナ、一時的に俺とパーティーを組もう。二人組での参加ならきっと参加させてもらえるはずだ」
「え、あ、ま、まぁいいけど……大丈夫なの?」
トヘナは心配そうな目でこちらを見ていた。彼女の視線から少し目を逸らしつつ、俺は言った。
「何がだよ?心配することなんて何も無いだろ?」
「でもバルドって奴に会うのは……」
「大丈夫だよ。大丈夫。それに復讐してやる絶好のチャンスじゃないか?俺を追放したことを後悔させてやらなくちゃな」
「……そうね」
さて、それならそうと色々用意をしなければ。
そうだな、復讐については……魔獣にやられたように見せかけられれば最高だ。
ただ俺がやったことだと誰かにバレたとしてもすぐに町から出られば問題は無い。念のために逃走手段を--
「ねぇ、エテルノ君」
「ん?」
トヘナに声を掛けられ、俺は振り返った。
「少し、お姉さんとして言いたいことがあるんだけど良い?」
「いや、お前お姉さんって歳よりかはどっちかというとお婆ちゃ……」
「真面目な話なの。聞いて」
いつになく真面目なトヘナの口調に俺は口をつぐむ。
まっすぐと俺を見据えるトヘナの視線が、どこか居心地が悪いような感覚を味わわせてきた。
「……なんだよ?さっきも言った通り、俺はなんの問題も……」
「違う。そうじゃなくて……」
トヘナが深く息を吸って言う。
「私は、復讐をするのは別に良いことだと思う。頑張った人は報われるべきだし、悪いことをした人は罰があってしかるべき。でも世の中は悪い人の方が得をするように出来てる。そうよね?」
「……まぁ、そうだな」
考えてみると、冒険者ほど悪人が報われる職業は無い様に思える。
馬鹿真面目に練習して何とかなるものなんて対人戦闘ぐらいだ。
多種多様な魔獣と戦う時に必要なのは力よりも知恵。小賢しく立ち回って、結果として地味でなんてことない最小限の労力で相手の命を奪う。
そんなことを可能とする知恵と技術が必要なのだ。
冒険者の間でだって、生き残るのは多少なりとも悪事に手を染めて生きてきた奴がほとんどだったりする。
物語に出てくるような英雄になりたくて、善行一辺倒で冒険者になった奴は大抵すぐに死ぬ。
仲間をかばったり、他の冒険者の罠にはめられたり。
世の中は、悪い人間が得をするように出来ている。その言葉に違和感は無かった。
「エテルノ君はそんな悪い奴らを懲らしめてる。ほんとに凄いと思うわ」
「……おう」
凄いか、と言われればそうでもない気がするがまあいい。
トヘナは続ける。
「でも、だからって他の人を傷つけるだけが全てじゃないと思うの。やられて、やり返して。心が傷つけられて、傷つけ返して。復讐をすれば気は晴れるかもしれないけど、復讐だけを頼りにしてきたせいで貴方の心の傷は残ったままじゃない」
「……」
だからなんだというのだろうか。第一、俺が追放されるのは強くなるためだ。
それ以上でも以下でもない。俺は、傷ついていないのだから。
「……だから何だ?バルドを許してやれだとか、そういう話か?」
それは例えトヘナの言うことでも許せない。
俺はバルドによって虐げられた。だから、それをやり返す権利があるのだ。
トヘナの方を見据える俺を見てトヘナが口を開く。
「いや、まさかそんなこと言う訳ないじゃない。ぼっこぼこにしてやんなさいよそんなクズ」
「……はぁ?」
拍子抜けついでに間抜けな声が出てしまった。
じゃあ今の話は何だったんだよ?
トヘナは身振り手振りを交えて、大げさな口調で言う。
「さっきも言ったけど、私は復讐しても良いと思うの。やられた分だけやり返すのは悪いことじゃない。むしろエテルノ君は悪い人だけを狙って攻撃してるんだから、よっぽど善人だと思うわ?」
「お、おう……」
でも、と前置きして彼女の話は続いた。
「でも、復讐ばっかりじゃ心が擦り切れちゃうわよ。相手に傷を付け返すだけじゃなくて、自分の傷を癒すことだって考えなくちゃ」
「……じゃあどうすればいいんだよ?」
一応、聞き返す。トヘナの言っていることははっきりとは理解できずにいたが、あのトヘナがここまで真剣に話しているのだから大事なことなのだろう。
「それは--」
「それは?」
トヘナがもったいぶるように、手を空に広げて言った。
「--愛よ!」
「……は?」
「恋でも可」
「……」
うん、真面目に聞こうとして損したな。
資料に目を通す作業に戻ろうとする俺の袖を掴み、トヘナが言う。
「さぁ!お姉さんが相手して傷を癒してあげるわ!飛び込んでいらっしゃい!」
「馬鹿馬鹿しい……ほっとけよ。俺は大丈夫だし、少なくともトヘナは恋愛対象じゃねぇっつの」
「じゃあその歪んだ思春期の欲望だけでもサキュバスという男の子の理想と言える種族であるこの私にさらけ出--」
「出てけ」
ちぇー、としょぼくれながら俺の傍を離れるトヘナ。
その様子を見て俺は資料に目を戻す。
「……いつか、誰かを愛してあげてね、エテルノ君」
離れていくトヘナの小さな呟きが俺の耳に入ることは無かったのだった。