集まる火の粉
「ディアン君大丈夫ですか?!」
「おいテミル!あんまり近寄るとやばいんじゃないのか?!」
ディアンの元へと走り寄っていくテミル。その気持ちは分かるが敵にそう簡単に近寄っていくのはまずい。
もしディアンがテミルを人質に取ったりしたらどうすればいいのか。
「別に止めなくても大丈夫じゃぞ」
「え、なんでよ」
サミエラは呑気に言っているが、その真意は読めない。サミエラぐらいならもう少し分かっているかと思ったが……。
「……ふむ、二人とも動かんでいいからの」
「ん?」
サミエラに制止され、その場に立ち止まる。
と--
「っぐ、こうなったらしょうがないですね……!かくなる上は……!」
ふらふらとしながらも立ち上がったディアンがテミルの肩を掴む。その手には……
「やっぱりこうなったか……!」
鈍く光る短刀がテミルの首に突きつけられていた。状況を把握していないのか、テミルはキョトンとした顔をしている。
「シェピア、魔法でどうにか出来ないか?」
「テミルちゃんを巻き込んでいいなら!」
「駄目に決まってんだろ馬鹿……!」
ディアンに聞こえないように小さな声でシェピアに聞くが、良い回答は得られない。
シェピアはこういう、器用さを求められるような魔法は得意では無いからな。となると俺がこの状況を何とかするしかないわけだが、正直きつい。
「動かんでいいと言っておるじゃろ。心配はいらんよ」
「そうは言うけども……」
サミエラは落ち着いた様子で見ているがそういう訳にはいかないだろう。だからディアンに近寄るなと--
「えっと……え、えいっ……!」
「ッぐぁ……?!」
「え、何だ?」
俺が一瞬目を離した隙に突如ディアンが吹き飛んだ。
何が起こったのか分からず俺が混乱していると、シェピアが息をのんでいった。
「……私でも見えないほどの攻撃……やるわね」
「何があったんだよ」
「これがテミルを心配する必要の無い理由じゃよ」
「いや、だから何が」
「っぐ……やっぱりテミルを人質に取ったのは失敗だったね……。今回は多重障壁を張ったから何とかなると思ったんだけど……」
「だから何があったんだよ?!」
テミル、怖い。
じゃなかったわ。普通にツッコミ入れてたけどディアン捕まえなきゃいけないんだったわ。
「確保!ディアン確保ォ!!」
「任せて!――肺まで凍てつけ!氷獄絢……」
「馬鹿野郎!お前皆を巻き込む以外の魔法使えないのかよ?!」
「え、えっとアニキさん……」
「なんだテミル!お前拘束とかできるか?!」
シェピアの杖を押さえつけるだけで精一杯な俺は気づかなかった。
テミルが気まずそうに言う。
「あの……ディアン君が逃げました……」
「そう言うのは早く言ってね?!」
ディアンがあの怪我で逃げられると思っていなかった俺も悪いが、もう少し早く言ってくれれば対処もできたかもしれないのが何とも……。
「大丈夫よ!私の魔法で仕留めるから……!」
「えっ」
テミルに気を取られた瞬間だった。
シェピアの杖から閃光がほとばしる。
「馬鹿だろお前ぇぇええ!!」
……なんで味方に殺されかけなきゃいけないんだろう。世の中の理不尽、というかシェピアの理不尽を感じつつも急いでスキルを展開、俺たちは何とかして難を逃れるのだった。
***
「っぐ……危な……!」
バルドの攻撃を辛うじて避けつつ火に包まれた地下道の中を逃げ回る。
相打ち覚悟の作戦だったが、今の状況は俺にそこそこ有利に働いていた。
「熱っ……!馬鹿、お前!俺に火が当たらないようにしろっていっただろ!?」
バルドが先ほどの、俺の足をねじ切ったと思われる魔獣を怒鳴りつける。
まぁ無理な話だ。これだけの火の手から逃れる方法なんてない。あの魔獣も巨体が仇となり、火に燃やされやすくなっている。
バルドもそこそこに疲れてきているようだし、息も上がってきている。
倒せるのも時間の問題、といったところか。
……俺もそろそろ限界なんだけどな。
「くそっ……!エテルノを殺すのは後回しだ!おい馬鹿ども!この土壁を--!」
「そんなことさせるわけ無いだろうが!」
土壁に向かって走り寄っていくバルドを足止めすべく魔法を撃ちこむ。
とはいえ魔獣だけは止められない。俺が撃ち込んだ魔法を意に介さず、体の再生を続けながら土壁にたどり着いた。
悔しそうな顔をしてみせてやると、バルドはこちらを振り返って言った。
「はっ!残念だったな!死ぬんだったらお前ひとりで焼け死ねばいいさ!」
「いや、まぁ嘘なんだけどな」
「は?」
壁から火が噴出し、バルドの服に燃え移る。そう、土壁の中には様々な罠が仕掛けてあるのだ。
そうそう逃げられるような仕掛けだとは思わないことだな。土壁を掘って逃れようだなんて考えは読めていたのだから。
「ったく、ここまで簡単に騙されてくれると罠を仕掛けた甲斐があるよな」
「お前……!」
「逃げたいなら頑張ればいいが、お前の頭じゃ罠も避けられないだろうからなぁ。身代わりになる死体も少ないことだし、どうなるかは分からないぞ?」
「っく……殺す!そこまで死にたいんなら殺してやるよ!」
「殺す以外でもうちょい脅しのバリエーション無いのか低能」
さて、煽って冷静さを奪うところまでは成功。であとは、俺がバルドとの根競べに勝てるまで逃げ回れば良いだけ。
そんなことを考えながらふと、土壁に目をやって言葉を失う。
土壁に、ひびが入っていた。
「なっ……?!」
あり得ない。内側からこの壁は絶対に突破できないように俺に使える限りの魔法を組み合わせて作り上げたはずなのに。
やめろ、今その壁を砕かれるのはまずい……!
俺の思いも空しく壁は砕け散り、その向こうから人影が現れる。
痛々しい外見ではあれど、その目には確かな意思が宿っている。
血で濡れた青い髪が炎の中でやけに鮮明に見えた。
「っぐ、ディアン……!良く来たな……!」
「あぁ、どうもバルド。協力相手として一応、助けに来ましたよ」
シー・ディアン。俺達が閉じ込めておいたはずの男が最悪のタイミングで合流したのだった。