キャンプ地事件
「--破邪の水彩!」
「……お前はさっきからうるさいな。詠唱しないと魔法が撃てないのか?」
シェピアの詠唱が聞こえてきて、思わず俺は顔をしかめた。
シェピアは鼻を鳴らして偉そうに言う。
「ふん、別に無詠唱でもできるわよ。でもこっちの方がカッコいいでしょ?」
「なるほど、お前がソロで依頼を受けていた理由が分かる気がするな」
「貴方私に恨みでもあるのかしら?」
別にシェピア個人に対しては恨みは無いが、こいつのような奴を見ると以前俺が追い出されたパーティーのことを思い出してしまうからな。
ついつい棘が出てしまうようだ。
「エテルノさん、大丈夫ですか?」
「あぁ。問題ない」
「んー、でも一応治療しておきますね」
現在、迷宮のかなり先まで進んでこれているのだが怪我も増えてきた。
俺のこの傷もただのかすり傷ではあるが普段なら考えられないものだ。注意力が散漫になってきているのを感じていた。
ミニモがすぐに気づいて治癒してくれたとはいえ気を付けなくてはいけない。
「よし、じゃあここらでキャンプ地を立てておこうか。後続の皆のためにもね」
フリオの号令によって全員が一気に休憩を始める。剣を磨き始める者、水分を取る者と様々だが全員の顔に共通してリラックスしているような気配が見えた。
単純なことではあるが、パーティーメンバーの体調をしっかり見ることができるからこそフリオがパーティーリーダーに選ばれたのだと思う。
……まぁ魔獣の遭遇率が上がった理由がフリオのせいだと判明したので本人に賛辞を伝えてやる気は無いのだが。
「で、お前は何をやってるんだ?」
「ダ、ダンジョン、コワイ……」
俺の目の前でフィリミルがうずくまっていた。おかしいな、傷は負わせないように注意していたはずなのだが……
「……精神攻撃系の魔獣がいるのか?」
「ただ疲れただけですよ?!」
「なんだ、そんなことか」
多少疲れたというのはもちろん分からない話ではないのだが……いや、ここで甘やかすのは良くないだろう。
「よし、それならいい方法があるぞ。おーい、ミニモ」
「はいはい、どうしました?」
「フィリミルに治癒魔法をかけてやってくれ」
「いいんですか?!」
フィリミルが驚く様子を見せる。
まぁそう驚くことでも無いだろう、こういう時に皆がしっかり休養を取れるようにするのがミニモの役割なのだから。
ミニモがフィリミルに治癒魔法をかけるとフィリミルはすぐに元気になった。
もちろんそれだけでは無いのだが……
「はー、生き返りますねー」
「今だけな」
「……え、どういうことです?」
さてそろそろか。だがまぁ今日のキャンプ地はそこそこ安全そうだし大丈夫だろう。
俺が様子を伺っていると、フィリミルがふと気づいたように言った。
「……あれ、エテルノさん、体が動かないんですけど」
「あぁ。治癒魔法で疲労を回復するのには欠点があってな」
「欠点?」
「そうだ。簡単に言うと、疲労が回復する代わりに運動した分の筋肉痛が一気に来るんだよな」
「いたたたたたた?!」
おっと、もう聞いていないようだな。
まぁ明日から筋肉痛が来てしまっても探検に支障が出ることだし、今のうちに筋肉痛は処理してもらおうじゃないか。
「よし、他の冒険者たちも癒しに行くぞミニモ!ついてこい!」
「ずいぶん楽しそうですねー……。恨まれるのは私も道連れなんですから、できれば程々にですよ?」
……しょうがない。疲れが強そうな奴だけを犠牲にするとしよう。
***
「ただいまー。報告してきたよー」
僕が帰ってきてすぐ、誰かしらの迎えが来ると思っていたのだけれど僕を出迎えたのは静寂だった。
……うーん、おかしいな。
「おーい、エテルノー?グリスー?ミニモー?…………やっぱり、返事がないなぁ……」
ちょっとだけギルド長と話すためにダンジョンから出ていたのが悪かったのかもしれない。
パーティーリーダーとしての仕事だったのだけれど。
……あぁ、そういえば僕が一旦キャンプ地から抜けていることを皆に伝え忘れていた。
一瞬だから大丈夫だと思っていたけど、もしかして僕を探して皆は先へ……?
「……う、うぅ……」
僕がそんな風に考えている時だった。
テントの中からうめき声が聞こえてくる。
良かった、まだ誰かは残っているようだ。急いでそちらへ向かってテントの中に入る。
「……ッ、グリス?!大丈夫かい?!」
テントに入ってすぐ、テントの入り口近くにうずくまるようにしてグリスが倒れていた。
息はあるようだがうまく喋れないようだ。
彼女がここまでの状態にされるなんて、いったいなにが……?!
「え、エテルノが……」
「エテルノ?!そういえば彼は大丈夫なのかい?!」
グリスを傍の寝袋に寝かせてキャンプ場を走り回る。倒れ伏した冒険者の姿が散見されるが全員命に別状は無いようだ。
「誰がこんなことを……!使われたのは催眠ガスか……?!」
キャンプ地を探し回り、とうとう自分のテントまで戻ってきてしまってもエテルノもミニモも見当たらない。
彼らは一体どこに……?
「お、おいフリオ……」
「エテルノ?!その姿は……!」
彼は酷い姿だった。松葉杖をついてよろけながらもどうにかこちらへと向かってくる。
彼すらもこんな姿にするような敵が来たのか……?!
急いで僕は彼のところへ駆け寄って肩を貸す。
エテルノは荒い息をしながらこう言った。
「み、ミニモが……」
「そうだ、ミニモはどこにいるんだい?!連れ去られたのなら僕だけでも連れ戻して見せる!」
「ち、ちがう。ミニモが暴走した……」
暴走?いったい何を……
「フリオさん、お帰りなさーい!」
「え?」
背後からミニモの声、と同時に全身を激痛が襲う。
「ぐっ……?!あぁああああ?!」
「いやぁ、ちゃんと疲れは癒しておかないといけませんもんねー」
「み、ミニモ……君はいったい何を……!」
「なにって、治療ですよ?フリオさんは今日、特に頑張りましたもんね!念入りに治しておきました!」
な、なにを言って……?あ、駄目だ、体がめちゃめちゃに痛い。
ミニモの清々しい笑顔を見ながら僕の意識は闇に呑み込まれていくのだった。