焼死千万
目に入って来た血を拭ってしっかりと辺りを見渡す。
眩しいほどに燃え盛る炎の中、エテルノとバルドの二人が僕を見つめてきているのが分かる。
さて……フリオはこの場には居ないようだ。これだからバルドにフリオの監視をさせるのは嫌だったのに。
これでフリオが逃げていたりしたら許さない。そんなことを考えながら僕はバルドに話しかけた。
「ほら大丈夫ですか?さっさと立ってください。逃げますよ」
「あぁ?!ふざっけるな……!エテルノを殺……!」
「貴方が今ここで死んだらフリオを殺せないでしょうが。放っておいてもエテルノはすぐに死にますよ」
バルドの手を掴んで無理やり立たせ、エテルノの方に向き直る。
エテルノは見るからに重症だ。息も絶え絶えでこちらを見る目も虚ろ。
口から血の泡を吐き出しているところなんて、明らかに死体一歩手前じゃないか。
放っておけば勝手に死ぬだろう。
そんなことよりも、この場は一度撤退して態勢を立て直すべきだと何故分からないのか。
バルドが無理に僕の手を振り払い、近くの死体に肩に捕まってどうにか立ち上がった。
「っくそが!どいつもこいつもなめ腐りやがって!俺は一人で--」
「そこまで言うならここに死体でも置いて行ったらどうです?エテルノが死ぬまで戦い続けるように言っておけば後は閉じ込めるだけで勝ちじゃないですか」
「ん、んんんんん……!」
ギリ、とバルドが歯を食いしばる。そこまで嫌か。
だけどそれはもうしょうがない。この場にこれ以上いるのはどう考えてもまずいのだ。
天井には煙が充満し、今ここに来たばかりの僕ですら眩暈を覚えるほど熱い。
この場にバルドを残していくと、フリオへの復讐に必要な要素が欠けてしまう。
別にこんな奴なんてどうなろうと構わないのだが、フリオを殺すのは僕一人では難しい。
必然的にこいつの力を借りざるを得ないのだから、どうにかバルドは生かしておかないと。
「ほら、行きますよ」
「……くそ……後で死体を確認しに来るからな……!」
「はいはい、フリオを殺した後で良いなら付き合いますよ」
バルドを無理やり立ち上がらせて外へ進む。
エテルノは……もう立ち上がることすらできない様子だ。その場に座り込んで荒い息をしている。
正直こんな状態の奴を仕留めるためにバルドの戦力を割いて死体を残していくというのも過剰な気がするけれど、そうしないとバルドの気が済まないのだからしょうがない。
死体……そういえば見覚えの無い巨大な魔獣も混ざっているが、それとは別に女冒険者の死体が二つ。
もったいないなぁ。まぁ後で別の死体を用意すればフリオを仕留めるのに支障は無いだろうし良いんだけど。
「じゃ、ばいばいエテルノ。君は多分死んだ後でフリオのスキルに取り込まれるだろうけどさ、安心して良いよ。すぐにフリオを殺して解放してあげるから」
「ディアン!そんな奴に話しかけるな!ほっとけ!」
「やたら殺そうとしたりほっとこうとしたり、情緒不安定なんですかねぇ」
エテルノが逃げ出せないように壁を塞いで彼の姿が見えなくなる寸前、うつむいた彼が少し、笑った気がした。
***
「ディアン、この後はどうするんだ?」
「だからさっきから言ってるでしょう。フリオを殺すんですよ。おそらくエテルノの魂もフリオのスキルの一部になってるはずですから貴方としても望むところなのでは?」
「……二回殺せるのか。お得だな……」
「そうですね」
間違いなくお得ではないけれど、ツッコむ気力も無いので放っておく。
こいつは適当に手のひらで転がしておけばいいのだ。
「……さて……」
どうにかしてフリオを閉じ込められていた場所にたどり着く。
バルドが怪我をしているせいで思ったより時間がかかってしまったけれど、まぁ良い。フリオは--
「……?」
ぼろきれが被せられた何かが中心に置いてあった。
フリオが被っているように見えるが……
……ぼろきれなんてここには置いていなかったはずだ。
嫌な予感がした。
「おいフリオ!なに寝てんだよ。起きろって!俺が戻って来たからな!」
「ッッバルド!駄目だ!それは……!」
バルドがぼろきれを剥がした瞬間、ぼろきれの中から閃光がほとばしる。
一瞬、鋭い痛みが胸を貫いた。
「……?」
反射的に胸に手をやって気づく。
穴が開いていた。
胸をくりぬくようにして、ぽっかりと口を開ける穴が。
手が向こう側まで突き抜けるくらいの、拳より一回り大きいぐらいのサイズの穴。
「え……」
脳がまだ情報を処理しきれていないのか、痛みも何も感じられない。
横に目をやるとバルドは既に顔の右半分が失われて地面に倒れこんでいた。
こちらを見る虚ろな目はもう何も感じていないだろう。
バルドの死体を中心として汚れた血だまりが広がり、僕の胸から流れ出した血と混ざった。
言いようのない嫌悪感を感じる。
「……エテルノ」
やられた。あいつ、何個罠を仕掛けてたんだ。
もう少しだったのに。もう少しだったのに……!
「フリオ……!エテルノ……!」
恨みの言葉を吐こうとしてもどす黒く変色した血が吐き出されるばかり。
体の臓器全てが引きずり出されて、雑巾のように絞り出されているようなそんな感覚。
あぁ、でも。
さっきはサミエラが来ていた。テミルだって来ていた。
「……僕に似合いの末路だな」
ま、フリオのせいで死んだわけだし。僕も結局はフリオのスキルに取り込まれるのだろう。
……そう考えると僕は父さん達と同じところに行けるんだ。そう悪くないかもね。
ゴボリと音を立て、ぽっかり空いた胸の傷から命が流れ出していった。
***
「……さて、上手くいってればいいんだが」
俺の仕掛けていた魔法が一つ作動したのを感じ、ふとこぼす。
グリスティア達と別れる前に、一つだけ渡しておいた罠。
フリオを無事に救えたら仕掛けておくようにと言っておいた罠だった。
殺傷力はお墨付き、回避不能の一撃。
おそらくこれでバルドは死んだだろうし、ディアン……は分からないがまぁ死んだだろう。
ぼんやりと上を見上げる。
結界の向こう、灰の山が三つ見えた。
「……」
何か言おうと思ったが、声にはならない。
バルドが死に、灰に還ったシュリとネーベル。
それを見てももう何も感じない俺はきっと、冷たい人間なのだろう。
ま、炎に巻かれてるせいでこんなに熱いんだがな。
くだらないことを考えて口元がにやつくのが分かる。
そういえば結局Sランク冒険者にはなれなかったな。Aランクのトップレベルで俺の人生は終了、と。
だけど一矢報いれただけで俺としては上出来だ。笑顔で死んでやるとしようじゃないか。
それで、地獄で俺を追放した奴らに出会ったら言ってやるんだ。
「ざまぁ見やがれ。俺はお前らよりよっぽど良い人生を送ってやったぞ」と。